20 女

  1 ファミレスの女


 アニメ研に行くともれなく絹矢先輩がついて来る。

 それで終わりでもいいのだが、帰宅しても電話をする。

 夢咲の家は、グレーのリダイヤル機能付き電話で、絹矢先輩の所は、昔懐かし黒電話だった。

 私は、電話を切る時に、いつも同じ事を言っていたらしい。


「お電話ありがとう」


 そうしたら、いつの日か、絹矢先輩が電話を切る時に同じ台詞を言ったのだった。

 これには驚いた。


「俺、電話を掛けた位で、ありがとうなんて言われたのは初めてなんだよ。いつか俺からも伝えようと思ってさ」

「そ、そうなんだ。びっくりしちゃったよ」

「はは、先にびっくりしたのは、こっちだよ」


 蝉の鳴き声で、朝を感じる季節になった。

 うちの庭には、蝉が沢山眠っている。

 それが、皆、がんばって、がんばって、這い出して来る。

 私は、蝉よりも早起きさんで、学校へ行く。


「行って来ます」


 特定の誰かに告げる訳ではない。

 それでも、餌やお水を綺麗にして、うさぎの志朗しろうひろにご挨拶して行く。

 志朗は、寛を呼びに行ったりする。


 そんな何でもない日だった。

 アニメ研で、朝、絹矢先輩に会った時、いつもと違う話を聞いた。


「今日、香川県から、同級の乙竹角男が俺んちに来るんだ。だから、先に帰って」

「そうなんだ。うん。甘い物が好きってカレーの好きな先輩から聞いたけど」


「ああ、そうだよ。なんだ、タケッチの事よく知っているな」

「うん、ちょこっとだけね。後で、差し入れするね」


「無理しなくていいんだよ」

「大丈夫よ」


 差し入れは、昼休みに和菓子屋さんに行って買ったのを帰り際に渡した。

 絹矢先輩も甘い物好きなので、二つ用意した。

 部室で別れて、何とはなしに寂しく帰った。


 いつも、帰ると黒電話が鳴るのに、今日は鳴らない。

 何しているのかな?

 掛けてみようかな?

 そんなに遠慮しなくてはならないの?

 男友達でしょう?

 別にいいけれども、何か追い払われたみたいだわ。

 やましい事してないなら、絹矢先輩も堂々としていたらいいのよね。


 カチャリ。

 プルルルプルルル……。

 プルルルプルルル……。


「あれ? 今頃何かしているのかな?」


 その頃、黒電話の方も困り果てる位に鳴っていた。


 ジリリリリンジリリリリン……!

 ジリリリリンジリリリリン……!


「もう、どうしたのかな? 出るまで呼ぶかなー。何か心配」


 私の心配は、ある意味的中していた。


 ジリリリリンジリリリリン……!

 ジリリリリンジリリリリン……!


「電話、うっせーよ。誰か出ろよ。宣伝か?」


 乙竹は、うざくて堪らなかった。


 ジリリリリン……!

 ガチャリ。


「うっせーよ、てめー。どこのどいつだよ。ああ、絹矢に用事ね……。羽大前のファミレスあるっしょ。そこに行っているんじゃないの? おデートってヤツ?」

「じゃあ、帰って来たら電話をください」


「アンタ、関係ないでしょう? 何で電話しないといけないんだよ?」

「か、関係なくはないです」


「じゃあ、セックスフレンドですかー?」

「ふっ。ふざけないでください」


「俺らが退かなきゃなんない訳は、一ミリもないの。ドーモご馳走さま」


 プツリ。

 ツーツーツー。


「ひ、酷いわ……!」


 私には、何が何やら分からなかった。


  2 黒電話の徹夜


 それから、暫く何回も間を開けて電話をした。

 絹矢先輩が帰って来たら、きっと出てくれると思って。


 ジリリリリンジリリリリン……。


 電話を鳴らす。


 ガチャリ。


 出る。


 チン。


 一言もなく電話を切られる。


 ジリリリリンジリリリリン……。

 ガチャリ。

 チン。


 ジリリリリンジリリリリン……。

 ガチャリ。

 チン。


「何で、話もしてくれないの? ファミレスって、いつもお金がないと言っているのに珍しいな。何しに行ったんだろう。それに、さっきの人は何なの?」


 もう一回、電話しよう。

 誰もいない訳ないんだ。

 電話を切る人がいるのだから。


 ジリリリリンジリリリリン……。

 ジリリ……。


「はい」


 野太い声がした。


「き、絹矢先輩でしょうか?」

「何か用事?」


「用事かって、電話に出てくれないから」

「出掛けているってタケッチから聞かなかった?」


「ええ、ファミレスに行ったと、男性に伺いましたが」

「だから、留守だったんだから仕方がないだろう」


 キャハハハハハハハ……!


「賑やかですね」

「皆いるからね」


「声の高い人は、女性ですか?」

「ああ、女子もいるけど。だから、何?」


「何で、絹矢先輩の所にいるのですか?」

「友達だよ。いいじゃない」


「真夜中ですよ。帰って貰った方がいいですよ」

「何で指図されなきゃならないの?」


「何でって、男性の部屋に女性がいる時間じゃないと思いますが」

「俺がやらなきゃいけないの」


「はあ? 夜中に男性の部屋に女性を呼ぶ事ですか?」

「駅の掲示板に書いてあったのを見逃しちゃったんだよ。だから、ファミレスにいると書いてあったから、迎えに行くの。当然でしょう」


「全く分からないのですが。だったら、皆さんで、ファミレスに行ったらいいと思いますが」

「何で? 俺が見落としたんだよ」


「でも、私はおかしいと思います」

「直接話せばいいよ」


「ほら、みくちゃん。何か話して」


 黒電話の相手が知らない女性になった。


「何か、あんた邪魔なんだけど。うざいよ」

「もう、普通はおうちに帰る時間だと思いますけれども」


「そんなのあたしの勝手でしょう?」

「いえ、男性とばかりいていい時間ではないです」


「あたしは、待たされたんだからね! 悪いのはそっちでしょう!」


 おいおい、どうなちゃったの?

 絹矢、しっかり躾しなさいね!

 この女、バカなんじゃねー?


 電話口の向こうからも聞こえた。


 よーするに、絹矢んち出ればいいんだ。はははは!


「え……?」


 ばーか。死ね!


「分かった? 間違っているのは、そっちなんだよ」


 ガチャリ。


 絹矢先輩の言葉と共に電話が切れた。

 私は、頭が白くなった。

 考えられない。

 何でこんなに適当なの。

 全員で、こっちを攻撃して来る。

 激しい興奮を覚えて、私は電話の子機を持って二階の自室へ上がった。


 プルルルプルルル……。

  プルルルプルルル……。

   プルルルプルルル……。

    プルルルプルルル……。

     プルルルプルルル……。

      プルルルプルルル……。

       プツリ。


 電話はある程度掛けると自然と切れてしまう。


 プルルルプルルル……。

  プルルルプルルル……。

   プルルルプルルル……。


 誰、あのみくちゃんって。

 何様はこちらからだわ。

 何?

 何様。


 プツリ。


 何で、今度は誰も出ないの?


 プルルルプルルル……。

  プルルルプルルル……。

   プルルルプルルル……。




 空が白み、新聞配達の音で、時を学んだ。

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