5撃 《閑話》お嬢様のくっきぃ

 1.


「これは一体何の刑罰なのでしょうか。」


 人を呪わば穴二つという言葉ある。誰かが言っていた気がするのだが何処で聞いたものか思い出せない。近頃こんな事が多いな。お嬢様に言わせると、僕が耳慣れない蘊蓄うんちくを垂れるのは、かなり前からの事で、今更気づいたのかと驚かれた。面白がってるのは気付いてたが、「次はいつ?」と、心待ちにしていたのには呆れた。


 いつか本で見た知識だと思い、全く気にしてなかったのに、これが「何処にも存在しない知識」なら、僕らがそれを口にするのは非常に不味い。特にお嬢様が喜んで口にするのが特に危険だ。御館様に見咎められる前に矯正して差し上げないと。


「ねぇ、急に遠くを見て、悟ったような顔をしてどうしたの? あと、火を使うからメイドがいるのは仕方ないにしても、口調馬鹿丁寧にし過ぎじゃない? いんぎんぶれぇ、ていうの? 背筋モゾモゾして落ち着かないわ…。」


「なりません!」


「ギャッ?! 急になになに?」


 悟りは、この世界に存在しない観念……の筈だ。僕は、お嬢様の見た目だけは華奢な双肩を両手で掴む。


 既存の言葉がどれかという疑問は、いい加減自分でも境界が分からなくなる。だが、それ以上に────


「お嬢様、悲鳴が美しくありません。やり直しましょう。今から私が貴女の両肩を激しく揺さぶります。お嬢様は公爵令嬢らしく悲鳴を上げ直してください。」


「やり直す意味がサッパリ分からないよ!? そもそも何で掴みかかられてたのよぅ……。」


「サッパリもいけませんね。良いから居住まいを正して、小鳥が囀るかのように、か細く、淑やかに鳴いてください。」


「イヤァアア! どうしてぇ……。」


 サッパリの何が悪いのかと啜り泣く振りをするお嬢様、嘘泣きがお上手になって。


「なかなか良いですが、最初の悲鳴の所、元気が良すぎますね。骨の二・三本抜いたつもりで元気を無くしてください。さんはい!」


「またアルが無茶言う。」







 2.


「激しく脱線しましたが、コレは何のつもりでしょうか?」


 砕いた木の実に粉を振りかけて、そのまま焦げにしたような物体が皿に乗っている。


「クッキーよ。」


「思い上がりも大概にしておきましょうか! 自信満々に寝言を垂れ流してますが。クッキーになるには纏まりが足りませんよね? 何かレシピでも参考にしたんですか?」


「そこは、私らしさと言うか。手作りなんだから、オリジナリティを出したくて。」


「つまり、何も見ていないと?」


「クッキーなんて粉と砂糖があれば出来るってメイドが。」


「そのメイド、クビにしませんか。お嬢様の料理下手を舐め過ぎてます。もしや、お嬢様、そのメイドに嫌われてませんか?」


「そ、そんなことないわ。昨日は一晩中付き合ってくれて。最後に免許皆伝の言葉として言ってくれたんですもの。」


 むしろ一晩奮闘した夜明けのテンションが故の暴挙だったのか。千切る焼くが基本の野生料理人気取りワイルドクッカーを野放しにしてはいけないだろう。


「……果報者のメイドも匙を投げるレベルだったとは。お嬢様、クッキーの免許皆伝がこれとは、片腹痛いです。むしろ、お嬢様はクッキー見習いにも劣ります。」


「み、見習いですって!?」


「今、ショックを受ける要素が有りましたか? この惨殺としか呼べない木の実の焼死体の方が余程ショッキングなんですが。」


「このみのしょうしたい……。」


「クッキーよりは余程似合いでしょう。」


「み、見た目はあんまりでも味は案外……。」


「そんな奇跡が起こるレベルではありません。食材への冒涜は程々になさいませ。遊んでないで、レシピどおり、分量と手順を守っていただきたい。この調子じゃ、一生かかってもクッキーに昇段できませんよ。」


「ぐぅぅう。」


「反論があるなら、まずこの無駄になった燃えカスを完食していただきましょうか? あ、先に医師を手配しておかなくてはなりせんね。」


「た、食べるわよ。これは…、美味しいおいしーぃ、くっきぃなんだから。医者なんが、いるわげないでひょ……ボリボリボリボリ」


 エルの目が危険なグルグルになっている。おー、行った行った。涙目で「おいじがっだ。」と言うくらいなら、初めから変な意地張らなければ良いのに。しかし、メイドが付きっきりで、一晩中監視しててなおこれか。先が思いやられるな。クッキー道は長く険しい……。いや、クォリティさえ気にしなければ、子供のお菓子作り入門だよな?


「全く、無駄に漢気あるんだから。さて、毒を毒とも気付かず消化し切る鋼鉄胃袋なお嬢様と違って、王子の耐性はそれなりですし。僕の胃も人並外れて頑丈な訳ではありません。王子は罰ゲームだから、良いとしてもこれじゃ味見する気にはとてもなれない。お役目を全う出来ないのは業腹ですが、味見役は辞退しましょう。」


 胃腸の限界に挑戦したくも無いので当然だ。ブーイングは受け付けない。兄貴分の面目と腹の健康を天秤に掛け、僕は至って冷静な判断を下したのだった。


 後日、不毛の燃えカス群の中から比較的粉と砂糖の白さが残った燃え残りがリオン殿下の元へと、製作者手ずからデリバリーされたそうだが「美味しさのあまり涙ぐんでたわ! やっぱりクッキー免許皆伝で良かったのよ。」と、強引なる好意的解釈をしていた王子の反応は。焦げが苦くて泣いてただけだろう事は想像に難くない。


 因みに報告がてら類似品をドヤ顔で渡された僕がイラッと来て返品したのは、決して褒められたことではないかもしれないが、世の中のために正しいと思う。切実に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る