第五章 大学のしこり〔平成〕
17 命名
1 命名
――一九九三年、五月。
ガヤガヤ……。
アニ研で新歓コンパがあった。
羽大前の線路沿いにある『のみどころたぬきさん』の二階、狭い座敷である。
「おー、渉外、望月よお。大体来たー?」
「現役は皆揃っているっすね。後は、畜産の
「分かった」
レッド先輩が立ち上がった。
「こんばんは。お忙しい中、ありがとうございます。部長の秋元凌一です。取り敢えず、連絡が取れない方はお待ちしながら、このメンバーで始めましょうか。渉外さん、ビール行き渡った?」
「大丈夫だと思うっす」
「思うじゃなくて、しっかり把握しろや、二年だろう」
ハハハ……。
「すみません」
「おう、望月、変わらねえなあ。大洞にまだおんぶに抱っこか?」
ハハハ……。
「ゴホン。えー、それでは……」
皆、秋元先輩を注視する。
次第にざわめきも止まる。
「今年も新入生獲得が難しかったのですが、貴重な一名の新入生を迎える事ができました。涙、涙の物語です。ヤロウばかりですが、根は皆優しいヤツらです。愉しくやって行きましょう」
「それでは、新入生を歓迎致しまして、乾杯の音頭をとらせていただきます。ようこそ、T大学アニメーション研究会へ! 乾杯!」
ビールの入ったグラスをかかげる。
「乾杯!」
「乾杯!」
皆、それぞれに、乾杯とグラスをかかげ、喉を潤した。
ガヤガヤ……。
アハハハ……。
あちらこちらで話に花が咲いていた。
櫻は、ぽつねんとしていた。
絹矢先輩のお隣に座れなかったのである。
随分と離れている。
「呑める?」
おっと、ぶっくりしたー。
はあ、ぶっくりしたー。
「ごめん、驚かせちゃった?」
レッド先輩こと秋元部長であった。
「お酒は、年齢的に犯罪にはならないです」
十分未成年でない二十二歳の櫻は、お酒もいただいた。
「さーちゃん、呑める方かなって質問だよ」
「好きですけど、家が遠いので、一次会で大抵帰る事になります」
くそ真面目がウリだけど、そこが、面白くない人になっている。
諸先輩方から質問の矢が飛び交う。
「はーい! 読んでいるライトノベルってある?」
OGの方が手を挙げた。
「特にないのですけど、アニメになった作品は気になります。戦艦ものでユーモアがあるのとか」
「好きなアニメ、何?」
「『美少女アルバムシリーズの孤高の戦士Aya』です」
「さーちゃん、俺も質問」
絹矢先輩が来たー!
お隣に来たー!
来たー!
「櫻って良い名前だよね。どういう意味があるの?」
「母が葵と言う花の名前なので、父が、私に女らしくなって欲しいと、平仮名で『さくら』と命名してくれました」
「うんうん」
「母は、そんな話は聞いていないと喧嘩したらしいのですが、認知して欲しいから我慢したそうです。漢字にして欲しいと願ったから、今の旧字体の『櫻』になりました」
「自分の名前が好きです。特に漢字が気に入っています。でも、母に言わせると文句が出るのですがね」
櫻は、苦笑いをした。
2 家族ならべ
絹矢先輩と色々お話をしたかった。
「家族によって、名前の認識が違うのですよ」
「ふうん」
そう言って、もうビールを注ごうとしてくれたので、慌てて飲み干した。
「ちょっと思い出しました。小六の夏休みの話なのですが、宿題の作文で、『私が生まれた時』と言うのを書いたのです」
――当時暮らしていた家を微かに思い出す。
我が家は、夏でも炬燵で済まされた。
四人が足を入れ、晩ごはん後のお茶にしていた。
「私の名前について、父に訊いたのです。何度も聞いていましたが、インタビューしました。父の場合ね」
「お母さんが『葵』だろう。女の子だった場合、花の名前を探していたら、一番しっくり来たのが、『さくら』なんだよ。『夢咲さくら』って、良いだろう。桜は、淡紅色と中国では意味があるそうだよ。可愛い子にぴったりだ」
父は寿司屋の大きな湯飲みで一息つく。
「そう思っていたんだけど、お母さんが、幼稚園のさくら組みたいだから、漢字にして賢くして欲しいと言うので、俺には今でも書くのが難しい、『櫻』になったんだ」
「私は、画数が多くても、この名前は素敵だからって、テストとかでも『桜』ではなくちゃんと『櫻』と書いているんだよ」
テーブルに指で字を書く。
「そうか、そうか。『櫻』には、色々な意味があるよ。木だから、のびのびと大きくなって欲しい。女の字が入っているから、たおやかになって欲しいって良いだろう」
「そうして、夏休みの宿題には、大体良い事が書けましたよ」
「良かったじゃない」
にこりとされるとドキドキするわ。
「そして、羽大学受験の話なんだけど、母の場合ね」
「櫻と来たら、男勝りに大学なんて行って、一浪で諦めるかと思ったら、第一希望の二つ目の大学に行くし。その後、大学院にも行きたいとか、親戚でもそんな親泣かせはいない」
「
「私、こんな悪口、母親から言われるなんて、ショックでした。私の名前をああも悪く言う人は苛めっ子以上です。涙なんか出ませんでした」
「そうだね、それはショックだね」
「弟がいるのですが、
「素敵な名前だね」
「私も気に入っているんです」
「……。でも、ちょっとやっかんじゃって。私って第一子だから、家庭の状態が落ち着かない時に、できてしまった子供だったのです。でも、弟は、家族になった状態で生まれて羨ましいなと思いました。名前からして、分かるでしょう」
「考え過ぎじゃない?」
「そうですかね。考え過ぎですか」
「それでね、父、善生の男兄弟は、父親の『なり』と言う読みが皆についています。母、葵は、人生に『徳』のある名前を兄弟につけて貰っています。弟は、『愛』のある命名をされました。家族色々です」
「そうなんだ」
絹矢先輩は、聞き上手である。
どんどん、無駄な事を話してしまう。
本当は、両親を尊敬したいのだけど、難しい気持ちが表れてしまったかな……。
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