第74話 エピローグ 前編 : 獣3日会わば発酵させて見よ

※ゆきやまちほーエピローグです。長くなってしまったので前後編分割になります。







「どうですか? お腹の具合は」


「正直爆発の痛みでよく分からないです……」


 とは言え、つなぎの顔色はだいぶ良くなっていた。寄生虫型セルリアンによる体内からの攻撃は、もうないのだ。


 大変な目にあいながらも無事帰還した二人のフレンズ。彼女達もつなぎの枕元にいた。


「ねぇオイナリサマ、私達水浴びしてきても良いかしら」


 死んだ目でそう言うアミメキリン。ハシブトガラスもFXで有り金全部溶かしたかのような顔をしている。


「ええ、お疲れ様でしたね……せっかく温泉が近くにあるのですそちらへ行っては?」


 忘れかけていたかもしれないが温泉はみずべちほーに来ているのだ。出張入浴サービス。現実にもお風呂に出掛けられない人用にそういうサービスがあったりする。


 アミメキリンはつなぎに付き合わされ散々な目に逢ってきた為、今回のような事でも耐性がついていてぐったりする程度で済んでいた。しかしもう片方のフレンズはそうはいかなかった。


「やたがらすさま、いいこいいこしてください」


「ハシブトガラスの自意識が崩壊寸前な件について」


「おお頑張ったな、よしよし」


「そして嫌な顔一つせずべちょべちょのハシブトガラスを撫でるヤタガラス様に全キリンが泣いたわ」


 

 守護けもの眷族に甘い説が提唱される。フレンズはみんな可愛いので甘やかしたくなるのも仕方ない。なお、少し寂しそうな顔を浮かべるアミメキリンをいいこいいこしようとつなぎが手を伸ばしているが、彼女は気が付かない。


 そしてこんなやり取りやってる場合じゃない先にお風呂に入りたいと思うアミメキリン。話は綺麗になってからでも出来る。

 温泉に行こうと歩き出した彼女に、言葉がかけられる。


「それにしても、時間ギリギリとは言え倒せたようで良かったです。上手く調整できたみたいで……」


 何の事はないオイナリサマの言葉。しかし、アミメキリンは引っ掛かる所を感じた。歩みを止め聞き返す。


「上手く調整……?」


「ええ。後から気が付いたのですが、あんまり小さすぎると寄生虫を倒すのが大変ですよね? 貴方達を小さくする大きさは融通が効くので、あまりにも寄生虫より小さい大きさだったらいったん戻ってきてもらって少し大きくサイズを直せば、倒すのが楽になるので」


 つまり、寄生虫より大きいサイズにしてもらえれば、ばったばったと薙ぎ倒すアミメ無双(cero C 15歳以上対象)を繰り広げられたのかもしれないのである。


「え? ぼろぼろのどろどろになったわたしのどりょくは……?」


 ハシブトガラスも今の話を低下したIQを振り絞って聞いていたらしい。


「大変だったな、よしよし」


 変わらず撫で続けるヤタガラス。ハシブトガラス、ここでIQを取り戻す。


「もっと早く気が付いてくれればあんな目に逢わずにすんだのにーー!! 嫌いだ!! アミメキリンもオイナリサマもヤタガラス様も、皆嫌いだーーーー!!!!」


「ま、待て! ほらお前の好きな背中からぎゅ~って抱き締めるやつやってやるから!」


「そういうプライベートなことは黙っててくださいぃぃぃ……!! うわあぁぁん……!!」


 窓から飛び立ちどっかへと消えていってしまった。


 カレーの匂いを纏いながら空を飛ぶハシブトガラス。

 カレーの鳥、量の1号(博士)、味の2号(助手)に続いて香りの3号が誕生した瞬間であった。




 そんなこんなでヤタガラスもハシブトガラスを探すと言って出ていってしまったのである。

 元暴走ボスも部屋の隅にいたが刑期を偽装したのだバレて案の定連れ戻されていた。何度でも脱走してやると言っていたけれども。


「オイナリサマとヤタガラス様には本当に助けられたわ……」


 温泉への道を歩きながら二人への感謝を呟くアミメキリン。元暴走ボスにも感謝しているが、奴は悪いこともしているので正面きって誉めるのは憚られた。


 ゆきやまで起きた様々な事件の数々、到底自分だけでは解決出来なかったであろう。

 あんまりにも反則な敵が多かったので、自分の無力さよりもベストタイミングでベストなフレンズに助けられた事への、幸運と感謝の気持ちが先に来る。思えば、助けられてばかりのフレンズ生である。


「……それにしても、あのいきなり現れた謎のヒト」


 唐突に現れつなぎを拐った誘拐犯。セルシップから始まる一連の騒動を引き起こした元凶。


「逃げたって、つなぎは言っていたわ。なら、いつかまた再び襲ってくるはず……」


 あの時は分からなかったが、体の中で記憶を覗いた今なら分かる。


────────────────────


「くれぐれも気をつけてね? ここにはフレンズだけじゃなくて、普通の猛獣もいるんだから」


「動物のことなら誰よりも知っているさ。そのことはお前も知ってるだろ?」


「分かってるけど、心配で……」


「親父さんの船を無断で借りることになったのは、悪いと思ってるよ。でも、どうしてもジャンジャンを死なせたく無かったんだ」


────────────────────


「彼女の正体……本当にヒトなら、それはつなぎをこの島まで船で送ってきた人物、じゃないかしら」


 今のところ、キョウシュウにヒトが上陸したという話を聞かない。

 しかし、つなぎの記憶を除き見たとき、ヒトだった頃のつなぎ以外にもう一人会話している人物が居た。

 キョウシュウにはヒトはおろか他のエリアのフレンズも滅多に来ない。アミメキリンが見て聞いてきた情報の中で、その元つなぎと会話していた人物だけが行方不明なのだ。


「拐う時に使った触手はセルリアンっぽかったわね。ヒトがヒトのままセルリアンに……そんな事があるのかしら」


 ……ありそうな気もするが結局ヒントが少なすぎて真相は闇の中である。ただ、再び出会うだろうという予感はしていた。


「……とと、着いたわね」


 思考に嵌まるあまり目的地を通りすぎそうになり慌てて戻る。砂浜に鎮座する移動式温泉。


 体を洗うために来たが、気がつけば到着だけでくたくたである。激務で激闘だったので仕方ないことであろう。温泉に入れば汚れだけでなく疲れも取れる筈、一石二鳥だ。


「とはいえここを登るのはしんどいわね……」


 移動パーツ部分から上の温泉まで壁をよじ登る必要があるが、体力を消耗した今はちょっと辛い。


「一休みして、体力が少し戻ってから登ろうかしら」


 座って壁にもたれ掛かり、休憩するアミメキリン。


 少し寒いみずべちほー、ここは建物の影になっていて少し肌寒い。しかし、疲れた体は休息を求め眠りへと誘おうとする。


「温泉に入ったら、一晩寝て、つなぎの……回復具合を……確か……め……て……」


 もう少し暖かさが欲しい、そうだ着替え用に持ってきたペンギンの雛毛皮がある、ちょっと羽織ろう。そしてあと5分、いや10分だけ休んでから温泉に入るのだ────





温泉内


「「「お母さん、元気になって良かったー!!」」」


「ふふ、心配かけましたね」


 露天風呂に浸かっているのは、シロナガスクジラを始めとした海のフレンズ一行であった。


 行方不明になっていたシロナガスクジラだが、謎のヒトに不意討ちを受け、負傷した体を離れた海で治していたのだという。汚染された海が浄化され始めた為、戻ってきたのだ。


 マルカ達イルカ三姉妹もサンドスター・ロウの影響が抜け元に戻っていた。いやロウに侵されて変化なしだったので戻っていないかもしれないが。


 そしてもう一人。


「別に私がシロナガスクジラの事をお母さんって言ってたのは間違っただけだし…… そういう風に思った事は一度も無いし…… 戻って来てくれたことは嬉しいけど心配なんかあまりしてなかったし……」


 すみっこでいじけているのはイッカクである。彼女はロウの影響が大きかった為醜態をさらしてしまったと思い、まだショックを受けていた。


「まーまー気にしないで! イッカクが背伸びしたいお年頃なのはわかってるよ!!」


 そして切れ味鋭い言葉を投げ掛けるマルカ。遠慮がない。


「そうですわ、こうして無事に戻ったから良いではないですか、よいしょ」

「そうだよ、一緒に温泉入ろうよ! よいしょ」

「ほらお母さんも待ってるよ! 角度が厳しいな~、ここかな? よいしょ!」


「人のおでこに手拭いを積み上げて遊ぶなあぁぁぁぁ!!!」


「「「イッカクが怒った~!!」」」


 立ち上がって怒るイッカクと蜘蛛の子を散らす様に逃げる三姉妹。そのまま温泉にダイブし泳ぎ始める。


「こらぁ! 逃げるなぁ!」


 シロナガスクジラの側による三姉妹、それを睨むイッカク。


「ふふ、そんな所でお湯にも浸からずいたら風邪をひいてしまいます。イッカクもこっちに来なさいな?」


「う……」


「ほら、遠慮せず」


「……か、風邪をひかない為だからな!!!」


 素直になれないながらもダイブしてシロナガスクジラの側に寄るイッカク。そのツンデレ具合に微笑みながらも、空気を読んで少し離れる三姉妹。


「……お母さん」


 小さく呟いたその言葉、シロナガスクジラは気が付いていたが聞こえないふりをした。


「ほら、一緒に泳ぎましょう? 暖かい水で泳ぐのも気持ちいいですよ?」


「……はい!」


 少しの間離ればなれになっていた寂しさを埋めるかの様に、ぐるぐると皆で泳ぐフレンズ達。海洋フレンズならではの温泉の楽しみ方が、そこにはあった。





「──────いや泳ぐなよよよ!!!」


 そして一緒に入っていたカピバラは怒った。普通に温泉マナー違反だった。







「露天風呂は賑やかねぇ、楽しそう」


 ギンギツネは遠くから微かに聞こえる声に耳をすませる。カピバラが温泉の楽しみ方をレクチャーしているようだ。


「ねぇギンギツネ、僕たちみずべちほーにお引っ越し?」


 隣にいるキタキツネは不安そうな声をあげる。怒濤の勢いでみずべちほーに来たが、本来ゆきやまが縄張りである彼女達にとって、元の地方に戻れるかはわりと死活問題である。


「大丈夫みたいよ? 温泉の地下に隠されていた施設、もう見た?」


「うん……なんか色々ゴツい機械があったね」


「あそこ、海を綺麗にするための装置が集まってるらしいわ。石油分解菌のミクロフレンズを増やして海に流して浄化して、それが終わったらラッキービーストがゆきやまに戻してくれるんですって。半分くらい言葉の意味が不明だけれど、とにかくゆきやまには帰れるみたい」


「良かった。みずべちほーだとお客さんたくさんで疲れる。ボクあまりフレンズが来ないゆきやまの方が良い」


「あなたねぇ……」


 やれやれと首を振るギンギツネ。


 その時、キタキツネの耳がぴくりと動いた。


「────何か来る」


「え?」


 ちょうど玄関近くにいた二人。慌てて表に飛び出す。


「いったい何が……」


 温泉の出入口はこの建物の一番上、来るとしたら下から登ってくるはずだ。


「……来たっ!?」


 崖下から伸びて崖縁を掴んだ手、それは真っ白い毛のようなものに覆われていた。


 そのままよじ登ってくるソレは、全身真っ白のフワフワで包まれている。目や口、耳が見当たらない。


「な、何かしら……あれ」


「うっ……この臭い、まさかあれは……」


「キタキツネ、心当たりがあるの?」


 埃っぽいような、古くさいような、そんな臭い。


「前、温泉に置いてあったアニメで見たよ。あれは、すごく汚くて何故かお風呂に入りに来る神様……カビり神だよ!!」


「な、なにそれ!?」


「でもね、カビり神は仮の姿。本当は沢山のゴミを捨てられて汚れてしまった名のある山の主だったんだよ!!」


 そしてその後謎のお団子を貰うらしい。


「うあぁぁぁぁ……」


「ほら、右手を差し出してる! お代、お代貰って!!」


「ええ!? ほ、本気!?」


「はやく!!」


 観念したように両手を差し出すギンギツネ。



 もふっ←毛カビで覆われたジャパリまんの音


「ひいぃぃぃぃ!!」


「ほら! 入浴料頂いたんだから温泉に案内して!」


「こ、こっちですぅぅぅ!!」


 泣きそうになりながら白い毛カビで覆われたカビり神を温泉に案内するギンギツネ。


「な、なんでこんなことにぃぃ……!」


 悲しみの言葉を吐くギンギツネだが、どんなお客も拒まない彼女は今すごく女将してる。若女将はギンギツネ。


 ゆっくりとした動きで彼女の後を追うカビり神だが、歩いた拍子に肩っぽいところがズレて、そこから見覚えのある網目模様が見えた。


「……ちょっと待って。ねぇキタキツネ、この模様」

「……つい最近見たね」



「このお方はカビり神なんかじゃないよ! ギンギツネ、これを使って!」


 温泉にオイナリサマが遊びに来たときに置いていった神の縄、それをギンギツネに投げる。


 ギンギツネはその縄で、白い何かを簀巻きにした。

 ジタバタ暴れる白い何かを二人で引っ張って連れていき、そして何かの機械に放り投げた。


「うあぁぁぁ」


「キタキツネ、早くフタ閉めて!」

「うん!」

「よし、スイッチON!」


 ゴウンゴウンと凄まじい音をたてて動くその機械。


 そう、これは温泉が誇る超高性能コインランドリー、“ARAIー3“。どんな汚れた衣服もお任せなのだ!


 そして20分後、ランドリーから出てきたのはすっかり綺麗になったアミメキリンであった。



「────」


 雛毛皮も自分自身の毛皮の汚れもあら不思議新品のよう。なお彼女は疲れているところにドラムで洗われた為、すっかり気絶していた。


 ミクロフレンズいっぱいの環境で汚れてしまったアミメキリン。当然その体表にもミクロフレンズが沢山着いていた。


 そんな状態で日陰にてうたた寝なんかするもんだから、その環境を好むミクロフレンズが活性化して────カビた。そういう経緯である。




 その後、アミメキリンは室内にて一晩干された。脱水もせず部屋干ししてしまった為、生乾キリンになってしまったことは言うまでもない。

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