第六話 「七回すっ転び、八回起き上がる。」
ー たまらんたまらんたまらんっ!
「さて、召し上がれってな!」
ごろっとしたジャガイモに綺麗な橙色の人参さん、華麗なカーブをキメている大きいウインナーソーセージ、口の中の唾液が踊る踊る。青々とした野菜の香りが仄かに香り、細かく刻まれたバジルが更に彩りを豊かにする。透き通っているスープは神々しくも思えてしまう。
「いただきまぁーすっ!……やべぇ、めっちゃ美味い!」
「はっはっはっ、言ったろー?最初に美味いもんを提供するってな。」
「美味しい……。」
瑞月も思わず口に出す。
「愁。」
食事中に会話をする事が無い瑞月が話し掛けてくる。
「なんだ?」
「瑞月の作るポトフとどっちが美味しい?」
「なんていう愚問だ。」
俺の中では揺るぎ無く決まっている。
「どうして?グリドさんの方が美味しいから?」
「何を心配してるのか分からないがどっちも美味しいよ。」
「瑞月も料理するんだな。」
「え、あぁ、はい。愁の為に毎日作ってました。」
「俺の為ってどういう事だよ。」
弟の一言になんだか照れてしまう。……気持ち悪いな。
「ふーん、お店でも出してみたらどうだ?」
「いやいや!そんな暇無いから大丈夫ですよ!」
聞かれてもいない俺が答える。
「それはどういう意味だ?」
「他にやらなきゃいけない事あるんでね、な?瑞月。」
「まぁ、そうだけれど。」
「なんだ?お店でも出したいのか?」
「そうじゃない、料理好きだからしたいなってだけ。」
なるほど……確かにこういうお店で無償で食べるとなるとわざわざ調理する必要が無くなる。
「あーな……。いつか出来る時が来るかもしれないし大丈夫大丈夫。」
なんとも無責任な言葉を投げかける。
「うん……。」
「グリドさんはどこで料理学んだんです?」
「おらか?最初はおらもお前達みたいに色んなお店で食事をするタイプだったんだ。……ヘルプコミュニティに居た時だったな。『クラフターズ』に誘われたんだよ。『興味あるなら入らないか?』ってな。それがきっかけさ。」
「『クラフターズ』?」
名前を聞く感じだと何か作る人の集いみたいな感じがする。
「そうだ。簡単に言うと『職人』のグループだな。好きな事を更に極める人の集まりだ。」
「ほえー……それでグリドさんは調理師になったって訳ですね。」
「そういう事だ。話すのも良いが美味しいうちに食べてくれよな。」
「了解です!」
張り切って掻き込む。
「ストロベリークレープも美味しい……。」
瑞月が幸せそうな顔している。
「そういやお前ら二人はどういう関係なんだ?単なる友達か?」
「これでも兄弟です!」
「きょうだいってなんだ?」
ー 兄弟が通じない!?
「え?分からないですか?……血の繋がってる人間同士って言ったら伝わりますかね?」
「なんだそりゃ、よくわからねぇが。」
困ってしまった。一体なんて説明すれば良いのか分からない。
「めっちゃくちゃ仲が良い友達みたいなもんですね。」
全然意味は違うがそういう事にしといた。
「そうか、これからも仲良くな。……ハイル、この後はどこに行く気なんだ?」
「ヘルプコミュニティに行く。」
「気をつけて行くんだぞ。お前らもまた来いよな。そん時は今日以上に美味いもん食わせてやるからよ。」
「ありがとうございます!」
「おう。」
これだけの料理を振舞っておいて見返りを求めない。とても純粋な人である。普通なら無銭飲食の対象で罰せられてもおかしくない。
「ここに来て大正解だったな。」
お店の前で一言漏らす。
腹ごしらえのつもりが様々な情報を手に入れた。
まずはこの街の名前。そういう区切りはちゃんとしているみたいだ。誰がどういう理由で考えたのかはわからないが単にわかりやすくする為なのだろう。
それから他の地域の存在。ここを出るのは難しいと言っていたがこれもまた調査の一環となりそうだ。
そして最後に聞いた「クラフターズ」。職人が集まると言うが調理師以外の役割も気になる。もしかしたら入る為の条件もあるのかもしれない。
こんな所だろうか。このタイミングで奇襲されれば全てぶっ飛んでしまうのでそれだけはどうにか避けたい。
「さっきの質問だけど勿論瑞月に決まってるだろ。」
耳元でこっそりと伝えた。
突然「はっ!」とするが何かを口にする事は無かった。
「さぁ、ハイル、空腹も満たした事だしヘルプコミュニティに行こうじゃないか。」
そして本題へと戻る。地図だけが最初の目的では有ったが色々な情報が転がっていそうだ。もしかしたら秩序を乱している何かが分かるかもしれない。
「確か近いんだよな?マーケットに。したらちょっと戻る事になるな。」
「うん。」
相変わらず賑わっているマーケット。
「ヘルプコミュニティはどこだ?」
ハイルはマーケットの入り口を指差す。
「あれ。」
「あれってあの噴水の奥にある建物か?」
お店が並ぶ真ん中にある立派な建物がこちらを見つめている。
「そう。」
想像していたものは用意されたログハウスみたいなもの。予想は裏切られる。
「行こう。」
ハイルは人混みの中を悠々と突き進む。
はぐれたら困るので瑞月の手を握りハイルの後を追いかける。
ハイルは無言でヘルプコミュニティだという建物の扉を開けスタスタと入って行く。
閉まりそうになる扉を越える。
「おや?よく来たナモ。ここはアーラスタのヘルプコミュニティだナモ。何かお困りな事でもあるだナモ?」
変わった口調をした小柄な男性が出迎える。
建物は少し高かったが階段は見当たらず一階のみ。
部屋は広く中心には大きな円テーブルとそれを囲むイスが数脚置かれている。
イスには一人座っているのが確認出来る。
「地図を貰いに来た。」
「地図ナモ?珍しいだナモ。今用意するだナモ。座って待つだナモ。」
するとナモ兄さんは別の部屋へと消えてしまった。
ハイルは入り口の真ん前に座る。瑞月はその右側。
俺は少し見物しようと辺りを見渡すが「ポスター」等は何も見つからず、ただの壁しかあらず。
奥の席に座る人に話を聞いてみようと歩みを進める。
するとその人が立ち上がる。フードを深くかぶっている為に顔が見えない。
俺の横を通り過ぎヘルプコミュニティを出て行ってしまった。
ここに来て初めて不穏な空気を感じる人。話しかけるのはやめてしまったが怪しい人物と言えるだろう。マークしたい所だ。
俺は大人しく瑞月の横に座る。
ボーッとしていると
「待たせたナモ。」
ナモ兄さんが出てくる。
「あっちに。」
ハイルは受け取らず俺を指差しそう言う。
「あ、すいません。どれどれ……ん!?」
ー 読めない!!
確かに地形が描かれてはいるが現在地や地名が書かれておらず地図としての役目を果たしていない。
「これどうやって読めば……。」
「ごめんなさい、僕もわからないんだナモ。」
「え?」
まさかそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「アーラスタはどこですか?」
「それ全体がアーラスタだナモ。」
「アーラスタ以外の地域は?」
「アーラスタ以外の地図はここにはないだナモ。」
「えー!?」
殆ど意味がなかった。
普通の紙に地図が描かれており裏は白紙。
ー そしたらメモ用紙として使うかぁ。
「ハイル、ペン貸してくれ。」
ハイルからペンを受け取ると今までの経緯やこの世界で入手した情報を書き連ねた。
「何をかいてるんだナモ?」
「大事な事さ。」
「それは何の絵だナモ?わからないナモ。」
「いや、どっからどう見ても絵じゃないでしょ。文字だよ文字。」
「もじ……ナモ?それは何だナモ。」
ー ここってヘルプコミュニティで合ってるんだよな?
逆に頭がカオスになる。
「え……文字って俺らが話している言葉を写したものだよ。」
「ナモ!?絵以外も紙に書けるナモ!?」
ー この世界には文字がない!?
どうしてだ?……何故か考える。
……もしかしてここの人間は元から言葉を話せる、だから文字でコミュニケーションを取る事が無かった……ということでいいのだろうか?
確かに本だけでなく文字自体をここに来て見ていない。
ー なるほど……。
だから問題が起きないという事がわかった。
文字を残していると前に何が起きたのかわかる。そうなると記憶を失っていても何かしら変化が加わる筈。
「そういう事か……。」
文字が存在しない事を記す。
「どうしたの?愁。」
「いや、なんでもない……それと『クラフターズ』について何か教えてくれないか?」
「単なる職人の集まりだナモ。」
どうも説明がアバウト過ぎる。
「調理師以外に何か無いのか?」
「僕はクラフターズじゃ無いだナモ。本人達に聞くだナモ。」
ー 役に立たねぇな。
失礼ながらそう思ってしまった。
メモをポケットにしまうと入口の扉が開く。
先程、外に出て行った人が戻ってくる。
席に戻るのを背後に感じる。
ー あれ!?
体が動かなくなっており感覚が無くなっていく。視界の中に居る瑞月だけが光っており空へとゴーアウェイしてしまった。
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