6撃 親の恋バナなんて聞いててむず痒い
1.
突然の自慢だが、僕の母は美しい人だ。身内贔屓なしに外見も若く。良家の子女特有のおっとりした雰囲気と少女めいた華奢な体躯を持つ生粋のお嬢様だ。邪気のない笑顔は、とてももうすぐ10になる子供がいるようには見えないとよく言われる。
やんちゃ過ぎるエルをたしなめる為、時には2児(産んだのは1児だが)の母の貫禄を見せるが。基本はニコニコいつも笑っている人だ。そう、常に傍にいる息子の僕でさえ陰のない女性だと感じる。御館様に寄せられる、コブ付きなのを承知した上で是非嫁にと望む声も、後を絶たないと聞く。
そんな母の息子である、僕の父親について。これまで一度も母に聞いたことは無かった。昔も今も僕には父親がいない。使用人から漏れ聞いた話では、どこの誰が父親か、母は決して誰にも明かさなかったらしい。
15歳で何処の誰の子とも知れぬ僕を身篭った母は、実家を勘当された所を、丁度乳母を探していた遠縁の御館様に拾われたのだという。
若き日の一時の過ちですら無かったのかも知れない。母にとって、不幸な事故────それが僕だったのだろうと、物心付く前から覚悟せざるを得なかった。
そんな僕に母はいつも、愛しくてたまらないという表情で優しく接する。
「可愛いアルフォリウス、私の宝物。貴方は祝福されて産まれてきたのよ。愛してるわ。」
残酷な現実そのものである僕に、母はどこまでも優しい。僕さえいなければ、母は苦労知らずのご令嬢のまま嫁ぎ、周囲からも望まれた幸福を当然の様に享受していたことだろうに。
苦労一つ知らぬ顔の母だが、辛い事など無い筈がないのだ。その大半の原因が、自分と顔も知れぬ父親である男。僕は一刻も早く一人立ちして、母に恩返しをしたいと常々思っていた。
母さんがそんな人だから、何があっても一生かけてでも幸せにすると決めている。当然、僕の眼鏡に適わぬ男になんて、絶対にくれてやらない。そう、これは既に決定事項だ。
2.
さて、どうして突然こんな話をしているかと言うと。
「クラリッサ!」
「アルベルト様!」
若き男女が瞳を涙で潤ませて、抱擁する感動的シーン。どこからどう見ての相思相愛のそれを無理矢理間に入って引き裂く。誰やねんお前。
「母さんから離れろ!」
「母!? な、何だって。この目、顔立ち。クラリッサ……もしかしてこの子はあの時に……?」
あの時が何だって、この野郎。僕の母さんになにしてくれちゃったのか、詳しく聞かせてもらおうかー、いや、やっぱり聞きたくない。
「ええ、ええ。アルベルト様……。あの日私が貴方の元を去ったのはこの子を授かったと分かったからです。たとえ貴方と添い遂げる事が出来ずとも、貴方との思い出を胸に、この子さえいてくれれば生涯を幸せに生きてゆけると……。黙って姿を消して申し訳ありません。」
待って母さん、子供と思い出で生涯って。どれだけこの男に惚れちゃってたんだよ。うわぁ、母親のこういう生々しい話って、結構キツいんだなぁ……。
「君のような魅力的な女性がずっと待っていてくれただなんて……。ああ、夢のようだよクラリッサ! 当時、身分を明かす事の出来なかった僕のことなど忘れて、とうに誰かと結婚していてもおかしくないと、半ば諦めていたんだ。」
「そんな事っ。……貴方以外の方となど、考えることも出来ません。」
浮いた噂も僕の一つしかない母だったが、この男に操立てしていたのか……。動揺して目に入って無かった男の姿を
お忍びの貴族といった風情のやたら素材の良い控えめな色合いのコートとジャケット。カフスやタイに至るまで、一見で分からぬよう控え目でいて。超高級品の風格を感じさせる素晴らしい出来の意匠ばかりだ。どれもシンプルで品の良い仕上がりになっている。靴もフルオーダーであろう仔羊の皮で仕立てられた履き心地の良さそうな一点物。うん、どう考えてもいわく付きの貴族のお坊ちゃんだな。これだけ経済的にも余裕があり、この見てくれだ。話の流れからも、身分を明かせぬ、やんごとなき紳士に違いない。
「……母さん、とっても言いづらいんだけど、多分この人、奥さんの五、六人はいるんじゃないかなぁ。もちろん、母さんの恋する気持ちは応援してあげたいところだけど。苦労して女手一つで育ててくれた母さんが日陰者になるのは、息子として見てられないよ。もう数年待ってくれれば、きっと僕が母さんを養って行くからさ。残念だけど、この人には帰ってもらおう?」
息子の辛口採点の結果、ードゥルルルルルル(ドラムロール)ジャン! 40点。一般的には超優良物件であるという加点分を差し引いても、曰く付きの曰くが怖すぎます。よって不合格! 帰れ帰れ。シッシッと内心で砂をかけつつ、失礼のない程度にお帰り下さいと出口への退出を促す。
「待って、待ってくれ我が息子よ!! 僕は独身だし、これまで愛した人もクラリッサ一人だ。子供も誓って君一人だ、信じて欲しい。」
我が息子呼びに激しい抵抗を覚える。御館様に「家の
しかし、母さん一筋って本当かなぁ?彼の身なりから想像する身分的に、それだと不味いだろうに。実は我儘通してるのか、この男は。母さんと同じように母さん一途で、ずっと彼女を探してたんだと必死に言い募る男の言葉。僕は胡乱げな視線を送り返す。
「君の、君の名前を教えて欲しい……。」
「アルフォリウスと、貴方の名を文字って私が名付けました。」
「アルフォリウス……、素晴らしい名だよ、クラリッサ!」
男が僕に名を尋ね、照れ臭そうに母が答える。自分に似た名に男が喜び、再び抱き合う二人。飛び交う桃色オーラが心地悪い。誰かこの空気を何とかしてくれ。
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