少年少女、英雄談笑。
試験内容はつつがなく進行していった。
とはいえ、つつがなく進んだのは全体的に見た『試験』の流れであり、ロアンとしてみれば惨事も惨事だった訳だが。
あの後、ロアンへ親しげに話しかけるフレイへ送られた視線が、次いで彼の元へと殺到した。
そういったものに敏感な落ちこぼれの少年は一瞬で萎縮してしまう。
縮こまった彼を助けてくれたのはディアーロだった。
「まあまあお姫様、あなたはあそこの教師に呼ばれているから、早く行ってきな」
「ディアーロ……? ん、わかった」
フレイはロアンを遠ざける様なディアーロの態度に首を傾げるが、素直に頷いて踵を返す。
そんな彼女に応じて人垣も割れていった。
ともあれ。
フレイが離れていくにつれて、ロアンへ集まった視線も徐々に散らばっていく。
嫉妬だろうか、フレイと仲が良い彼に負の視線を向け続ける者もいた。
そんな視線はディアーロがさり気なく阻害する。
同時に睨みつければ、相手の方から勝手に離れていった。
ディアーロは俯いているロアンの肩に手を置く。
「大丈夫かーロアン?」
「……うん、平気だよ。慣れた、とまでは強がらないけど、いつもの事だからね」
「そうかそうか。……それにしても、本当にお姫様は凄いよな」
ロアンの言葉に笑みを浮かべたディアーロは、視線をフレイの方へ向けて言った。
彼女はクラスの教師と何らかの話をしている。
おそらく、また魔術の腕を上げたな、的な事を言われているのだろう。
事実、彼女は前回の試験からさらなる成長を遂げていた。
留まる事なく。
確かに前へと進んでいる。
「そりゃあ、フレイは選ばれた人間だからね」
「なんだったか、魔法
魔法。
その名が示す通り、魔の法則である。
それは、人間が生み出した『技術』である魔術とは違う。
魔術は魔力を使って事象を発現するが、魔法はそうではない。
一種の身体能力。
人が知らず知らずの内に修得した『呼吸』の方法の様に、まさしく『息をするかのように使いこなせる』力。
魔力なんてものは必要ない。
強いて言うならば、使用者の精神力・気力だろうか。
呪文も無く術式も無い。
使える者にとっては使えるのが当たり前過ぎて、どうやって使っているのか説明できない。
それが魔法。
フレイを、『この世界で唯一の存在』に足らしめた
「まあ今回の試験に関しては魔法
フレイは持ちすぎている程に才能を持ち合わせていた。
遺伝ではない。
何せ彼女の両親は、正真正銘ただの一般人――村人だ。
戦う能力など持っていない。
こう言ってはなんだが、そんな二人から受け継ぐ戦闘の才能は無いに等しいだろう。
「才能もそうだけど、お姫様はあれで凄い努力家なんだろ? そりゃあ凄い事になるわ」
「うん。本当に凄いよ、フレイは」
寂しげな表情を浮かべ、ロアンはフレイの背中姿へ目を向けた。
あまり身長の高くない彼女の身体はほっそりと小柄だ。
強く抱きしめれば折れてしまいそうな、儚げな雰囲気さえ漂っている。
だと言うのに、その背中は圧倒的なまでに遠い。
天と地ほどの差があった。
凡人がどれだけ頑張っても届かない領域にありながら、更なる高みを目指す彼女に、終点は無いのだろう。
そんな事を考えていると、遠くの方で教師が生徒達を収集する声が聞こえてきた。
どうやら全ての試験工程が終わったらしい。
「ああ、終わった……やっとこの空間から抜け出せる」
「全くだ。願わくば、魔術に関する授業では二度とこの場所に来たくないね」
「ぼくも同感だけど、絶対に無理だよ。だってそもそもこの学院って、どっちかというと魔術を学ばせるための学び舎だからね。こればっかりは切っても切れない関係ってヤツさ」
ロアンが嗜めるように言うと、ディアーロは両手を頭の後ろに回しながら歩く。
「あぁ、お前には分からないだろうさ。首の皮一枚すら、いつ切れてしまうか分からない俺の心境ってヤツをな――」
「あはは……ぼくだって似たような境遇と言うか、むしろぼくの方が危うい気がするんだけどね……」
一年生は今日は魔術の試験だけだったため、修練場でそのまま解散と言う流れになった。
大勢の生徒達が思い思いに動き出し、会場を抜け出していく。
混雑するその光景を、ロアンとディアーロは後方で眺めながら立ち止まっていた。
あの中に紛れて無理に出ていく気力はない。
「皆、自分たちの試験結果の話題で盛り上がってるね」
苦笑しながらロアンが言った。
「ああ。俺たちには一生味わう事のない感情だろうな」
そもそも、ディアーロに関してはどれだけ数をこなしても魔術の進歩はない。
つまり、成績が上がったり下がったりという振れ幅がないのだ。
若者が試験結果で一喜一憂するその気持ちを理解するのは難しい。
――という訳でもない事を知ってるロアンは、咎めるように指摘する。
「いやいやそういう訳でもないでしょ。魔術に関してぼく達はダメダメだけど、他にも学科試験と技能試験があるじゃない」
学院の成績を付ける基準として、試験は全部で三つに分かれる。
一つ目は今回の魔術試験。
今更特に説明する事もない、魔力量と術式精度を測る試験だ。
二つ目は学科試験。
これは術式理論や魔物の生態について、更には地理的な内容まで含まれた筆記の試験である。
それらは全て、結果的に外で戦闘を行う時に間違いなく役立つ情報だ。
どんな術式の組み合わせが強力な魔術を生み出すか。
特定の魔物が、どんな属性の魔術を苦手としているのか。
どんなところに、どんな魔物が多く分布しているのか。
それらは、知っていて必ず損はしない。
三つ目は技能試験。
これは魔術を一切抜きとした、最も基礎的な身体能力の試験だ。
中には、魔術を使わずに行う戦闘技能の試験も組み込まれている。
これら全てを踏まえて生徒の成績付けが行われるのだが……。
「でもまあホント、得点の分配が酷いよなぁ」
ディアーロは唇を尖らせながらそう言った。
「魔術試験が大半を占めてるからね……一応、魔術試験があまりよくなくても、他の二つがそれなりに出来ていれば、何とかなるシステムにはなってるけどさ」
「……冷静に考えて、本当に俺って大丈夫なのか?」
「ディアーロは戦術が普通だからね……」
魔術試験で点数を一切得られないディアーロは、他で点数を稼ぐしかないのだ。
「ロアン……もし俺がいなくなっても、俺がいた事だけは忘れないでくれ――」
「な、なにをいってるのさ。まだ諦めるときじゃないって」
「……なんの話をしているの?」
出ていく生徒達を見送り、頃合いを見てそれに続こうとしていた二人に突然、新たな別の声が掛かってきた。
驚いたロアンとディアーロは、声の方向に振り向く。
二つの視線の先には、表情の希薄な小柄な黒髪の少女が立っていた。
「フレイ」
「ようお姫様。何の話をしてたかっていうと、俺の首が飛ぶか飛ばないかって内容かな」
「……首がとぶ?」
フレイは滅多に変わらない表情を疑問色に染めながら、顎に手を当てて何か想像をする。
彼女のことだ。実際に、ディアーロの頭と身体がスッパリ離れているイメージでも浮かべているのだろう。
気安く話すディアーロとフレイの仲は良い。
親友という立ち位置であるディアーロと、幼馴染という立ち位置のフレイ。
二人が交差しない訳がなく、ロアンを通じて親しくなっていった。
「そう……さよならディアーロ。あなたのことはわすれない。ロアンが」
「おいおい待ってくれよそこはお姫様にも忘れられたくないんだけどなあ!!」
困った様な笑いを浮かべながらディアーロが大げさに言った。
それを隣で眺めていたロアンは助け舟を流す。
「フレイ、多分勘違いしてると思うけど、物理的に首が飛びそうなわけじゃないからね?」
「……どういうこと?」
ちょこん、とフレイが首を傾げると、ショートボブの黒髪がふんわりと揺れた。
容姿と挙動が相まって、まるで小動物じみた幼馴染の少女に、ロアンはゆっくりと言う。
「ディアーロは魔術が使えなくて、一番割合のでかい魔術試験で点数を取れないから、もしかしたら来年はこの学院にいないかもっていう事だよ」
「……そういうこと」
フレイは薄らと納得の色を浮かべた。
「ディアーロ、そんなに頭よくないもんね」
「わーおストレートに言うねぇお姫様。そういうお姫様だって、お世辞にも学科の成績よくないだろ?」
「わたしはそのぶん、魔術と技能の成績がいいからどうとでもなる」
「うぐっ」
口角を上げてディアーロを見る幼馴染に、ロアンは「大人げないなぁ」と苦笑する。
確かにフレイの学科成績は特別良い訳ではない。
しかし彼女には、それを補って余りある魔術性能と戦闘技能がある。
実際に、外の世界に出て魔物との戦う際、多少の知識不足をカバーするだけの戦闘力があるという事だ。
もちろん、だからといって力に溺れ、知識を捨てる様な性格をしている訳ではない。
単純に彼女は少々――頭が弱いだけだ。
「それに、わたしはいざとなったらロアンにおしえてもらうからだいじょうぶ」
「えっ」
「……ロアン?」
思わず引き攣った声を上げると、フレイに心配そうな、かつ縋り付く子犬のような目線を向けられた。
そんな顔をされると弱いロアンは何も言えなくなってしまう。
「おいおいずるいぞお姫様。今度は俺だって混ぜろよ?」
「いや、ちょっと待って! ぼく、そもそも人に教えてる余裕なんてないから!」
「そんなこと言ってロアン、お姫様に勉強教えるのがしんどいだけだろ?」
「ぎくっ」
ディアーロの言葉にロアンの表情が固まった。
追い打ちをかけるようにディアーロは言う。
「前の学科試験の前、やけにロアンがぐったりしてるからどうしたんだろうって思ったら、お姫様に勉強を教えているじゃないですか」
「……」
「ばかばか! やめなってディアーロ!!」
しかし、ニヤニヤ笑いを浮かべたディアーロは陽気な声を発する口を閉じたりはしない。
「どうやら、あまりにお姫様の飲み込みが悪くて疲れていらっしゃったようで?」
「……むー」
「ロアンが教えようとしたうえでダメなら、お姫様は相当頑張らなきゃならないと思うぞ? まあ、ロアンに迷惑かけない様にした方が良いのは確かだな。お姫様と違って、ロアンには余裕が無いんだから」
先程の仕返しとばかりか最初は茶化す色が強かったディアーロだが、後半は少しだけ真剣な声音で話していた。
技能もあまり得意ではなく、魔術も魔力量が多いだけのロアンは、学科で下手な点数を取ればディアーロ同様首が飛びかねない立場である。
多少は問題ないが、余裕はあるに越したことは無い。
とはいえ、ディアーロ的にはあくまで軽口のつもりだった。
だが、ロアンの事となると神経質になりやすいフレイはというと……、
「……ロアン、わたし、迷惑だった?」
途端に、まるで耳をたたんだ捨て猫の様にしょんぼりしてしまっていた。
普段、フレイと一緒に過ごしていない人達からしてみれば分からないだろう変化。
だが幼馴染であるロアンには、彼女がすっかり落ち込んでいるのが痛いほどに分かった。
一瞬ディアーロを恨めしそうな目で睨みつけてから、ロアンは苦笑しながら言う。
「だ、大丈夫、大丈夫だよ。でもぼくも自分の勉強をしなきゃいけないから、全部面倒を見るのは無理だけどね?」
「わかった。がんばるね」
「……相変わらず仲がよろしい様で」
二人の様子を見ながら、ディアーロは苦笑を浮かべながら肩を竦めた。
◇
とある少女の話をしよう。
小さな田舎の村で、ごく一般的な村人の間に生まれた女の子だった。
取り立てる特徴など存在しない。
平凡にして普遍。
人ごみに埋もれるほど影が薄い訳でもなければ、何かしら目立つ尖った特徴がある訳でもない。
どこにでもいるようなただの女の子。
一般家庭と言って差し支えの無い、ありふれた夫婦の娘として生まれてきた彼女は、人並みの愛を注がれ、すくすくと育っていった。
小さな田舎の生まれだ。
同じ村の人達とは仲が良かったし、顔を知らない人なんていない程狭いネットワークである。
ただ一つ、特殊な点を挙げるとすれば、その村には『英雄』と呼ばれる夫婦がいたことだった。
この国の王が認めた、大きな武勲を残した魔術師。
スレイヴァースの家庭がその村にはあったのだ。
偶然にも、そのスレイヴァースの夫婦の息子と、その少女の生まれは同じ年だった。
二人がいわゆる『幼馴染』という関係性になるのは必然であり運命だったのだろう。
それが、フレイ=エルフェンリーナとロアン=スレイヴァースの成り染めであり、運命だった。
美男美女の英雄二人から生まれたロアンは勿論だが、フレイもフレイで相当な美貌を持っている。
二人はとても仲が良く、いつもの様に一緒に過ごしていた。
村の人々もそれを微笑ましく眺めていて、二人の子供が楽しみだ、とさえ言われていた。
英雄の間に生まれた将来有望と思われた少年と、普通の家庭に生まれた特別特徴のない少女。
だが。
実際は。
英雄の間に生まれた遺伝子的に完璧な少年は、落ちこぼれと揶揄される存在で。
どこにでもいるようなただの女の子は、世界にたった一人しかいないとされる存在だった。
少年は戦闘教育を施す学院における落ちこぼれとして日々を過ごし。
少女は魔物達の王として君臨する魔王を倒した。
それが今から――およそ半年ほど前の話である。
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