06 子どもの命
1 命の子ども達
第二十回NHK紅白歌合戦が、ラジオから聞こえて来た。
♪ ジャンジャンジャンジャン……。
♪ ポロポロポロポロッンタタタ……。
♪ ら~ららららら~……。
善生は耳を澄まし始めた。
葵が、小さな柱時計を見ると九時だった。
今、紅白が始まったのか。
もう今年が終わる……。
お父さん達は、今、どうしているだろうか。
いつもより遅い時間にどきりとした。
「ああ、それですね。田舎に行くと大きな柱時計があるのですよ」
「あら、素敵ですね」
だからか、文鳥のちっちゃんが飛び回って、九つ数えていた。
「夢咲のうちはですね、亡くなった兄貴も含めると九人兄弟なんですよ。姉が一人に後は男ばかり八人、お袋が産んでくれたんです」
家族を大切にする方なのかと葵は思った。
「美濃部は、姉一人に兄四人ですよ。夢咲さん、年子とかですか?」
「いやいや、二年か四年毎ですよ。こればかりは頭が上がらない」
「まあ。良く恵まれましたね。恥ずかしく思ったりしなかったのですか?」
「恥ずかしい……?」
怪訝な顔をされた。
「アタシは、姉と十八離れていまして、姉が女学生だったものですから、お友だちに冷やかされたそうです。戦時中、父は、飛行機工場で働いて、姉は、タイプライターとして働いていたのです。その最中、私は産まれました。夢咲さんと同じく、昭和十九年ですね」
自分は間違っていないと、葵は我を突き通した。
「そうですか。お袋さんが年をいっていて恥ずかしいと言う事ですかね?」
「そうですね。私も早く生まれたかったわ」
ゴホッ……。
「やはり、お茶いただいてよろしいかしら? お喋りが過ぎたみたい」
お台所に入ろうとしたら、善生が立ち上がった。
「ああ。気がつきませんで。お湯を沸かして来ますね」
シュー……。
「一等の湯呑みで召し上がってください」
「あら、
益子焼は、栃木の名産品である。
「お、春日様の歌が流れて来ました。いいですねえ。この歌、好きなんですよ。んんんんん~。ふううううううう~」
葵は、夢咲は音痴だが、歌が好きなのだなと思った。
「別れは、悲しいですよね」
一人で歌ったり、喋ったり。
「別れは、悲しいんですよ。ね、みっちゃん」
又、小さな柱時計が時を打った。
その時、どきっとした。
「みっちゃんって……」
顔を赤らめてしまった。
「私は、もう小さなみっちゃんではありませんよ」
「良いじゃありませんか……。んんん~。ね、みっちゃん」
「さっき、出てきた、ザ・スイーズあるでしょう。好きなんですよね。ふうううう~」
善生が楽しそうに浸っていた。
「良いですよね。ラジオは孤独から救ってくれる」
「夢咲さんは孤独なのですか?」
「そりゃあ、ここを見れば分かるでしょう」
「ま……」
失言したと、葵は俯いた。
「私は、家族と暮らしていますからね……」
「お茶、美味しいですね。三日目のお茶」
顔を上げて、励まそうとした。
「そうでしょうよ」
小さな柱時計に、十一時を告げられた。
さっき、少し触られた手が、ぽっとあたたかかった。
2 除夜の鐘と鼓動
紅白は次第に盛り上がって、今年のラストへと向かって行った。
♪ ンッタッタッタッタタ……。
♪ ら~ららら~ららららら~……。
善生は、口の厚い灰色をした益子焼のお湯呑みを手にする葵を見つめていた。
痩せてはいても、丸顔は隠せず、まんまるな瞳に小さなお口、田舎者とは違う白い肌……。
その色白が映える今日のワンピースも似合っている。
洋裁が得意だと言っていたのを思い出した。
美濃部葵は、小柄な所さえも可愛い。
頭も良さそうだが、中学迄の勉強しか分からない自分にとっては未知の部分である。
料理上手な前掛けをした葵を想像していた。
煮付けと漬け物があれば幸せだ。
「どうされたのですか? 夢咲さん。アタシを見つめて……」
本当に鼻の下は伸びるらしいので、慌てて大きな鼻を手で覆った。
ふがふご……。
「何でもないですよ……。ラジオを聴いていただけです」
善生も安っぽい赤い磁器の湯呑みに口をつけた。
「いや、そんな事もないか。美濃部さんを見ていました。結婚したら、どんな嫁さんになるのかなと……。お恥ずかしい」
「け……。けっこ、結婚ですか……!」
思わず大きな声を出してしまった。
益子焼をかたりと置いた。
「そうですよ。ワタシはお茶のみ友達ですか? だとしたら、ちょっと寂しいな」
「いえ、そう言う訳では……。ごめんなさい」
「謝らないでください」
赤い湯呑みを一口すすった。
「謝られたら、失恋じゃないですか……」
♪ ら~ら~らら~らららら……。
♪ パチパチパチパチパチパチ……。
紅白が終わった。
いよいよ今年が終わる。
煩悩を祓うと言われる除夜の鐘が、善生の部屋にも響いた。
ゴーン……。
ゴーン……。
ゴーン……。
一つ、二つ、三つ……。
数えたいが、二人はそれぞれに物思いに耽ってしまっていた。
「ここからも除夜の鐘が聞こえるのですね」
葵は耳を澄ました。
「百八つある煩悩ですか……。ワタシは、祓って貰えるのですかね」
善生は、ラジオを消した。
「誰でも大丈夫だと思いますよ。どう言う意味ですか?」
「美濃部さん……」
「はい?」
「みっちゃんって呼んでいいですか」
葵は、再び、頬を紅潮させた。
「み、みっちゃんって……。中学の時の渾名ですよ。もうお互いそんな……」
「みっちゃん……」
「は……。はい……」
「いいじゃないですか。みっちゃんって可愛いですよ」
善生は、何だか嬉しそうだった。
「そ、そんな……」
「来年になったら……」
決意の表情を見せた。
「なったら……?」
葵は、鼓動が善生に聞こえてしまうと思った。
「なったらですね……」
葵を見つめた。
ゴーン……。
ゴーン……。
ゴーン……。
「ぼ、煩悩が祓えませんよ……! ワタシ!」
目線をふいっと横に切った善生。
自信がないのであろうか。
「だ、だから、来年になったら?」
葵は焦りを見せた。
小さな柱時計が、年の変わった事を告げた。
「も、もう!」
葵が痺れを切らした。
「みっちゃん、すみません……」
そう言うと――
唇を合わせて来た。
部屋は寒いのに、しっとりと熱かった。
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