21 スレチガイスパーク
1 スレチガイ
「今日は、学校休みたいな……。でも、特待生にならないと。成績を一つでも優から外せないから」
体が、学校へ行く支度を勝手にして、誰も起きて来ない時間から、家を出た。
家族に今の自分をこねくり回されるのが面倒臭い。
ただ、志朗と寛にだけは、お世話をして行ったのをうっすらと覚えている。
私は、絹矢先輩に好かれていると思っていた。
だって、何でもよく話せたのだから。
絹矢先輩とは、何でも気が合って、一緒にいて感じのいい人だとしか思わなかった。
アニメ研に入部して暫く後の話だ。
学校の広い畳の間で、合宿をした。
セル画を描いたり、アニメビデオを観たりした。
女子は勿論、泊まりはダメだ。
ギャルは私しかいないから、私が帰ればいいだけだった。
この時は、女子は帰りなさいで筋が通っているじゃないか。
――何で、みくちゃんとやらは、非合法で生きているの?
合宿の時の打ち上げで、又ですかって飲み会の時、絹矢先輩に気持ちを伝えた。
「四年生でお別れになるのが寂しいですよね」
「そう?」
「来年も一緒に合宿をしたいな。こうして、打ち上げにも行きたいわ」
途端に、絹矢先輩にひゃっほいの神が降りた。
この夏になる迄に、デートもしたんだよ。
忘れていないよね?
男の人とデートをするのは、初めてだった。
「適当に決めて」
つれなくされたが、映画情報誌アノンを買って、いっちゃん面白そうだとジャッキーの映画にした。
喜んでいるのかいないのか分からないが、待ち合わせの三十分前に
おおーっとびっくり、まさかの絹矢先輩が私より先に来ていた。
文庫本なんて読んでいた。
私は大抵三十分前行動なので、友達を待つのが普通だった。
そんな時間前行動の話の中に、実家が限界集落で、そこに暮らしていた絹矢先輩の今迄の事情があったと分かった。
その後、丁度よくお腹が空いたので、二人で
多分、何だか分からないで、スパゲッティーを食べていた。
貝殻の欠片が入っていて、ちょっとだけ食べにくかった。
「さーちゃん、美味しいね」
「そうですね。ん、貝が絶妙です」
まさかの善生と葵のデートコースと同じとは思わなかったわ。
映画からパスタへGO!
この頃は、私は辛党ではなかったので、タバスコは遠慮していた。
絹矢先輩がどうしているかなんて、恥ずかしくて見られなかった。
それからが、想い出深い。
南野デパートを色々とお話しをしながら歩いて、とうとう屋上に着いた。
屋上の楽しい楽しいペットコーナーで、ちょんちょんとうさぎさんを触ったりした。
風遠しのいい屋外はとても清々しく、私の長いポニーテールがそよいだ。
お手製の全円フレアスカートをきゅっと撫で、手でまとめると、妖精の気分で、白いテーブルつきの椅子に腰掛けた。
絹矢先輩は、缶コーヒーをジーンズに二つ入れて、両の手に二つ持って来てくれた。
悪いけど、そのジーンズに入れるのは、乙女としてちょっと困った。
それから、ずっとずっと話したんだ。
何でもいいから、胸にあるものを。
今の家庭教師のアルバイトで大変な生徒を抱えている事を話したり、うさぎとずっと暮らしている事や何かを、一所懸命に話した。
ああ、この人とは、ずっとずっとお話しができると思ったものだった。
徹夜で電話したその日、アニメ研には寄らずに帰った。
2 叫び
ミーンミンミンミンミン……。
ミーンミンミンミンミン……。
もう盛夏か。
暫く、アニメ研にも顔を出していないな。
もう、前期はテストも終わって、本格的な夏休みになっていた。
「さーちゃん」
「え?」
「さーちゃん、こっちだよ。こっち向いて」
「絹矢先輩?」
ゆっくりと振り向いたが、誰もいなかった。
私は、夏休みにバイテク研究所に水やりに来ていた。
広い校内の四か所を回る。
「はーい、トマトさーん。イチゴさんもねー」
半ば投げやりな気持ちもあったのかも知れない。
心が死んでいた。
何でもないんだね、きっと。
ろくに恋愛した経験がないから、失恋も知らない。
思えば、私は、絹矢先輩の何を知っていたのだろうか?
これから、お互いに深め合って行くものだとのんびりしていたのか。
外にいる時は、泣く事ができない。
だから、家で泣いていた。
目をアイパッチくんの愛称を持つうさぎの志朗くんが片目が白い毛で赤い目でもう片方が黒い毛で黒い目のように、私は、泣けば赤らみ、我慢すれば黒目に戻って忙しくしていた。
――誰にも相談できない。
――死ぬなら、ここから飛び降りる。
物騒なことを考えていた。
ふと、思い出したのは、十九歳の頃に、病院の紹介状を貰った事だ。
――誰にも言えない。
――皆が、私を死ねと言う。
急にガラガラと大きなものが崩れて、私が崩壊し始めた。
壊すな。
壊すな……。
壊すな、壊すな、壊すな……!
「あー!」
私は、ひざまづき、両耳を押さえて、薄暗い自室の中で叫んだ。
叫べば、気持ちがすっとすると思った。
「あー! あー! あー!」
要するに何を言いたいのか分からないけれど、気持ちだけ先走っていた。
前へ!
前へ……。
前へ、前へ、前へ!
「あー! ぎいー!」
「うあああー! 死ねー! みく……! 誰か助けて……!」
興奮は、どんどん進んで行った。
夜の十一時だった。
私の声は、家族にも聞こえているてもおかしくないのに、何も言わない。
「うるさい!」
何て言って、駆け上がって来ない。
暫くして、気が付いた。
私は、叫んでいるつもりでも、叫んでいなかった。
それに、ここは自室ではなく、亀有駅に着いたばかりのホームの上だった。
胸に焼き付けたスナップを思い返した。
風に応えて垂れ桜が囁く。
ざざざざ……。
――ようこそ、一年生。
ざざざざ……。
――楽しい学校へようこそ。
ざざざざ……。
――お友だちと遊んで、お勉強をしましょう。
「どこが、楽しい学校なんだろう……。小、中、高、短大、四大、どれも楽しくないよ。相性が悪いのかな? それとも私が家族で浮いているみたいに鬼っ子なの?」
頭の中をぱんぱんにして、帰宅した。
「志朗……。秋になったら、イチョウの葉が散るからお食べ。ドクダミもお食べ。体にいいから、長生きしなさいね……。寛、穴掘りが好きですね。トンネルをお庭にどんどん作りなさいね。どうせお父さんのガラクタしかないんだから、好きにしていいのよ」
「ただいま」
「……」
「誰もいないのか。テレビも観ないなんて、留守かな?」
自室に入ると、電話の子機を手にしていた。
さっきみたいに叫ぶのか。
もしくは、絹矢先輩と電話をするのか。
二者択一な感じになっていた。
叫べばすっとするかな?
誰もいないなら、自殺より厄介じゃない。
と、その時、電話が鳴った。
びっくりしたけれども、出ない訳にはいかない。
善生の会社の電話かも知れないし。
「生まれました! 女の子でしたよ!」
「……。あの……。お掛け間違いではないでしょうか?」
「あ、あら、失礼しましたー! いいでしょう、いいでしょう、初孫なのですよ」
「おめでとうございます」
プツリ。
ツーツー。
つ、疲れました。
プルルルプルルル……。
プルルルプルルル……。
「え? また、おめでとうございますの電話?」
子機を手にしたまま、叫ぶ事を忘れていた。
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