18 一次会なんだ

  1 歌うべし


「はーい! 新入生、何か芸がない? お披露目してください」


 私が絹矢先輩と話している内に、新しいOGらしき方が入って来て、すぐに声を上げた。


「浅賀聡子先輩です。ようこそ」


 レッド先輩が部長として対応した。


 パチパチパチパチ……。


「ああ、今、石渡も来るわ。はは、相変わらず」

「おーっす。こんばんは。毎度、石渡一千です。バクチ打ちやってます」

「それは、売り出し中の漫画家でしょう」

「上手いこと言うねー、部長。一度も掲載なしんこだよ」


 ははは……。


「所で、芸は?」

「浅賀先輩、そこ拘りますね」

「私なんて阿波踊りやったのよ! 徳島だからって」


「新入生! はい、芸! はい、拍手よー!」

「おう」


 パチパチパチパチ……。


「新入生! はい、芸!」


 パチパチパチパチ……。


「さーちゃん、何か歌ったら?」

「ああ、歌ですか……。そうですね……」


 んー。

 唱歌と童謡とアニメソングしか歌えないから、えーと。

 拍手の中、天井を向いてしまった。


「何か困っているの?」

「アニソンでもいいのかなって……」

「ははっ。ここは、アニメーション研究会だよ」

「そうだった!」


 なーにやってる、私。


「ふわっ。ふわい!」


 すくっと立ち上がる。


「いえ、はい!」


 アーハハハ……。


「おー、緊張すんな」

「そうそう、緊張しない」

「何をやるの? 阿波踊り? ぷぷっ」

「こーら。冷やかすな、石渡」


 あちらこちらから声が飛び交う。

 果たしてこんな局面を乗り越えられるか。


「う、歌を歌います。えっと……。アニメソングの……」

「がんばれー。さーちゃん」


 うん。

 じゃあ、絹矢先輩のために歌っちゃう。


「えーと、『美少女アルバムシリーズの孤高の戦士Aya』のエンディング、『ダーティーハート』を歌います」


 ……ちゃちゃちゃ。


 ♪ 誰もが 自由でいられない この闇の世の中で。

 ♪ 闘う理由もなく 血の涙を流したりはしない。

 ♪ あなたが 消えてしまうような このまやかしの言の葉で。

 ♪ 美しくひとさしで こころかたとなりはしない。


 ♪ セパレート 魂別つものあらば。

 ♪ セパレート 我が身をさいて孤高の戦士と呼ばれればいい。


 ♪ ダーティーハート ダーティーハート ダーティーハート。


 ♪ HUHUHU HUHUHU HUHUHU……。


 ちゃちゃちゃ……。


「お、終わりです」


 ほ、本当に歌っちゃったよ。

 絹矢先輩のためだからね。

 そ、そうよ。

 わーん、顔から火が吹いてないかな。


「よー!」

「できるじゃん」


 パチパチパチパチ……。


「あ、ありがとうございます。こんなんですけど」

「ヒュー! 新入カンパで、これがないとね」

「がんばったよ」


 あちらこちらで、声をかけて貰った。

 勇気を出してよかったな。


「では、後は歓談と言うことで、よろしくお願いいたします。それから、夢咲櫻さんは、少々照れ屋さんみたいなので、フォローよろしくです」


 うーむ。

 部長さんともなると、含蓄があるなあ。

 助かりますでっしゅ。


 わははは……。

 がやがや……。


 それからは、楽しくお話をしていた。

 絹矢先輩のみならず、色々なアニ研の方々と話した。

 この時は、まだ、このメンバーに異変が起きるとは思わなかった。


「ちょっと失礼」


 白い肌を赤らめて、絹矢先輩が席を立った。

「んー? どうしたのかな?」



 じょー。

 じょろろー。


「要するに、飲み過ぎ?」


 飲み足りない私が顔を赤くした。

 やだな。

 恥ずかしいのを聞いてしまった。


 もう、お嫁に行けないんだもん。


  2 今日は帰ります


 新歓コンパが終わって、私には懸念事があった。

 そう、終電だ。

 うちは、ここから遠い。

 皆で、ぞろぞろと高架していない線路沿いに駅の入り口へと向かって行った。

 絹矢先輩が、私の左隣にいる。

 私とは背が違い過ぎて、私の肘が彼の掌あたりだ。

 これでは、手をつなぐのも大変だと思った。


 きゅん。


 私は、本当にびっくりした。

 絹矢先輩が、私の肩を引き寄せた。


「あ……。え? あの……」


 春でも冷える中、私の肩にあたたかい手が添えられる。

 そっと、絹矢先輩を見ると、実に真正面を向いていた。

 私を見ないようにしたのか、知られないようにしたのか。


「二次会、来られる? さーちゃん」

「ちょっと、自宅が遠いので、終電に間に合わなくなってしまいますから、これで帰ろうかと思います」


 よ、避け、避け……。

 肩の手を避けようとした。

 絹矢先輩に伝わったのか、すっと離してくれた。


「一次会なんだ」

「はい……」


 黙りこくってしまった。

 そうだよね。

 盛り上がっていたのに、私はいつも一次会しか行かない人なのだよね。


「一次会だけでも面白かったなら、いいんじゃない? 気を付けて帰って」

「私も二次会って参加してみたいのですが……。残念な人で、ごめんなさい」

「何も謝ることないじゃない? 人それぞれだよ」


 長いと思った線路沿いの道も、もう改札口だ。


「絹矢先輩……! あの……!」

「はい?」

「あの……!」

「はい」


 私は、こんな所で何を叫ぼうとしているのだろか?

 いきなり、好きですとか?

 いきなり、一緒に帰りませんかとか?

 帰るってどこへかな……。

 自宅は夢咲の家で、絹矢家とは違う。

 絹矢先輩には、実家に帰って花卉園芸や肉牛飼育をやりたいと夢があると言っていた。

 夢咲の家では、それは叶えられない。

 私は、人を好きになったら、その人の夢を奪い取るなんて犯罪者になりたいの?


「絹矢先輩、あの」

「はい、何でしょうか?」

「素敵な夢を叶えてくださいね」

「ん? どうしたの?」

「今日もありがとうございました。失礼致します」


 ばっとお辞儀をして、改札を抜け、階段を駆け上がった。

 ホームで暫く待った後、乗り継いで間に合って帰れる私鉄に乗った。

 見送りなんて誰もいない電車。

 でも、絹矢先輩が改札で見せてくれた笑顔が、私を帰路につかせてくれた。

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