9撃 こんな女に十股かけられるなんて、男は単純な生き物だと言われても仕方ない

 1.


 口撃の魔女ヒロイン


 ホワリリこと『ホワイトリリーに抱かれて』には共通ルートというものがあまり存在しない。乙女ゲームのお約束を踏襲しつつも、攻略対象は10人を軽く越える。その上、それぞれの個別シナリオは勿論のこと。サブイベントまで含めると結構なボリュームだ。

 当然、ゲーム開始の17歳の時点で。全てのエピソードでの過去の出来事を網羅しようとすると。時系列で年表を作った際、常軌を逸する経歴の少女の出来上がりとなってしまう。


 不可能を可能にするため、彼女にはファンタジー要素とかけ離れた特殊能力が有る。悪魔のように口が上手く。尻尾を掴ませないあざとさは、全国1万3000のホワリリプレイヤー達をして、魔女と呼ばしめた女傑っぷりを誇る少女だ。

 外見上は、夢見がちで三食マカロンやマフィン(顎を使わない甘い菓子群)ばかり食べてるような顔で。婚約者や将来を誓った女のいる男を尽く手玉に取るサキュバスの様な女と恐れ戦かれている。

 初恋キラーにて究極の世渡り上手、狡い、羨ましい、弟子にして欲しいと。彼女を語る女性ユーザーの評判は嫉妬と怒りで満ち溢れている。また、敵方が手抜きの無い美少女揃いとあって、意外と多かった男性ユーザーからは、多岐に渡るバッドエンドになぞらえた百合百合しい(別に彼女達は何も悪く無いが)悪役令嬢達の手に堕ち折檻されるヒロイン。もしくは逆パターンで、凌辱されるお嬢様と黒幕ヒロインが描かれた。成人指定の薄い高級本がやたら出ていたらしい。彼女がいかに乙女ゲームのヒロインとして異質な存在かは分かって貰えただろうか。


 未だゲームのタイトルも朧げだけどな。もう口撃の魔女で良いんじゃないか?メーカーも開き直ったのか、深夜ラジオ番組や派生したグッズ等にはちゃっかり『口撃の魔女~ホワイトリリーに抱かれて~』とか、タイトルと渾名が逆転して銘打たれてたし。開き直りすぎだろう。


 攻略難易度の高さと共に攻撃的なヒロインから、乙女ゲーム史上、最もネットで叩かれた乙女ゲームと言っても過言ではない。

 寄せられたバッシングの多数が「倒した女の子も攻略させろ。嫁とトゥルー百合エンド迎えたいんじゃ!」だったのは有名な話だ。僕もメーカーに抗議のメールをした。特にエルに至っては二人の攻略対象分のイベントが盛り沢山。イベントスチルはあるのに、固有エンディングは全てバッドエンド。攻略Wikiでも、バッドエンド(百合END)と書かれてたのはどうなんだろう。


 数度見た夢の中のゲームなのに、やけに詳細な説明をするんだなって?あの顔を見たら色々思い出してきたんだよ。


 その悪夢ナイトメアは、肉の生身を持った少女として目の前にいて、何故かこちらをガン見している。この世に僕をお兄様と呼ぶ者は存在しない。将来的に近所の子供やエルに呼ばれる可能性や、ザハトルテアでこの先出来る縁類の子供に呼ばれる可能性がまだあるが、僕は今9歳。名乗ってもいない初対面の少女にお兄様と言われる謂れは存在しない。


「君は、本物の僕の悪夢なのか?」


 緊張で乾いた喉が引き攣れて。上手く声が出せない。僕の頭の中から現実へ顕現した悪魔は、ゆっくりとその可憐な唇を開いた。




 2.


《side.Nightmare》


 ※夢女子と腐女子をこじらせた女子が、特有のハイテンションで騒ぎます。あまり耐性の無い方、は生ぬるい瞳で流し読み、もしくは【■■■■■■■】のある所まで読み飛ばし推奨。










 ↓

 ↓

 ↓



 や、ば、い!


 アルフレドお兄様に僕のナイトメアとか呼ばれたんだけど。どういうこと、超格好良い、何コレどういうこと? マイリトルとか僕の妖精ちゃんとか、そういう意味なの?これってプロポーズなのかなぁ、どう思う悠くん? て、悠くんいないんだよ。うわぁーん、シナリオパートの頭脳ブレーンがいないと、選択肢でも他のパートでも姉は無力だよ。助けてくださいっ、マイ攻略wiki様!


 しかし、初対面の幼少パートでメインシナリオ始まってないのにルート突入とか。好感度上がるの速すぎませんか? 実は私の記憶に無いだけで、これは好感度持ち越しの周回モードの10周目くらいだったのかしら? こんな隠し要素があったなんてー、むしろ大歓迎ですけど! ヤバいねヤバいね。しかも、ナイトメアをチョイスしちゃうとか流石は、アルフレッドおにぃ様としか。


 参っちゃうなぁー、全く困んないけど幼少期編からアルルート入っちゃうかぁ。学生になったら高難易度鬼畜仕様でルート入るのすら敷居が高いのに。幼少期から幼馴染ポジションゲットすることにより難易度下がるとかアリですか?


 クッ、これが現実の破壊力なのね。シナリオの垣根を越えて、ガンガン好感度稼げてしまうのね? 現実リアルはヤバいわ。強すぎるわ。


「……おい。」


 同じ学年だからまだ9-10歳くらいだろうけど、探るような瞳が麗し過ぎて蠱惑的だなぁ。眼福眼福……。ハッ、拝んだら更に不振そうな目で見られました。いけないいけない。冷たい瞳が御褒美なんて変な趣味を美少女は顔に出さないよっ。


 私はヒロインちゃん、私はヒロインちゃん。私はヒロインちゃん……よしっ、洗脳完了!


 そう言えば、本編中名前好きに入れて良いから本名入れたら弟にドン引きされてショックだったんですよ。「腐女子は男の名前を入れてBLゲームだと思って楽しむんだよ! これはまだ健全な方だよ。全然ノーマルな楽しみ方だもんっ。」と言ったら更に引いてたけど……解せぬ。


 発音も弄って、完璧に自分の名前呼んでくれるとか、乙女ゲーマーにとっては最高だと思うんだけどな。









 ■■■■■■■■■■


 いやー、しかしヒロインちゃん、何だかんだ本名があって良かった。名無しの権兵衛的な名前とかだったら泣く。目の覚めるような美少女、みんな大好きヒロインちゃんの名前は空白エンプティ! だなんて悲しすぎる。


 でも、ひとつ不思議なのは。


「おい、貴様。」


「あ、ハイ! アリア・ミルキュレア・ピスターシェ、9歳ですっ!」


 どうしての名前が採用されちゃってるんだろうか。


「亞里、亞……?」


 おや、今なんか発音が? それに鬼ぃ様が信じられない物を見る目から、苦虫を噛み潰したような渋面にっ。ああ、美人過ぎると顰めっ面も麗しいんですね、分かります! アリアさんは、将来有望なショタの魅力もわかる人なので、少年の良さについても一晩語れます。


「ミルクレープ・ピスタチオ間違いない……不味いな。元々リアルな夢だったが、僕はいつの間に眠っていたんだ……。とうとう現実世界が舞台になった夢にまで浸食してくるとは……。」


 うわぁ、ミルクレピスタチオって。懐かしいな、よく弟の悠くんこと悠辰ユージンがヒロインちゃんのことそう呼んでたっけ。蜂蜜色の髪に緑の目がケーキにしか見えないって。


 しかし、前世では両親とも日本人で帰国子女って訳でもないのにアリアとユージンじゃ、キラキラネームと言うより。日米両対応な、二世とか三世とかの子向けの名前だよね。うちの親は海外に進出する予定でもあったのかと甚だ疑問だよ。まあ、そのおかげか偶然の同名なのかはわからないけど、いま花子ミルキュレアとか、渋甘い名前にならずに、世界観にも合ってるんだけどね。


 さて、これまでの話で薄々、というか内心でまで隠す気ないからバレバレだろうけど私は転生者という奴だ。しかも、大好きでやり込んでたゲームへの異世界転生。乙女ゲームでヒロインに転生なんて勝ち組確定って思うでしょ? 普通の美少女に生まれ変わったと思ってた頃、私も最初はそう思ったんだよ。気付いてからも、これがホワイトリリーじゃなく、他のゲームならと何度思った事か。


 それ人生イージーモードが大間違いだと気づいたのは、物心が付く5歳位のこと。前世の記憶があった私は、初めて攻略キャラと遭遇するタイプの、幼少期イベントに逢い、その時、自分がホワイトリリーのヒロインとして転生したんだと気づいてしまった。


 過去未来ともに、絶望しかなかった。赤ん坊の時に取り違えられた挙句、山に捨てられた所を山賊に拾われたり。山賊を襲った魔物に餌として持ち帰られて、たまたま通り掛かったハンターに救われたり、と常にピンチから九死に一生を得るような赤ん坊から幼児期生活を過ごした。


 それは全て、学園に入学してから伏線を回収するためのもの。先程名乗ったミルキュレア・ピスターシェという名字も本当はまだ知らない、前世知識によるもの。唯一の手掛かりであるペンダントにピスターシェ家の紋章があるんだけど。確か14歳位に仕掛けが解けて判明する予定だ。


 私の身元が判明するのはまだ四年も先。それ迄私は浮浪児したり、誰かに拾われたりしてさすらい続ける天涯孤独の少女時代を過ごす事になる。乙女ゲームのヒロインとしてしょっぱ過ぎない? テンプレの優しくて病弱な母親すら私には存在しない。シンデレラの不遇時代さえ、私から見ると歯ぎしりする程羨ましい環境だ。魔物にも盗賊にも襲われず安心して眠れる屋根のある自分の家に、意地悪でも見知った義理の家族が離れずいつまでも一緒に居てくれ続けるのだ。拾ってくれたり縁あった人全てに見放され、誰もが傍から離れていく、決して共にいてくれない私とは大違いだ。


 それもこれも、多岐に渡り過ぎたシナリオの辻褄合わせのためだというのだから遣る瀬無や せない。


 本当は今口にするのは不味い(よりにもよって相手は頭の回転が超早い鬼ぃ様だ)攻略対象との突然の遭遇に、驚いた勢いで名乗ってしまったんだけど。何故かシナリオ通りの反応をしないアルフレッド鬼ぃ様……。


「そうか、これはまたタチの悪い夢だな。しかも身体が自由に動く。ならば、やる事は一つだな……。」


 というか、先程から鬼ぃ様の独り言が地味に怖いんだけど。初対面の第一声って、「ねえ、君大丈夫。どうして泣いてるの?」とか優しい感じじゃなかったっけ。

 確か、豪華客船で出会った二人が、海賊に捕まるって話だった筈だけど……。


「ねえ、君。」


 そうそうちょうど、こんな風に…。


「僕にこの先起こる悲劇を知ってるな?」




 ────To be Continued


 おおぅ、……何故に?

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