第五話 幼なじみ(男)登場

 シフェルト王都。国の中で最も経済的に発展していると言われる広大な市街である。露店が右も左も見渡す限り続いていて、その商店街の中を目紛しい数の人々が駆け回っている。

 中には明らかに狩り以外の殺生を目的とした、重武装をしているバイオレントそうな人達もおり、それらと通りすがる度にペリアは興奮を隠せずに武者振るいしていた。

 反面、ジミオと言えば雑踏に慣れていない所為もあって、船酔いでもしているかのようにふらふらしながら、楽しそうに前を歩くペリアの後ろ姿を必死に追っている。

 中央広場まで辿り着き、ジミオは一休みしようと噴水の前に座って財布の中身を確認した。ゴールドがおおよそ三十枚。ダンジョンの在り処の情報料に二、三枚使うとしても大分余る。

 何を買うのが最も有意義な使い道なのかを熟考するために、彼は明晰から程遠い頭脳をフル回転させた。


「このゴールドで武器を買うべきだと思う」

「そんなの重いだけじゃない。役に立たないわ」


 ペリアは右の拳と左の手のひらを叩き合わせ、素手で戦える事を強調する。


「それは君の場合だけだろ。効率的に魔物を仕留めるには俺も戦えたほうがいい」

「でも、あんたは一度武器を失くしたって言ってたじゃない。信用できないわ」


 痛い所を突かれてジミオは顔をしかめる。


「あ、あれは安物だったから仕方がない。もっと強い武器を買えば俺でも戦える」

「本当かしら……」


 ペリアは怪訝そうにジミオを横目で見据える。

 彼女は社会におけるゴールドの役割について説明を受けたばかりなのに、既に守銭奴な態度を会得している。将来、彼女は極めて優れた貧乏人になれるだろうなあ、とけちんぼだった自分の母親を思い浮かべながらジミオは考えた。


「おい、ジミオか?」


 突然聞こえた自分の名前にジミオはびくりと反応した。滅多に名前を呼ばれない癖に寂しがりやな性格なので、似たような単語でもよく自分の名前だと誤聞してしまう。そして彼はその悪癖の存在を心得ているので、実際に名前を呼ばれた状況で、その相手を無視してしまうという失態も度々起こる。


「なあ、じみっちだよな?」


 ジミオが知っているニックネームを使ってきたので明らかに知人だが、トラウマが脳内を過ったので彼は無視を継続させた。


「おいおい、俺っちの事を忘れたのかよ?」


 ジミオは視線を合わせないために前髪を慌てて垂らすが、声の主に顎を片手ですくい上げられ、否も応もなく強制的に鎧を纏う美少年と対面させられた。


「や、やあ、アルベン」

「やっぱり、じみっちじゃないか! ひゅー、懐かしいぜ。村を出てから昔の知り合いに出会ったのはお前が初めてだ」


 凛々しい口元、青い瞳から放たれる鋭い視線。彼の名はアルベン・エバーリッチ。

 ジミオと同じ村の育ちな上に同年代なので、顔馴染みな人間である。頭脳明晰、スポーツ万能、家庭が村一番の地主――要するにエリートと呼ばれる類いの人間だ。

 成人した後に、シフェルト王都の騎士隊という大層ご立派な御役職についたと村の噂に流れていたが、彼のユニフォームを見る限りそれは事実だったらしい、


「で、お前は何の用があってここまで来たんだ?」


 ジミオが勇者を自称して村を旅立った事は最近の出来事なので、アルベンは事情を知らないようだ。


「ちょっと借金を返す伝を探りに」


 うっかり本音を漏らしてしまう。どうせ二度と会わないのだから適当に格好つけた嘘を伝えればよかったのに、とジミオは酷く後悔した。質実剛健としたアルベンの前ではどうも弱気になってしまうのだ。


「災難だな。けど喜べ、ここまで来たのは正解だ。俺っちはまだ新入りなんだが、村の暮らしとは雲泥の差でこっちの生活は豊かだぜ。金も女も食物も腐るほどある。俺っちが故郷に戻るような事は二度と無いだろうな。騎士隊でも優秀だっつわれて、もうすぐワンランク上の―」


 アルベンが遠慮なく練り込む自慢話に辟易したジミオは適当に頷きながら、ぼーっと彼の後ろに広がる市街の風景を眺めていた。

 それを察したアルベンは自身の興味の対象を隣に座っているペリアに変更する。


「そこの可愛いお嬢ちゃん、じみっちのお友達かい?」


 はあはあと発情期の犬のように息を吐きながら、涎を水が漏れる蛇口の如く流すペリア。その本能の趣くままに広げられた表情は、お嬢ちゃんというよりただのメスである。

 彼女はアルベンの屈強な体つきや、左手に納められた鋭そうな槍に興味津々なのだろう。


「もしお暇なら、ご一緒にランチでもいかが、お嬢さん?」

「やめとけ、殺されるぞ」

「ほほお! じみっちの恫喝か。ひえ〜、怖い怖い。ま、残念だが今回は諦めることにするぜ」


 ジミオは彼の身を案じて警告したつもりだったのだが、別に誤解されても構わなかったので勘違いを放置しておいた。


「じゃ、俺は忙しい男だから、そろそろ行くな」


 そう告げた後、アルベンが中々動き出さなかったので、気まずい沈黙が訪れる。


「……」


 ポトリ。


 ペリアの涎が地面に滴り、それを合図にアルベンが再び口を開く。


「俺っちがこれから向かうのは――」

「いや、誰も訊いてないから!」


 相変わらず自己主張の激しいやつだ、とジミオは呆れた。


「そうカリカリするなよ。結構面白い話なんだぜ。お前はドラゴンって聞いたことあるか?」

「おとぎ話のあれか?」

「そうだ。それが国境を西に少し超えた辺りの村に出没し始めたんだ。子供を掻っ攫っちまうらしいぜ」


 ドラゴンというものはロリコンなのだろうか、とどうでもいい感想を胸中に抱くジミオ。


「そしたらよ、その村の連中がこぞって集めた金を使って討伐依頼を出したんだ。報酬の額は10000ゴールド」


 10000ゴールドは並の金額ではない。相当裕福な貴族でも出し惜しむレベルである。辺境の小さな村がどのような手立てでその大金を集めたのかは不詳だが、この話が大変美味しいということに変わりはない。


「てなわけで、いっちょドラゴン狩りに行ってくるわ」


 話したいことをすべて述べ終えたのか、今回は素直に手を振りながら遠ざかっていった。


「ドラゴンって強いの?」


 ペリアが質問を投げかける。


「もし、おとぎ話に書いてあることが本当なら、軽々と国を滅せる恐ろしい怪物のはずだ」


 キラキラと輝くペリアの瞳。戦闘狂の血が体内で煮えたぎっているのが、皮膚の表面から容易に窺える。今すぐ行きましょ、と彼女がジミオを促しだすのは時間の問題だ。

 ジミオ自身もこの件を好機だと思っていたのだが、ドラゴンとやらの力が未知数なので多少の躊躇もしていた。ペリアが前代未聞の怪力を所持しているのはわかっている。けれど、女の子を危険な目に合わせるのは彼のプライドにそぐわない。という訳で、彼の結論は――


「俺もドラゴンと戦うから武器を買わせてくれ」


 土下座をするジミオ。財布の紐をペリアに持たれていると認めたようだ。


「はあ、仕方ないわね。10000ゴールドが近々手に入るだろうし、まあいいわ」


 ジミオはガッツポーズを決め込み、早速めぼしい店がないかと辺りを大雑把にサーチする。そして何か気になるものを見つけたのか、彼は人だかりとは真逆の方角へスパートした。

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