Epilogue,"BLANCA"

「花が言祝いでいるよ」


 道行くひとびとが翠の木々を見上げて笑い合う。

 その日、銀獅子王の支配する国に少し遅い春の陽が久方ぶりに顔を見せた。雪解けのまだら野では、車椅子の少女が芽吹き始めた野の花を女性に手伝ってもらいながら摘んでいる。膝に置いた籐籠を春の花でいっぱいにして、今日の花嫁さんを祝うためだ。

 蒼天の光を受けてきらめきながら、教会の鐘が鳴る。あまり大きくはない教会堂には、しかし席がすべて埋まるくらいのたくさんのひとが詰めかけていた。

 豊かにたくわえた白髭に柔和な顔つきをした老紳士は、王都の雑貨屋。その隣には、先ほどから明るい笑い声を立てている女性――「鷲と酒樽亭」の女主人だ。胡桃で作ったお守りを首にかけた少女は大勢の家族を連れて。この春から王都に配属になった若い軍人は眉間にほんのり皺を寄せた気難しげな顔つきで、花嫁を待っている。

 談笑し合う看護婦たち。そのひとりに付き添われ、はじめての旅をしてきた車椅子の少女もいる。少女の膝には、古びた、けれどとびきりおめかしをした軍人さんの人形が誇らしげに座っていた。

 サイ家の姉妹たち。夫と和やかに談笑する短髪の女性は王都の服飾店のオーナーをしている。花嫁もかくやというほどに着飾った女性はどうしてか少しだけ不機嫌そうだ。そんな女性を若きサイ家の当主がたしなめ、彼らの前には花婿の姉、エスペリア王妃と銀獅子王、そして彼らに抱かれた幼いエスペリア王女。丸い頬を紅潮させて、大好きな花嫁を待ちわびる。

 そぅっと扉から中をのぞいていた小さな花嫁は緊張に少し表情を固くして長い睫毛を伏せた。恥ずかしがりやのこの花嫁は、大勢のひとびとの前で滞りなく式を進めることができるか心配らしい。


「どきどきする?」


 隣に寄り添う花婿はくすりといとしげに微笑って、純白の花嫁の、白い花冠から降りたレースのベールを引き上げた。


「じゃあ、緊張が解ける魔法をかけてあげようか」


 花婿が嘯くと、花嫁は春の訪れと同じ若葉翠の眸をふわりと瞬かせた。たまゆら、風が揺れる。光がふるえる、足元の花が咲い、言祝ぐ。あいする花嫁のあどけない顎を少し持ち上げて、花婿は背をかがめ、そして――……



 ブランカ

 それは、のちに北大陸に名を馳せたリユン将軍の、生涯あいした女の名。



                                   Fin.

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