【一章】子供の頃過ごした場所
2撃 夢-幻はどちらの生か
1.
何だこれは、身体中が熱を持ったように痛む。恐らく僅かな時間で体感した、他人として過ごす白昼夢を思い出し顔を顰める。やけに生々しい夢だ。本当に自分がかつて体感していた記憶であるかのような。
知らぬ景色、見慣れぬ道具達が当たり前のように溢れた世界を自然と受け止めていた。あの平和な国で、俺はただの学生だった。だが、その夢に、なぜ自分のよく知る彼女がゲームのキャラクターとして登場しているのか。
「まあ、夢だからと言えばそこまでか?とんでもない設定も、自然にそういうものと受け入れてしまうものだというしな。やけにリアリティが有ったが、知り合いが夢に出てくるのは何も不思議な事じゃない……。」
混乱する頭を押さえ考えるが、外野の騒音が尋常ではない。
「ちょっと。打ち身に響くから、少し声量を落としてくれないか?」
「イヤァアア、アルがっ、アルが死んじゃったぁー。わぁぁああ!!」
繊細な造りの顔を歪めて大泣きする幼女は生まれた時から見慣れた僕の妹分。誰が死んだだって? 勝手に殺すな。
「生きてる。僕はちゃんと生きてるから。……うーん、でもここにいるってことは、夢の中の俺は死んで僕として生まれた?いや、単に夢から目覚めただけだろう。目覚めた時は迷わず転生したって思ったけど ……今にして思うと、不思議なものだな。」
まあ、目覚めた時に夢と現実を混同するのはよくあることかもしれない。そう思えばあの電化製品とやらが溢れる世界の生活も面白そうだ。なかなか刺激的な夢を見たものだと一人頷く。
「びぇえええー!!」
大音量の泣き声に、ほんの少し前まで、紛うことなき現実だった世界が霧散するように遠ざかる。やれやれ、騒がしいレディもいたものだ。
「少し落ち着こう…。君は何故泣くんだい?」
「アルが死んだら、エルも死んじゃうんだからね?」
肩を震わせながら恐ろしい事を言う。止めてくれ。そんな事になったら、彼女を溺愛するお舘様に死んだ後にも殺される。
「そんな訳がないだろう。いつから僕らは一蓮托生の呪いを受けたんだい? 君がヘマしても、僕は遠くから見守っているからね。」
「……ぐすっ、アルが冷たいっ。生まれる前から一緒だもん、……本当だもんっ!」
「……やれやれ。」
べソをかきながら首を傾げるお嬢様が不憫で、頭を掻いて溜息をつく。母親と乳母である僕の母が妊娠中も一緒にいたからといって、そんな運命のような言い方をするんじゃない。……いや、溜息くらいで、そうあからさまにビク付くなよお嬢様。仕方ないな、フォローしておくか。
「一理あるな、僕らは産まれる前から共に育つことは決まっていたからね。エル、落ち着いてよく見て。僕は生きてるだろう?」
「うっ、えぐ。生きて、生ぎでるぅ…良かったよぉ。なんで死んじゃったとか意地悪言うのよぉ……。」
寝起きの戯言に本気の号泣で返す少女に、口に馴染んだ愛称で呼びかけてやれば。幾分か落ち着いたようで、恨めしげに鼻をすする。
先程から大声で泣き叫んでいる彼女はエヴァンジェリン・ケルキア・ベリフレンシア公爵令嬢。先程夢で見た学生服姿に比べ、2回りも3回りもちまっこい幼女。年上好きとしては、思わず美少女カムバック! と叫びたくなる。ルビフレンシア家に代々受け継がれる青みがかった銀髪と菫色の瞳の純粋培養のおチビさん。繊細な造りの顔貌は、将来有望と期待させてくれる俺の妹分だ。
俺……もとい僕はアルフォリウス。彼女の世話役兼乳兄弟だ。母親が傍系の出だった為カラーリングはエルと瓜二つ。違いと言えば、瞳が菫色よりラピスラズリのような群青に近い紫紺なぐらい。
事情を知らない人にはよく双子と間違えられる。愛称もエルとアルだから、大変紛らわしいそうだ。
赤ん坊の頃から、僕らは双子のように育った。立場の違いはあれど、まだまだ幼少と言い続け。未だに主従の分別は曖昧なままだ。エルはいつも僕の周りを付いて回るし。家で小間遣いの真似事を始めた僕は、他人の目が無ければ敬語の一つも使わない。二人一緒に野山を駆けずり回るのが、9歳になった僕らの日常だ。
「アル、アル。ごめんなさい。私が無理言ったのよ……。落ちてた鳥さんの雛を、巣に戻してあげてってお願いしたから。やっぱり自分で木登りすれば良かった。わぁーーーん。」
「いや、それでエルを登らせても問題あるだろう。仮にも君は当家のお嬢様なんだよ?」
「アルが優しいっ? いつもだったらさっさと登れって舌打ちするのに。頭打って別人みたい……。きっと、病気になっちゃったんだぁ。わぁああ!」
お前は生まれた時から傍にいる兄弟分を何だと思ってるんだと、思わず半眼になる。普段から猿のように木々を飛び回ってるのに今更とは思うが。今エルの身体に傷をつけるのは不味い。
戻ってきた親鳥に襲われ、飛び移った枝が腐ってなければ、今頃エルを連れて帰っていた予定だったのだけど。随分と日が高くなっている。もう昼時だろうか。
「ほら、夕方には王子の誕生日パーティだろ。窮屈でも我慢して、コルセットを着けるんだ。」
「ヤダ! アレとっても苦しいんだから。子供の柔らかい肋骨なんて、ポキポキ折れちゃうわっ。アルも着てみればきっと分かる……アレを作った人はきっと貴婦人が嫌いなの、絶対よ!」
コルセットと口にするだけで、ウエストが締まるとでも思っているのか。アレアレ言って必死に嫌がるエル。
「僕のウエストまで締める気かい? 往生際が悪いなぁ。……ああ、全身の打ち身が痛いなぁ、ああ不自由だ。可愛い妹分がお兄ちゃんと同じ窮屈さを分かち合ってくれれば、きっと気分も晴れるのに。」
「人が苦しがる顔を見て、どうして気分が良くなるのよ?」
「エルの嫌そうな顔は嫌いじゃない。ねえ、だから僕のために我慢しようよ。むしろ、落とし前をつけて過剰にウエストの細い姿を晒してもらおうか?」
「ヤダヤダ、そんなに搾ったら腰が折れちゃうわっ!」
コルセットの紐を引っ張る振りをして、悲鳴を上げるエルを追いかける。よし、このまま屋敷まで誘導出来ればミッションコンプリートだ。
一瞬意識を飛ばした間に夢まで見るとは、我ながら器用な落ち方をしたものだ。夢の中で見た霞がかった空とはまるで違う、抜ける様な青空を見上げて思う。
2.
「夢で見たエルは雑魚だったよ。」
ふと美少女に成長した彼女を思い出す。もう記憶は朧気だったが、彼女が登場したゲームについては仄かに覚えてる。
エルがいたのも印象的だったせいか何となくこんな登場人物がいたな。とか、難易度が高すぎて攻略詰まる度ムキになってた記憶がある気がする。
夢ではそういうシーンは見た記憶がないが、そういう情報が後から思い出せるのも、一瞬で数十年の人生を追える夢ならではだ。全く、随分濃い夢を見たものだ。
衣装や追加キャラ、エピソード購入のプラグインで「破産しちゃう!」と、姉だった女性が嘆いていた気がする。近頃のゲームは上手く集金する様になったと感心したものだ。
「えっ。アル、私の夢を見たの?ザコ……。ねえねえ、ザコってどんな感じかしら? 格好いい? それとも美しい?」
美しき雑魚って何だよ。嬉しそうに雑魚を語るなよお嬢様。
「残念ながら、噛ませ犬……いや、大したことのない下っ端だね。夢の中でもエルはエルだな。早く出世して立派な中ボスを目指してくれよ?」
「ぶぅう~! ザコ格好良くなーい。」
頬を膨らせてブーイングするエル。はしたないから止めなさい。膨らんだ頬を両手の平で押しつぶしておく、これで良し。
しかし、彼女の従者の僕としては、主人が下っ端というのはよろしくない。何せ小間使いとしてのランクが下がったようで、精神衛生上不愉快極まりないな。
「下っ端だなんて酷いのね。腕力ならそこらの令嬢には負けませんのに。」
「むしろ、そこは負けておいて欲しかった……。」
小さな力こぶを作って見せるエル。違う、そういうことじゃない。令嬢が拳で出世してどうするんだ。
今現在僕は麗しの乳姉妹から、ベットに磔にされている。全身打ち身に加え足首を軽く捻挫してしまった。大変だと騒ぐエルの手によって何故か全身包帯で巻かれたミイラ状態だ。決して寝たきりになる程重症ではない。
「お嬢様、そろそろ起き上がりたいんだが。」
「ダーメ、アルは私のエスコートをすっぽかすんだから。大人しく寝てて頂戴。」
そう言って眉尻を下げる乳姉妹を、しっかりやれよ、と囃し立てる。ゆっくり楽しんで来いというのに、すぐに戻ると何度も振り返るエルを馬車に詰め込んで、漸く一息吐いた。
これが僕の現実だ。エルがいて、母がいて。公爵家の方々と使用人たちがいる。屋敷の中と近くの幾らかで収まる狭い世界。家族というにはやや大所帯だが。これからも、共に死ぬまで過ごして行く筈の環境だ。波紋の広がった水面の様に、心が波立つ。毎日見続けていた当たり前の日常なのに、何処か遠くの景色を垣間見た気分になる。
「大丈夫、今違和感があるのはきっと痛みのせいだ。」
鎮痛剤を少し多めに飲んで布団を被って無理矢理目を閉じる。
またあの夢を見るだろうか?
どうしてあの世界の空は灰色なんだろう。空気が汚いって、何で汚れていたんだっけ……。随分幼い頃から、学生だったみたいだけど。僕はあの先、何年学校に行く予定だったんだろう?
とりとめの無いことを考えていると意識が沈んで行く。どうして夢を見ている時は、目に見える何もかもが当たり前になるんだろう、不思議だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます