第3話 ミチビキリン

「う、ううん……」


「あ、目を覚ましたわ!」

「ねぇ、大丈夫?」


 目を覚ました謎のフレンズを、屈みこんで心配そうに覗きこむ二人。

 彼女はどこかボーッとした目で二人を見ると、こう尋ねた。


「ここは、どこ……? 僕は、一体……?」


 あちこち視線を動かし、そわそわとしている。その目は、辺りに広がるじゃんぐるを異質な物として捉えているようであった。


「自分の事が分からない。どうやら、きおくそーしつってやつみたいね…… まかせて!」


 アミメキリンはそう意気込むと彼女の後ろに回り込む。


「てやぁぁぁ!!」

「ストーップ!!」


 唐突に放たれたチョップはすんでのところでジャガーに止められた。


「ちょっと! 邪魔しないでちょーだい!」


「いやいやいやいや何やってんの!?」


「きおくそーしつはショックを受けることで元に戻るって、ギロギロにも書いてあったわ!」


「ギロギロはよく分からないけど、記憶喪失が頭を叩いて直るとは思えないんだけど!?」


 攻撃される寸前だった彼女の方を見ると、少しずつ後ずさりし二人の様子を伺っている。すっかり怯えてしまっていた。


「あ、あなた達は誰なんですか……? 何でいきなり攻撃を……?」


「ほらー、怖がっちゃってるじゃん。ごめんねー、あたしはジャガーだよ」 


 つなぎの緊張をほぐす為に笑顔を見せたが、咎める様な鋭い視線がアミメキリンに突き刺さる。

 それに気圧されたアミメキリンは「うっ!」と唸ると、つなぎに頭を下げ自分も自己紹介を始めた。


「ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ…… 私はアミメキリン、名探偵よ!」


 自称だけどね、とジャガーは付け加えそうになったが、そのツッコミは心の中に押し止められた。

 二人の挨拶を受けて少し落ち着いた彼女は、ぽつりぽつり話し始める。


「僕は……すみません、自分が誰か分からないです。意識を失う前、一体どうしていたか……」


「きっとフレンズに成り立てだから、記憶が無いんだね……」


 ジャガーはかばんのことを思い出す。パークの皆に愛されていた彼女は、元はヒトの髪の毛から産まれたフレンズであり、自分に関する記憶は全く持っていなかった。


「,本当にヒトのフレンズかしら? かばんも持っていないし見たことない変な服ね……」


 アミメキリンに変な服といわれ、思わず自分の服に目を向けてみる。すると、少しだけ覚えていることが見付かった。


「かばんはよく分からないけど、この服は、“作業服“だとか、“つなぎ“だとか呼ばれていた気がします」


 自分の服をじっと見つめているとさらに何か思い出せそうだったが、記憶を掘り起こそうとするとそこにぽっかり穴が開いた様に途端に思い出せなくなってしまった。


「なるほど…… じゃあ、あなたのことは“つなぎ“って呼ぶわ!」


 そんな彼女の心の葛藤を露知らず、声高に宣言するアミメキリン。


 ジャガーが足りない言葉を付け加える。


「あなたは多分ヒトのフレンズなんだけど、他にもかばんっていうヒトのフレンズがいてね。背負ってるかばんが由来らしいんだけど、そのこともあってヒトって呼ぶのはなんか違う気がして。とりあえず、“つなぎ“……そう呼んでもいい?」


 彼女としては、なんだかトントン拍子で呼び名が決まったが、不思議と悪い気はしなかった。種族名ではなく名前を呼ばれること、それが普通だと無意識下で理解していたからである。

 それより、もっと気になっていることもあった。


「名前はそれで構いませんけど、ここは一体どこなんですか……?」


 自分のことに関する記憶は無いが、それ以外の一般的な知識はある程度残っていた。しかし、その知識から考えると今自分がいるのはおおよそ文明的な場所ではないように感じた。なにより、フレンズという単語には聞き覚えが無い。


「フレンズって言うのはね……」


 ジャガーが説明しようとすると、彼女……つなぎのお腹からくぅ、と可愛い音がした。


「ははは…… ごはん、食べながら話そうか」


 ジャガーに連れられじゃんぐるの中へと進み、近くにいたラッキービーストからジャパリまんを貰う。それを食べながら二人は、つなぎにジャパリパークとフレンズについて説明してくれたのだった。




「けれど、ヒトのフレンズはなわばりを持たないからね…… これからどうするの?」


「どうすればいいですかね……」


 聞きたいのはこっちであった。聞いた話によればジャパリまんは配給されるので食べるに困ることは無さそうだが、しかし自分の身を寄せる場所がないことはごまかしようが無い。記憶が一部欠落していることもあり、その顔はどんよりと暗く沈む。


 そんな負のオーラを漂わせていたつなぎの顔を心配そうに見ていたアミメキリンだったが、突如立ち上がり拳を握る。


「どうすればいいのかなんて簡単よ!」


 その目はこれまでになく輝いていた。

 

「あなたの記憶がないことも、なぜ川から流れてきたのかも、すべての謎をこの名探偵アミメキリンが解決してあげるわ!! だから、私についてきなさい!!」


 力強いその宣言に、ジャガーも思わずおぉ……と簡単の声をあげる。


 だがアミメキリンの狙いは他にもあった。


(……ふふふ、ヒトはとても賢いって長も言ってたわ、優秀なじょしゅ、ゲットね!)


 その考えはつい口からポロっと漏れてしまい、せっかく感心してくれたジャガーも苦笑いしていた。幸いにもつなぎには聞こえていなかったが。


「よ、よろしくお願いします!」


 自信満々にいい放つアミメキリンの姿に、不安な心も吹き飛んでいた。


「ふふ、任せなさい! ああ、思えばここに来るまで大変なことばかりだったけれど、それもこの出会いの為だった! やはり、名探偵に間違いは無かったわ!」


 胸を張るアミメキリンと、その両手を握り、何度もお願いしますと上下にブンブン振り回すつなぎの様子は、さながらPPPの握手会の様であった。


「でも、あれくらいズンズン進んでいけるフレンズが引っ張ってあげるのが、良いのかもしれないね」


 呟いたジャガーは肩をすくめ、放っておいたらいつまでも続きそうなやりとりを止めるために二人の元へ向かう。



 かくして、正体不明のヒトのフレンズと未熟な名探偵の、ジャパリパークをちょっとだけ騒がせる旅が始まった。





 ───同じ頃、川原に忘れ去られた原稿は風に吹かれ、川に落ちて消えていった。

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