第七話 おねえさん(男ではない)登場
「あんた、本当に逃げるの好きよね」
無事に元の広場へ到着。
「君子危うきに近寄らずってのは、聞いたことあるか?」
「怯者危うきに近寄らずの間違えじゃないの?」
「……えっ、そ…そうだったっけ?」
結局、彼らは未だに何も買っていない。30枚のゴールドはまだ布袋に保管されている。
夕暮れが近づくにつれて商人達が店を終い始めるので、そろそろ購入する物の目処を立てなければならない。
ジミオは迷う。
オーソドックスに剣を買うべきか。使用者の能力に威力が左右されない合成済みの魔法武器を買うべきか。もしくは、ペリアの護衛に回れる弓や拳銃などの遠距離武器。
どれも一長一短だが、やはり所持者のビジュアルを一番引き立たせる――
「剣を買おう!」
「懲りないわね……。やめときなさい、うっかり自分の手を切ったりでもしたら、冗談ではすまないわ」
「……なら、使用回数に制限があるのが面倒だが、魔法武器を買うことにする」
「戦闘中に始動呪文を噛まずに詠唱できるの?」
「……やっぱり時代は拳銃だろ。引き金を引くぐらいなら俺でもできる」
「あたしの身が危険に晒されるから却下」
ペリアの主張が正論すぎて反論できない哀れなジミオであった。
「……うっ…お、俺も戦いたい……です」
顔を俯けながら、彼は拗ねているのか頼んでいるのか良くわからない言葉をぶつぶつと口ごもった。
「仕方ないわね」
ペリアは溜息をつきながらジミオの頭を母親のように優しく撫でる。
「取り敢えず、護身用にナイフだけでも――」
ペリアが妥協案を提供しかけたその時、二人の背後から凛々しい美声が届いた。
「そこの殿方。何やら危険が伴う冒険に発足しそうな格好をしている」
今にも泣き出しそうな面、かつ武器を持っていない彼から勇敢な冒険精神を察知するとは驚くべき観察眼だ。突然話しかけてきた鋭い目つきの女性は、天香国色な恵まれた容姿をしており、背丈や胸の発達具合から年はジミオより数年上と思われる。
「取り込み中に割り込んでしまってすまない」
見知らぬ女性は、黒い東国風の男物らしき服装を着ており、口と鼻を覆う透き通った黒い布切れを顔につけていた。彼女の腰蓑の下には、柄の大方が隠れるように短刀が仕込まれている。
見るからに怪しい人物の登場に少しは危機感を催してもいいはずなのだが、彼女の襟元から溢れるように盛り上る水風船にジミオは完全に気を取られている。
「だが私も商売人故、この機会を見逃すわけにもいかなくてな」
男からの下劣な視線に慣れているのか、彼女は下心透け透けであるジミオを物ともせずに真顔を保っていた。
「見たところ、失礼ながらそこに居る連れを含めて弱々しい容態をしている。外の怪物どもには大概敵わないだろう。そこで提案がある」
女性は近場の石垣にどすりと豪快に座り込み、頑強そうな足を組んだ。
「私を用心棒として雇わないか?」
これは有益な提案かもしれない。確たる証拠はないが、彼女の実力はその堂々とした振る舞いが放つ威圧感や、冷徹な瞳からひしひしと伝わって来る。それにペリアという名の強者レーダーが涎を垂らしているので、まったく証拠が無いということもない。
彼女を雇えばジミオの戦闘能力に頼らずとも、残ったゴールドを活用できる。
だが、そんな論理的な考えも関係なしに、ジミオはとっくに提案を飲むつもりであった。
みなさんはハニートラップに気をつけましょう。
「いくらで雇えるんだ?」
「500ゴールドで一週間だ」
「た、高い……のか?」
貧乏な出のジミオには用心棒の相場は見当もつかない。
「これでもまだ安い方だ。だが、殿方からは何かしらな運命を感じる。できる限り値を崩してやろう。有り金はどのくらいだ?」
「30ゴールド」
「そうか……こちらには少々経済的に厳しい取引となってしまうが止むを得ない。五日間の護衛を前払いの30ゴールド、そして旅先の道中で倒す魔物から得るゴールドの九割で提供してやろう」
「ありがとうございます!」
純白無垢なジミオのお礼には心からの感謝が込められていた。
騙されているのは言うまでもない。
「じゃあ、五日間を無駄にしないように早速出発しましょう。日が完全に暮れるまで、まだ一時間ほどあるわ」
「そうだな。ところで用心棒さんのお名前は……?」
「私はアヤノと呼ばれている。呼び捨てで構わないぞ」
「じゃあアヤノ、今日からよろしく頼むな」
「よろしく、アヤノ!」
「ああ」
笑顔で挨拶をするペリアとは対比的な澄ました表情。
底が見えない女性である。
そして――
ぐぎゅるぐ〜。
空気が読めないジミオの腹の虫が鳴いた。
「うっ……悪いけど出発前にどっかの料亭で食事にしていいか?」
「いいんじゃない。街を出たら、森から採取するしかないし」
そして彼は、ある途轍もなく単純な問題点に気づく。
「金が無い!」
当然である。先程、有り金を全て使ったのだから。
食い物が手に入らないとわかると、尚更腹の虫が駄々をこね始める。
「は……腹が減ってもう一歩も動けない……」
「大袈裟ね。今朝はあんだけ食べたじゃない」
「今朝の話だろ? 一日三食はないと生きていけない」
「人間って不便ね」
「アヤノ、用心棒は雇い主の身を保全するんだよな?」
「そうだ」
アヤノは軽く頷いた。
「なら、俺の晩飯を買ってきてくれませんか?」
「残念ながら、それはできない」
「ど……どうしてですか?」
「私はお前が敵に襲われ、損害を受けそうになった場合、その敵がどのような者であろうと命を掛けて守ってやる。だが、それ以外の事は自己管理の類いである故、私との契約の範疇には含まれていない」
「なんだか態度が急に変わったわね……」
いつのまにか、殿方からお前にランクダウンしている。
「ひ……ひでぶっ……」
ジミオは最後の言葉を残し、無様に倒れ伏した。
完
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