7撃 情報戦は上手が敵だと詰みゲーの様だ

 1.


「アル。ぐすっ、アルゥ……。嘘でしょう? 外国に行ってしまうだなんて、嘘だと言って! リッサ母さまの旦那さんが迎えに来たのは、とってもとってもおめでたいけど…。アルは残ろう? 家に残ろうよぉっ。」


 ワッと泣き伏せ、僕の胸に顔を埋めてオイオイと大音量の嗚咽を上げるエル。彼女が大泣きしていると、宥めたり、淑女らしくしろと窘めたりするのが常だが、理由が僕と母とあってはそれも難しい。


 困った様に御館様を見やる。感動屋の御館様は、先程から目を真っ赤にして「がったのぅ、クラリッサ、坊。ほんに良かった……。」と二人の門出を祝って、渡してはならぬ家宝を土産に持たそうとしては奥様と、家令のステュアートさんに止められている。


 そうそう、人手の十二分にあるべリフレンシア家で乳母の手が足りないなんて不思議だと思っていたら。子供の頃から目をかけてた母さんが家を追い出されたと知った御館様が温情で拾ってくれたそうだ。

 アルベルトは、父親替わりの御館様から、重い一撃愛のムチを顔面に貰い、顔の左半分を大きく膨らせている。母さんの実家にも連絡が行き、アルベルトと母さんが頭を下げ、涙の抱擁で勘当を解かれるという一幕を経て。誰も彼もが幸せそうな笑顔の中、エル一人が大泣きしている。


 結局僕は、父親と名乗るアルベルトと言う男と母さんの仲を認めた。認めたくなくても、苦労続きだった母のあんなに幸せそうな顔を見てしまえば、受け入れるしかないじゃないか。


「フフン、全ては僕のお陰だなアルフォリウス。感謝してくれて構わないんだぞ?」


 そう言って、リオン殿下が此方をチラチラ見てくるのが大変うっとおしい。先日婚約者謹製のクッキー、という名の暗黒の焦げダークマターの苦さに泡を吹いて泣かされた影も無くぴんしゃんしている。


 普段から喧しい殿下だが、実は先程からずっと近くにいた。そもそもアルベルトをべリフレンシア公爵邸に連れてきた立役者が彼なのだ。普段やたら喧しいのが珍しく大人しくしていたが、殿下なりに気を使っていたのだろう。本当に珍しいことに。


「我が伝説がまた1ページ……」と言ってたから、彼の自叙伝改め伝記(になる予定の日記)に今日という日は刻まれたのだろう。








 2.


 十年前アルベルトが思いの通じ合った母さんに明かせなかった彼の身分。彼はマコロニュアの友好国ザハトルテア皇国の皇太子だった。


 留学のためマコロニュアに渡来したアルベルトは偶然出会った母さんに一目惚れし、在学中に親交を深めていたそうだ。アルベルトの父が皇帝に就いたばかりの当時、国内情勢も荒れており、身を守るための留学中の事だった。皇太子とは言え国内に政敵も多く、自身の命を狙う者も多かったため、見つかれば即人質にされてしまいそうな恋人に身分を告げる事も出来ず、時期を見ている内に母さんは姿を消してしまったらしい。


 政敵からの刺客である可能性を示唆する家臣の声を振り切り、逆に消された可能性もあると方々手を尽くしても、銀髪紫眼という極珍しいカラーリングで、目立つ容姿の母さんは見つけられなかったという。


 その頃母さんは、実家を勘当された後秘密裏に御館様に保護されていたため。元が深窓の令嬢な事も手伝って、足掛かりは全く見つからなかったそうだ。

 実家から身を隠すようべリフレンシア家に匿われた母は、ステュアートさん以下隠密に長けた匠達の厳しい情報統制に守られていたそうだから。彼が母を見つけられなかったのも当然といえば当然だろう。


 現に、勢いで勘当してしまった母の実家も、母の行方を追っていたそうだが姿を眩ませた母さんの足取りは家を出てすぐに途絶えていたらしい。余りにも綺麗に痕跡が無くなっていたため、母子共に死ぬか拐かされるかしたのだろうと、母の実家では悲嘆に暮れていたらしい。


 そのため母の生家には、母と僕の墓があるというのだから驚いた。当時情報操作を行っていた家令のステュアートさんの仕事は相変わらず抜かりがない。この度連絡が来て母と再会した、号泣する祖父や祖母一家からさり気なく目を逸らしていた敏腕家令の姿は目に新しい。


 僕の成長に伴い、情報の秘匿も多少緩和されたとはいえ。外国の皇太子であるアルベルトが母さんのことを知るに至った原因はリオン殿下との会談だったそうだ。


 婚約者の似姿を自慢するリオン殿下を微笑ましく思い、談笑するアルベルト。懐かしのマコロニュア、母との思い出をほろ苦く懐かしむその目に入ってきたのは。立派な額縁の中で笑う可愛い銀髪の双子と、二人を抱きしめ微笑む、思い出よりも若干大人びた愛しい彼女の姿。口数の多い殿下が黙る勢いで問い詰めたそうだ。


 リオン殿下の軽やかなる口に戸は立てられなかったという事だろう。母を取られるのは悔しいが、彼女とその周囲の人々がこの再開で笑顔になれるのならば、良かったと言うより他無い。


 涙で煌めきながら、煽れんばかりの笑顔が溢れる親類縁者の顔を見て。僕は何度も頷き、胸元で号泣する妹分の頭を撫でるのだった。

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