4撃 不機嫌面の王子は踏んだり蹴ったりされる

 1.


「愚かにて罪深き殿医よ! 我が名は栄えあるマコロニュア公国第三皇子、リアン・サブレス・マコロニュア3世である。この国の唯一にて絶対なる皇子の名だ、よもや聞き覚えが無いなど寝言はほざくまい? 一度音に聞けば、生涯魂に刻むべき名だ。二度と我に問う愚行を犯すなよ。」


 煌びやかな金髪頭を振りながら、やたら大振りに指差して来る王子様。急に大きな声を上げるので、大変心臓に悪い方だと。唯一にして絶対の第三王子の言葉に、反論することも無くペコペコと頭を下げる。リアン王子には二人の兄がおり、自尊心の強い彼は年の離れた兄達と混同される事を殊更に嫌う。うっかり名を付けずに王子と呼びかけてしまっただけで、この罵り様だ。気の小さい御殿医は、この喧しい王子が苦手だった。


 享楽の都マコロニュア。この世の富と贅を集め、人とモノに溢れたマコロニュアの首都。中でもその豪華な意匠から観光客が絶えず訪れるマコロニュア宮殿で王妃の寵愛を一身に受け何不自由無く育った王子。苦労知らずだろうに、何故かこの世の苦行を抱え込んだかのように深く深く刻まれた眉間のシワがトレードマークの大人びた外見の王子様。それが私の知る第三皇子リアン殿下だ。


 殿下は御年十歳を迎える今なお、周囲の期待という名の重圧プレッシャーなど何処吹く風で、ひたすら真っ直ぐに育っている。


 本来リアン王子を診る御殿医長は、愛息子が倒れたと聞き意識を失った王妃様にかかりきりになっている。王妃様は毎回、殿下の有事には意識を飛ばすため、私が殿下の状態を拝見するのはそう珍しい事ではない。

 だが、殿下はあまり下々の者の顔を覚える気は無いようだ。毎回「お初にお目にかかります。」と初お目見えの挨拶をしないと不審者扱いされる。


 誕生パーティーで後頭部を強打したという王子様はとても元気そうだ。右頬に刻印された丸い跡が無ければ平常通りのご様子にしか見えない。


 頭を打った事もあり、名前を言えるかと念の為尋ねた所、王子は高笑いし室内なのに何故か装着しているマントを翻した。そして恐らく鏡の前で猛特訓したであろう、ここ一番の良い顔を披露してくる。愛想笑いが引き攣るのを自覚しつつも心に決める。この高貴なお方がこちらの顔色など微塵も気にしていない事は明らかなので、早くやることを済ませてしまおう。


「ふむ、第三皇子が唯一とは何故か?余の絶対性を知らぬとは、呆れる程に耳が遅い。いやむしろ目を閉ざし世界の真理から背を向けているに等しい!」


 いえ、とうに存じております。との言葉を喉奥に飲み込む。ここで余計な事を言わず、無知なフリをして聞き流した方が早く開放されるのは経験から学んでいる。


「良いか殿医よ、そもそもの興りが……」


 ああ、始まってしまった。おべっか使いの側近候補達なら揉み手で相槌を打つのだろうが、そういった連中は他人の顔を覚えない殿下をとうに見限って、王妃様への胡麻擂りに忙しい。




【閑話休題】


 留学にいらした外つ国の姫君に一目惚れして強引に追いかけ、彼女の国に帰依した第一王子。冒険者になると城を飛び出し、そのまま音信不通になった第二王子、幼少のみぎりより、天使のような可愛らしさから、蝶よ花よと育てられそのまま姫になると公表してしまった第四王子こと現第2王女。

 ご兄妹の逸話を何があったか分かりにくく厳かに装飾された語口調で朗々と話す殿下。私にはかの方が時折吟遊詩人に見えてならない。このお歳でこれだけ語れるのなら、語り部としての才能は十分だ。使う機会は、こんな時以外にないだろうが。


 今回は第四王…第二王女に至るまで、全て悲劇の恋の話として語られていた。強引な殿下の現在のマイブームは、悲恋らしい。この国の王族の方々は破天荒過ぎる。まだ王子としてこの国に残っている殿下が大人しく見えるから不思議だ。







 2.


 豪奢な造りの両開きのドアを近衛騎士が、左右から開く。室内にはやたら豪華な衣装の吟遊詩人と、医者のような格好をした白衣の観客がいた。しまったな、公演の真っ最中だったとは…。僕はドアを閉めるよう、片手を上げて固辞したが。職務に忠実な彼らは、中に入るよう目で懇願し返してくる。


「所要を思い出したので、扉を閉めてくださいませんか?」


 室内にいる一人芝居が喧しい白マントに気付かれぬよう、最大限音量を絞った声で囁く。


「ベリフレンシア家の使いの方がお見えです!!」


 こちらの配慮を無視した大声で高らかに告げる騎士。「顔は覚えたからな。」渋々入室する通りざまに呟くとガチャガチャと鎧の鳴る音が聞こえたが自業自得だ。


「なっ、何故貴様が来る!? 謝罪は家令かメイドに本人以外の意匠を凝らした詫びの品と共に手紙で、というのが礼節ではないか!?」


「当家のお嬢様が、殿下が怪我に見舞われるという不幸な事故に居合わせたと伺っております。渦中の不在のお詫びも込め、エヴァンジェリン様付きの家令見習いとして参上仕りました。」


 最低限の礼儀として胸に片手を当てその場で膝をついて会釈する。見つかったとあってはもはや逃亡の意味もない、とっとと終わらせて帰ろう。要らないと幾ら言っても聞かないエルに、無理やり持たされたステッキを鳴らしながらお坊ちゃまに近づく。


「ヒッ、……ええい、来るな寄るな!なんだその凶器は!?怪我人を装って余の骨を砕く腹積もりか!」


 ステッキの鳴る音に肩を震わせた王子は、身を隠す様に御殿医を盾にして隠れて吠える。警戒しすぎじゃないか? 仮にも国防を担う家のお使いだぞ、僕は。


「凶器とは? まさかこのステッキでしょうか? 脚をくじいてしまったので、許可をいただいて持ち込んでおりました。殿下に置かれましては、こちらがお気に召しませんでしたか?」


「いいっ、良いからこれ以上寄るなっ!!」


「ハッ、ではこちらに。」


 その場で控え跪く。相変わらず恰幅の良い御殿医の影から顔だけ出してギャンギャン吠える坊ちゃん。「脚をくじいた……奴に限ってそんな事が有り得るのか? それとも何かの隠語……まさか我が御脚への殺害予告では!」等と大きな独り言を叫んでいる。その様子は、父親の野心を疑う彼の婚約者と瓜二つだった。やはり、血は水よりも濃いらしい。

 おーい、坊ちゃん聞こえてるぞー?そして、その人は可哀相だから放してやりなさい。

「殿下、診察は終わりましたので。お客様との歓談のお邪魔になるといけません、儂はこの辺りで……。」

身体を震わせながら、気の弱そうな声で訴えてる御殿医が哀れだ。「ならん!」じゃない殿下、帰してあげなさい。

 相変わらず考えた事をそのまま口に出す癖は矯正されていないようだ。為政者候補としては緊急の改善事項だと思うんだが。

 勉学やマナーでは優秀な成績を修め城下での評判はまずまずの殿下だが、王位争いのライバルもいないのに周囲からの人望は薄い。未だ苦言を呈する側近や指導者には恵まれていないようだ。言っても聞かない性格なのが人離れの激しい原因だと思うけど。


「意匠を凝らしたお詫びの品と仰られましたが、取り急ぎの挨拶とありこの身一つで登城しております。殿下に置かれましては手前共の心の篭もった贈り物を御所望でしょうか。さらば、改めてお見舞いに花を添えさせていただきま「ならんならんならんなん、余は何も強請っておらぬ!!」


 せめて最後まで言わせろよお坊ちゃま。余程前に贈った、心の篭もったお礼参りのプレゼントが効いたようだ。王様からまた殿下がヤンチャした時に頼むとの内容の手紙がお嬢様宛に届いた時は驚いたが。


「殿下、何故それほどまでに私を警戒されるのです? 幼少より互いに知らぬ仲でもありますまいに。よもや、私の欠席した殿下の生誕祝で私に知られては困るような後暗いことなどされた…………、など殿下ともあろう方が有り得ませんよね?」


 うちの妹分に何してくれちゃったのこのおガキ様は? と、熱い思いを込めて見上げるとあからさまに顔色が悪い。脂汗が止まらぬ様子で、小声で「余は悪くない、何もしていない……。」と呟いている。


「何かしたか、それの善し悪しが誰に責のある物か……。決めるのは各々の判断に任せるがよろしいかと。殿下は、この件を公にはしたくない。そうお考えなのではないでしょうか?」


「む、無論だっ! よ、よよ。余も……やり過ぎたと反省しておるのだ。」


 消えいるような口調で殿下が言う。ダンス中足を踏まれて「下手糞が!」と小声で舌打ちした所、聞き咎めたお嬢様にダンス中振り回された挙句、顔面へのローリングソバットを決められたのは知ってるぞ。まあ、殿下にしてみれば、文字通り踏んだり蹴ったり。だからと言ってエルへの暴言を許すかどうかは別だがな。


「祝の席の事ですから。水に流したいと仰る寛大な御心、痛み入ります。」


 そうだな、百歩譲ってダンス中の事はお互い様としても良いだろう。にこやかに返答すると、若干の警戒を残しつつも安堵の息を吐く殿下。


「ですが、細いヒールの婦女子を追いかけ回し、挙句追いつけないからと腹いせに猪と誹る言葉はいただけませんね? 御礼は改めて、必ずお嬢様御自ら贈る旨、言いつけられておりますので。」


 もうひと踏みされておきなさい。と、唇の動きで告げ立ち上がる。


「ま、待て、待ってくれアルフォリウス……」


「貴重なお時間を賜りましたこと御礼申し上げます。では、殿下。これにて失礼させていただきます。」


 サヨウナラお坊ちゃん。君にはお嬢様の手作り菓子の破壊力を味わってもらおうか。将来の予行演習にもなるしね。

 軽やかな足取りで退出すると、重々しい音を立てて扉が閉まる。扉の向こうで「悪魔」がどうとか叫ぶ声が聞こえた気がするけど、また吟遊詩人の新たな演目が繰り広げられているのだろう。


 同じ生まれ年の幼馴染だろうがなんだろうが、この先殿下に何が起ころうと僕は知らない。殿下の事だ、生きてさえいれば何とかなるさ、きっと。

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