10撃 悪魔の誘惑はその甘さ故人間を絡め取る

 1.


《side.Nightmare》


 遠くで彼を呼ぶ男女の声が聞こえる。必死に呼びかける様子、面影のある美男美女。一目でわかってしまった、彼らがアルフレッドの両親だと。


 彼らの行く末を知るが故。いたましいと、傲慢にも思った感情が滲み出ていたのだろう。サポートにも関わらずその口撃速度で数多あまたの乙女心を沈めた彼は、その一瞬で判断してしまったようだ。


「そう、分かったよ……。

───あの人は。僕の母は死ぬんだね。」


 はじめから決まっていたセリフをなぞるような平坦な声。慌てて彼を見返すと、作り笑いすら消えた。表情の抜け落ちた顔で、彼は私に囁いた。


「ねえ君、アリアさんだっけ?」


 こちらを見てるのに私を見ていない瞳に怖気が走る。攻略時は鬼、悪魔と散々罵ったけど、無論ただの軽口だった。だが、私を通して何かを見据えるこの眼は一体───?


「ヒロインとして死を迎えるのと、物理的に死ぬの。どちらが良いと思う?」


 華のように微笑みながら、彼は私に残酷な選択肢を突きつける。私に選ぶ権利など微塵も残されていないのは、その深過ぎる瞳の色を見れば明らかだった。



 怖い




 周りでは乱暴な海賊達の怒鳴り声と剣戟の音がひっきりなしに鳴り続けているのに。その暴力的などれよりも。アルフレドの、問いかけておきながら、どちらでも良いと。私の生命を、路傍の石でも見下ろすような素っ気ない視線。無関心に見える、その瞳の静けさが。私には何よりも恐ろしかった。


 そうして私は幸せで残酷な夢を見るのだ。




 初めての私の居場所、共に歩む他人。


 それは死の恐怖と同列に優しさを並べる、無邪気で残酷な彼。


 その甘く苦い蜜に囚われた私は、他の未来を捨て。その気紛れに自分の未来を賭ける他なかった。


 初めてだったのだ。私の未来ごと、この残酷な無数のバッドエンドを知った上で私に手を差し伸べる人など……。たとえそれが、他の誰かの為に敷かれた道の、隅の敷石の一つとしてであろうと。私はその誘惑に抗う事など出来なかった。











 2.


 成すべき事は決まった。僕はザハトルテアの地を踏まない。少なくとも両親と共には。見もしない敵前から撤退なんて不本意だ。だが、まだ子供でしかない僕の動き一つで死ぬ運命が覆るほどこの世界は甘くない。

 願わくば僕の弟か妹が生まれる頃には、アルベルトやその部下が力をつけているよう祈るばかりだ。不服ながらもこの僕が、母さんを任せるんだ。きっと母とその子ども達を護る力を手にしてくれよ。


 熱くなった目を一度瞬き、皇族も乗る船の精強な護衛に撤退し始めた海賊の配置を確認する。


 程良くヒロインの背後から海賊の一人が掴みかかろうとしている。


「アリアちゃん危ないっ!」


 自分史上、類を見ない甲高い声を上げ彼女を海賊船寄りの甲板まで蹴っ飛ばす。


「ぴゅ、ピュアフレド様っ!? ふぐぁああっ!!!」


 不穏な単語と共に、幼女に不似合いな野太い悲鳴を上げアリアが船縁に激突する。一瞬面食らった最寄りの海賊が、服装は粗末だが容貌の整った彼女に気付き、やに下がって腕を掴む。


 僕は彼女を抱き上げた海賊の元へ詰め寄り、太もものあたりをポカポカと子供らしく大振りに、力を込めず何度も叩く。



「アリアちゃんを離せっ。この、海賊めぇ。」


 むしろ離そうものなら次の海賊に送り届けるがな。足元にいる僕に気付いた海賊は、こちらを見て顔を輝かせ、僕の襟首を掴み上げる。馬鹿野郎、持ち方が悪くて首が締まるじゃないか。落ちない程度に暴れながらさり気なく気道を確保する。ふぅ、やれやれ。


「オイ、上物のガキが2匹も飛び込んで来た。こいつらは高く売れるぞ。」


 上機嫌で鬨の声を上げ、海賊船に取って返そうとする男。その時遠くから、次々と海賊を切り捨て、一人の男が躍り出た。


「アルフォリウスー!! おのれ、息子を離せっ!!」


 しまった、アルベルトが剣を抜きこちらに猛進して来る。このままでは、幾ら距離があっても、この海賊は一刀の元、切り伏せられるだろう。


「来ないでお父さんっ!」


「おとっ? ちょ、アルフォリウス! もう一回呼んでくれないか!!」


 こんな状況にも関わらず、僕のお父さん呼びに、アルベルトは泡を食って動揺する。


「お願いっ、父さんは母さんを守って! 絶対、死んでも守って!!」


 タイミングよく母の悲鳴がする。ああ、母さん無理しないで。まだ近くに海賊もいるのに。母はアルベルトの築いた死体の転がる道を追いかけ、必死に僕を取り返そうと追い縋る。ちょ、今母さんの肩を掴もうとした海賊、母さんに触れたら殺すよ?


 加減しつつ、襟首を掴む海賊の脇腹を突く。早くしろ鈍間め、死にたいのか?


 一瞬痛そうな涙目になった海賊は、ほうほうの体で船に飛び込む。アルベルトを中心とした船の護衛兵に追いやられ海賊達は、乗り込んだ時の倍の速度で豪華客船を後にするのだった。僅かばかりの人員と物資を掠め取って……。





 後に大規模な海賊狩りがザハトルテア皇国主導で数度に渡って行われるが、海賊に攫われたという数人の足取りはようとして知れぬままだったという。



【一章 幼少期編 完】

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