乙女ゲームの隠しキャラは口撃力0のお嬢様をヒロインから守りたい

ni-ca

1撃 予告なきニューゲーム


『ホワイトリリーに抱かれて』は、魅力的なキャラと美麗ヴィジュアルが売りの大人のお姉様向けのゲームだ。

 BL界隈で固定ファンの多い人気絵師を採用し、乙女ゲーマーに加えBL好きの腐女子も抱き込もうとしたコンセプトを隠そうともしない。ある意味潔い乙女ゲームだ。何せBL関連の専門店と提携を組んで、専用の店舗予約特典CDを個別に用意している周到さだ。

 お腐れ様…もとい腐女子をこじらせ(自称)貴腐人へと進化した俺の姉も、事前告知のパッケージでまんまとホイホイされ即予約したらしい。一目惚れしたメイン攻略対象の声が大ファンの人気声優なのも高ポイントなんだとか。


 先程意気揚々と戦利品の開封式をしていた姉は、大人しくソファに収まっている。

 乙女ゲームにも関わらず無駄にVR対応の為、ゴーグルを装着しコントローラーを握りしめ「逝って来ますっ」と敬礼。待望のゲームをプレイする姉は戦士の顔をしていた。


 4時間後、姉は膝に抱えたタブレットを前に項垂れていた。


「あれ、初回から攻略サイト巡り?」


 眉間に皺を寄せ、タブレットを睨む姉に聞くと、彼女は低い唸り声を止めた。タブレットを見ろと手招きしている。


「ねえ、これちょっと見てほしいんだけど…。」


 渋い顔で画面を見せて来る姉。ゲーム攻略ページには、早くも寄せられた情報が表示されている。


「え、待って。何この画面、シューティングゲームみたいになってるんだけど。乙女ゲームって普通、選択分岐と精々ミニゲーム中心じゃないのか?」


 しかも、プレイ画面の画像を見るに結構難しそうだ。綺麗な女の子を攻撃的なセリフのフキダシで虐めている画像が並んでいる。オイオイ、乙女ゲームなのにプレイ中相手すんのは女なのかよ……。乙女ゲームって、画面の9割がイケメンで埋め尽くされるものだと思ってた。

 攻略対象を狙う際、邪魔になるライバルを蹴落とすスタイルらしい。負けた子が泣いてる姿が可哀想だ、なんてえげつない……。

 可哀想な少女を甚振る様子を次々と見下ろしながら、姉は困った様に溜息をつく。


「選択肢の早押し位なら少しは頑張れるのよ…。ただこう、立て続けに幾つもコマンド選んでって。何か音ゲーみたいで難しい。」


 言いながらタブレットを操作してボソボソと歯切れの悪い口調で、シューティングゲームや格闘ゲームは苦手だと呟く。


「かんたんモード、とか難易度選べなかったの?」


 成人女性向けゲームの隣で平積みになっていた姿からは信じられないが、このゲームは全年齢対象だ。ゲームが苦手な人や初心者でも気軽にプレイできるように配慮は有ると信じたいが、もしや無いのか? パッケージの表裏を確認して説明書を捲る。


「あるよー、天国から地獄まで。しかも最初だからチュートリアルでも出てくる、一番難易度低くて攻略進めやすい相手を選んだんだけど…。」


 キャラ一覧をタブレットに表示して見せて来る。攻撃する女の子を選んで、倒すとイケメン共とのイベントに進めるようになるらしい。

 うん、色々おかしい。まず選択するのは女の子の方かよ。これ乙女ゲームだったよな?何でこんなに攻撃的なんだろう。どの子もとても可愛い外見で、男の俺としてはそのまま彼女達を攻略したい位だが……。


「特にこの子は脳筋だから、難易度低くてチョロいチュートリアルだって。皆、言ってるんだけど、それでも私には難し過ぎてさ。……ね、そういえばシューティングとか結構得意だったよね?」


 脳筋な令嬢ってどうなんだ?キャラ選択の紹介文には、代々武官を排する公爵家の令嬢という簡易プロフィールが書かれており。難易度も二十段階中星一つとあって簡単な攻略対象なのは間違い無いのだろう。華奢な少女を指差した我が姉は、何かを期待する目でこちらを見てくる。VRをオフにしてテレビの大画面を見ろとコントローラーを押し付けてくる。


「嫌だよ、これ乙女ゲームだろ? 野郎に甘い言葉囁かれるとか寒気するし、落としても嬉しくない。」


 何より面倒くさい。昨日公式サイトをチラ見した時目に入った、完全攻略に推測100時間以上の文字には度肝を抜かれた。以上って何だ、以上って。明らかに拘束の多いゲームだ。

 万が一姉がハマってしまえば最後まで付き合わされるのは確実だろう。どう考えても嫌な予感しかしない。


「大丈夫大丈夫。対戦画面とか日常パートとかは殆ど女の子しか出てこないから。」


 女だらけの学園生活って、乙女ゲームとしてどうなんだ。普通の女子は女同士で固まってるものだし、普通といえば普通だが。あくまでイメージだが、乙女ゲームの主人公は大概女から嫌われて。友達もおらず、いても精々一人二人程度じゃないか? 周囲からは見くだされたり、いじめられて。その癖、やたらと美形な男共に絡まれてるのが、通常運転じゃないだろうか。

 ゲームでまで女社会のドロドロとかは勘弁して欲しい。そんなリアリティいらないと顔を顰め、コントローラーを押し返すと、尚もグイグイ押し付けてくる。


「まあまあまあ、まずはチュートリアルだけだから、ちょっとだけ! ほんのちょっとだけ……」


 強引なセールスか、下手なナンパのようなことを言いながらコントローラーを押し付けてくる姉。さっき一瞬ゲームオーバーの文字が見えたんだが。まさかチョロいと噂のチュートリアルレベルでさえ死んだのか、姉よ。


『ちょっと貴女。聞いていらっしゃるの?』


 待て、俺はやると言ってない。勝手に戦闘画面まで進めたのか、テレビから女性の声が聞こえ始めた。やられた、と渋々コントローラーを握った俺の耳にはひとしきり俺を拝む姉の感謝の言葉は入ってこなかった。


『わ、私を無視して殿下に取り入ろうなど。この女狐がっ、そうはいかないんですからねっ。』


慣れない様子でヒロインを罵倒する声は、不思議と懐かしい響きに感じられた。夢から覚めるように、見慣れた部屋。見慣れた姉の姿が意識から遠ざかる。残ったのは、間近で聞こえる涙混じりの嗚咽のみだった。


「………ア、ル……。アルゥ……。お願い、目を開けて。」


 咽び泣くその声も、鈴を転がすような涼やかな響きの可愛らしい声。ゲームをしている時には、良い声優を使ってるとしか感じなかったのに。今は他のどんな声より、耳に馴染んだよく通るその声……。

 見た目はクールな才女風なのに脳筋なんて、残念な子。愛すべきチョロいチュートリアル。約束された安定の泣き顔。唯一にして絶対の脳筋。ドジっ娘じゃないのが不思議なくらいの不憫。今は亡き使用人の威を借る仔狐。かつて様々な渾名でプレイヤー達に弄られた彼女。

 真っ直ぐで、令嬢としては大丈夫かと心配になる程愚直で不器用なこの少女を、俺は産まれる前から知っていた。その事に今更気付いた。


「どうして……、俺は死んだ、のか?」

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