8撃 御落胤から海賊まで~怒涛の展開過ぎて置き去りです

 1.


「我が娘、我が息子よっ! 僕も君達に会えて嬉しいよ。さ、涙を拭ってこの再開を喜ぼう!」


「馬っ鹿もぉーん!! だから、アレは儂の娘だと言うとろうが!」


 エルごと僕らに抱きつこうとしたアルベルトは、再び御館様に吹っ飛ばされて腫れてなかった反対の頬もパンパンに膨らせている。


「娘……、そうだわ。エルもアルと一緒にザハトルテアに行くっ! パパ会いたかったっ。」


 アルベルトに抱き着くエルを見て、崩折れる御館様。


「な、何とっ。エヴァンジェリン……。」


 また頭の痛い事を言い出したよ、このお嬢様は。あんまり御館様を泣かせるなよ。前に自分でもこの家の唯一の跡取りが、とか言ってた癖に血迷いすぎだ。




 母との別れから10年。彼女との婚姻を熱望し続けたアルベルトは、帝国サイドの説得を終えていたそうだ。母が見つかれば即結婚、と皇帝に無理矢理呑ませ。引く手数多の婚約者候補をけんもほろろに退けていたらしい。

 幸いと言うべきか、彼には皇位を争う政敵きょうだいも多い。消息不明の女を娶りたいと願うアルベルトの我儘には、賛成者も多かったそうだ。敵対する勢力側には、さぞ彼を追い落とす為の願ってもない材料となった事だろう。利権にしか興味のない連中が真実の愛がどうとか称賛したのは笑えたとアルベルトは皮肉げに言ってたが。当事者としては、笑ってる場合ではないと思えるんだが。


 そんな中、まもなく10になる。父からの特徴をありありと引き継いだ僕を連れた母を娶るのだというアルベルト。厄ネタが眠ってる予感は大当たりだ。流石に40点は甘過ぎた。こんな男は5点で十分だ、5点。十年越しの花嫁になった母をその足で鬼籍に入れたくはない。この男は母を本国に連れ帰って、守りきる自信があるのだろうか。


 頭痛の種をジッと見つめる。両頬を真っ赤に腫らせてなお整った容姿のアルベルトが、嬉しそうに見返してくる。


「アルフォリウスは、クラリッサに似て美人さんだなぁ。これは将来女泣かせになるぞ。」


 女泣かせる前に、亡き者にならないかを心配しているのだが。


「フフッ、アルはとっても賢くて冷静なのよ。知的なところは貴方似ね、アルベルト様。」


 寄り添う母が嬉しそうに返す。母には不安はないのだろうか。脳天気に笑い合う二人を見て、僕には不安しかない。母の贔屓目で知的でクールなアルベルトは、母に逃げられたという前科持ちだ。隙のない男ではないのかもしれない。先程からの様子から見ると、御館様や母から漂うものと類似した「両家の子息特有のお人好し」の臭いがするのは気のせいだと思いたい。








 2.


「どんぶらこー、どんぶらこー。海は青いし大きいよー。」


 豪華客船の上からこんにちは。アルベルトの「本国の家族にも君達を紹介したい。」と強引な勧誘を断れきれなかった僕です。現実逃避がてら海の広さと碧さに無心になろうと試みるも、心配事が重すぎてちっとも心が晴れません。


 紹介すると言いながら、そのまま母と僕とをお持ち帰りする気満々のアルベルト。断る等とは考えもしないのだろう。何せ彼にとっても母との再会と結婚は十年越しの悲願だ。会ったら即嫁にすることしか考えてなかっただろう事は見ていて分かる、理解わかってしまう。


 周囲も流石にここまで探した母を厄介払いする程険悪な情勢であるとは思いたくない。そうアルベルトが喧伝して廻っただろうから、皆承知の上だし受け入れられるかもしれない。


 問題は僕だ。アルベルト曰く皇家に代々受け継がれるという紺碧を濃く受け継いだ、ラピスラズリの様な紺碧とも紫紺とも呼べる瞳。母似でありながらも、アルベルトの特徴を顕著に受け継いだ容貌。客観的に見て、僕の出自を疑う者は稀だろう。何せ当のアルベルトが認知すると言ってはばからないのだ。たとえ外野がなにを言おうと、母と僕は彼の妻子としてザハトルテア皇国の末席に加える腹積もりなのだろう。


 明るい家族計画に頭がハッピーカラーになっている両親を見て眉間の皺を揉む。あまり顔を顰めていると、リオン殿下の様な薄幸面になってしまう。


 こんなに頭を悩ませているのは、アルベルトがやってきたその晩、またあの夢を見たせいかもしれない。唾棄すべき事だが。自分がゲームの攻略キャラになっていたのだ。攻略対象は10人を超えていたから、ヒロインという生き物はどれだけ節操がないのかと呆れもする。



『戦時国家の悲劇の皇太子』


 隠しキャラとして追加発表された僕の煽り文がコレだ。チョロいチュートリアルこと、チョロチューのエルが返り咲いた二人目の王子様キャラ。リオンルート同様の楽々クリアが期待されたが、エルの兄貴分として攻略対象御自ら口撃戦パートにサポートという名の正確無比かつ極悪な横槍を入れた反則級の強さは数多の屍を築いた。アングラでは鬼畜チート鬼ぃ様と呼ばれていた、様な気がする。


 単純で真面目なリオン殿下とクールで鬼畜なアルフレッド皇子(アルフレッドと呼び方がザハトルテア風なのが、我が夢ながら芸が細かい)と比較されていた。


 最たる差は、同じライバルヒロイン(エル)が相手にも関わらず、天と地ほども難易度が違う点が挙げられるだろう。しかし、戦時国家で悲劇だなんて、何と不穏なキャッチコピーだろうか。ゲーム内での母の安否が危ぶまれる。飛び起きた時には、異様に喉が引き攣れて。身体中が冷や汗で固まっていたくらいだった。続き物で悪夢など碌なものじゃ無いな。


 ところで、昨今のザハトルテアは戦時下にもなければ、内紛も起こってない。これから戦争が起こるという事なのか。只の夢と笑い飛ばすには、これからザハトルテアに向かう身としてはとても平静ではいられない。何せ争いの火種としての自覚はある。しかしだ、たかが数いる皇子の一人に妻子が増えたからと、周辺国との情勢まで影響があるとは思えないのだが……。

 或いはその危険性を危惧する僕の心配が夢となって現れたのかもしれない。断じて予知夢なんかじゃない事を祈るしかない。


 海原に再度溜息を落とした。出来たてのカップル特有の甘い空気でイチャつく両親を見てまた溜息。最早考え過ぎである事を祈るしかない。肩を落として再度海を見ようとした───そんな時だった。


『ギャギャギャリ』


 船底から座礁したかのような鈍い悲鳴が上がる。乗組員が船室に乗客を誘導しようと慌ただしく走り回るその向こう側に、船に飛び込む影が見えた。



「野郎は皆殺しだ! 女子供は売れそうなのを優先して確保しろよ!」


「応!!」


 なんだかなぁ、これ以上の悩みはお腹いっぱいだ。苛立ちを隠そうともしない半眼を細め、日に焼けた荒くれ共をどう料理してくれようかと睨み付ける。


 ん?この光景もどこかで見た気がする様な。


 視界の隅を掠める、鮮やかな髪色の少女と目が合い、思わず息が止まるかと思った。


「や。闇堕ちして無いアルフレッドお兄様だぁ……。過去スチル回収イベント、キターー!」


 口撃の魔女ヒロインが何故ここに?

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