12撃 知らぬが仏を覗き見る

 1.


 ……とりあえず芋は食べておくか。他に食べ物も無いから仕方ない。


「過去スチルゲットー。Foo、Foooooっ。」


 芋を受け取ると、小さく歓喜の声を上げる馬鹿がいる。見返すことの出来ない一枚絵に何の価値があるというんだ。コイツのイベント消化は取り敢えず放っておいて良い。まずは状況を整理しよう。


 あの浮かれた女の言う通り。これは思い出、或いは出会いイベントというものに類似している。夢を真に受けるとは、大変馬鹿げた話だが。ゲーム上のアルフレッドの過去イベントの流れはこうだ。


 マコロニュアの地を離れる船で出会った幼きヒロインとアルフレッド。仕事で叱られて泣いていたヒロインを慰め、仲良くなるのが馴れ初めらしい。

 成長したアルフレッドは血も涙もない鬼畜仕様の冷血漢だ。


 だが、かつてヒロインが出会った彼は真逆の存在だったようだ。ロープを素手で処理して擦り切れた傷痕が、可哀想だと拙い回復魔法をかけてやるような心優しい少年だったそうだ。

 海賊船に攫われたのも仲良くなったヒロインを庇っている内に諸共攫われたらしい。

 ……わかってる、自分で言ってて違和感が半端じゃない。現実の僕は、日々エルや使用人達と組手や模擬戦等をしているため。相手が女子供であろうと、自らの主人であっても必要とあらば蹴り飛ばす。効率重視寄りの冷血漢だ。


 幾ら予知夢のようなものと言っても、現実とは色々齟齬があるらしい。むしろ、全く同じであっては困る僕にとって、違っていて一向に構わない。慈悲は期待するなと告げた僕に、アリアは沈んだ顔で俯く。


「それで、倉庫で傷を舐め合……慰めあってたというのは分かったが。そのゲーム内の僕らは海賊をどう処理したんだ?」


「いえ、当時というか今は子供なので、私達は特に何も……。ただ、私が海賊に連れてかれそうになった時、アルフレッド様が庇ってくれて。襲いかかってきた海賊に例の不思議パワーが発揮して光るんです。その後は光を目にした、近くの巡回船が助けに入ったはずです。」


「ああ、例のピンチフラッシュか。」


「それですそれです! 不思議と助けが飛んでくるお約束ピカッシュです。」


 幾らお約束だからと、いざとなったらピカッとするから大丈夫だと胸を張るこの女の気が知れない。いつも何処からともなく助けが来ると言っていたが、作為的なものを感じるな。だが、生憎親元に素直に戻るつもりのない僕としては巡洋艦ルートは不採用だ。


「ならばその線は却下だ。それで、自称前世持ちの君は。光る以外に出来ることは何か有るのかな?」


 足でまといなら置いて行かれると思ったのか、必死に自己アピールをするアリア。


「あります、きっと波乱万丈色の覇運が着いているはずです! 一生退屈させませんから、拾ってくださいっ。」


「……君、さっき自分でシナリオの辻褄合わせに、次から次へとイベントが起こるだけだとか言ってなかったか? 残念ながら僕は退屈な日常が好きなんだ。歩く弾薬庫程度なら必要ないな。」


 一刀両断に切り捨てると。「グハァ、半端ない切れ味の言葉の刃に切られたっ!」とアリアは崩れ落ちる。将来的に百人斬りも辞さない魔女が一太刀ぐらいで四の五の言わないで貰いたい。








 2.


「実はね、海賊を制圧する事や、ここから脱出する事自体はそう難しくないんだ。」


「あの、それって……。」


 周囲の虜囚に聞こえぬよう、声を潜めて呟くと、少女は不安そうな表情で周囲を窺う。無事の範疇に己や周囲が含まれるのかが不安になったようだ。間の抜けた言動の割に案外聡い。


「ご明察。君は巡洋艦の助けでも来なければそれが難しいと思うなら、それも正解。ここに捕えられた人員にそのポテンシャルは期待出来ないだろう。」


 むしろ、無力な女子供を中心に手繰り寄せられた戦利品だ。育ちの良さそうな妙齢のマダムを中心に、皆啜り泣いている。


「やっぱり、そうなんですね。これまでの様子を見て。私も含めて、攫われた人の中に戦闘が出来そうな人はいないみたいです。でもっ、それでも。助かりたければどうすれば良いですか?」


 アリアは、可愛らしく整った顔を歪めて懇願するような声を絞り出す。生に貪欲な力強い声は、最低限に据えた評価を一段階上げても良いと思えるほどの必死さに満ちていた。


「君は一人だと、ピンチフラッシュは使えないんだね。」


「どうしてそれをっ? ……はい、実はシナリオ中で関連した誰かがいる時にしか。いざって時の光は来ないんです。だから、シナリオ外の突発的な暴漢や事故で、死んでしまうのかもって危い事は何度もありました。でも、きっと死にません。運命の強制力が最後の最後には守ってくれるはずです。」


 無敵の切り札を看破された動揺に、不安そうに両手を握りしめ、震える声で答える。


「強制力ね。それが本当の事だとすれば、君も僕もメインストーリーが始まる時点まで。生存だけは約束されているみたいだね。光らないのは分かったけど。具体的には、何があったんだ?」


「シナリオ最中は起こらないと思いますよ? 私がヒロインだから起こるのか、転生者だから起こってるのかも分かりませんし。」


「構わないよ。当てにしてる訳じゃなくて。不確定要素を潰したいだけだから。」


 暫し逡巡して、意を決した様にアリアは口を開いた。


「死んだら夢を見るんです。日本にいた頃の日常やホワリリの夢を……。そうしたら、不思議と危機は去っていて。私が死んだことや、大怪我を負った痕跡が無かった事にされているんです。」


 何処がで聞いた話だった。もしかして、僕は既に一度死んでいたのかな。

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