第二章 ~揺籃の地・アーラスタ~

第五話 「臨機応変なだけだから!」

 「ハイル、この頃何か変わった事は無いか?」


 ヘルプコミュニティまでの道のりは今まで住んでいた街並みとはガラッと変わり建物や通路、その他のオブジェも洋風っぽく住民も和気藹々な雰囲気が漂っている。


 まさに平和そのものを見てる、そんな感じだ。


 「特に何もない無い。」


 返事の内容は質問する前から予想は出来ていた。


 悩みの一文字も無さそうな住民を見ていると、本末転倒だが此方まで何をしに来たのか忘れてしまいそうだ。


 「実は俺と瑞月は『この世界に悪いものが居る』って聞いてやって来たんだ。」


 自称探偵として、いかなる時も事情聴取を忘れない……これは思いつきの台詞だけれど今やれる事はこれくらいしか思い浮かばない。


 「瑞月もこの世界に悪いものがあるなんて思えないだろう?」


 もし「そうだ」と言われなかったらどうしようと不安を心の中に巡らせる。


 「今はよくわからない。」


 まぁそうだよなと逆に共感してしまう。


 「悪いもの……僕も聞いた。」


 計算外の発言が耳に入る。


 「魔法を教えてくれた人が言っていた。『最近、悪い事が増えてる、気をつけるんだよ』そう言っていた。」


 「本当か?」


 これは期待出来そうだというレベルでは無い。絶対と言っていいだろう。


 知っている人は知っている……。どんな人なのだろうか。想像が膨らむ。


 「瑞月も魔法使えるようになる?」


 瑞月はどちらかと言うとこの世界を楽しむことに専念している様に見える。それはそれでいいと言った感じだ。


 「俺も使ってみたいなー、手から炎出したり氷の塊を頭の上に落としてみたり……ブリザードッ!」


 勿論、何も起きる事は無いのだがついつい言ってみたくなる。中二病が長引いているのだろうか。


 「ハイルが魔法を使う時、何も言わないよな。」


 ゲームやアニメを見ていると呪文を詠唱する場面が一つの醍醐味でもあると思うのだがここでは無言で魔法を掛けるのを確認している。


 「イメージする。それだけ。」


 「イメージ?……いや、何も起きないけど。」


 「何も起きない。」


 揃って挑戦してみたが何も起きる事は無かった。つまりイメージする他にも必要な事があるのだろう。


 能力値的な物が関与してるとなると厄介そうだ。何故なら最弱な自信があるから。


 「ハイルは光の魔法にも何か使えるのか?」


 「僕が教わったのは『ライトニング』と『ヒール』だけ。」


 光の魔法はライトニングというらしい。属性なんかもあるのだろうか。そしたら俺たちは何属性になるのだろう。


 「瑞月達以外にも他所から人が来る事はあるの?」


 「いい質問ですね。」と声を掛けたくなる程ナイスな質問。


 「そういう人も居ると聞いた。」


 「まじか!?したら俺らと同じ境遇の奴らもいるかも知れないんだな。」


 「ここ最近は長らく来て居ないと言っていた。」


 となると昔にも悪い事が発生していて度々外界の者が救いに来たのだろうか?


 スマホやノート、メモができる媒体が欲しくなる。色々考えても1時間後には忘れてしまいそうだ。


 「ハイル、何か書けるもの持っていないか?」


 「ペンならある。」


 残念ながら紙等は所持していなかった。……そういや、街灯があったりして電気が存在する事は認識できるのだが遠くいる人とのコミュニケーションはどうしているのだろうか?電話とかは無いよな。


 そんな会話をしながら歩いていると何だか賑やかな所に出て来た。


 「なんだ、あの人だかり。」


 「マーケットだよ。」


 円形の広場の円周を様々な物を提供するお店が一周する。真ん中には噴水まであり物を求める人だけでなく会話する人や遊戯を楽しんでいる人も少なくない。


 「ヘルプコミュニティもこの近く。」


 街の中心、出身地の言葉を借りると首都や庁所在地に準ずる地域なのだろう。


 「ちょっと見て行かない?」


 朝から何も食べていない事もあり空腹を満たしたくなる。


 「何かすぐ食べれる物とか無いのか?」


 「ある。ただここじゃなくても食べれる。」


 「え?」


 「調理してくれる人いる。」


 食材をアレンジしそれを振舞ってくれる人が居るってわけか。


 「瑞月、ちょっと寄ってかない?」


 「いいよ、瑞月もお腹空いた。」


 「ハイル、おすすめの所、案内してくれよ。」


 「わかった。近くにある。」


 何度目か分からない予定変更。ヘルプコミュティの前にまずは腹ごしらえ。さて、この世界の料理は口に合うかな?


 「ハイルは普段何食べるんだ?」


 「なんでも食べる。ポトフ好き。」


 ー 俺も好きだあああああああああああ!


 お腹が鳴りそうなのをグッと堪え驚きに浸る。知ってる料理名がまさか聞けるとは。想像し得ないものが出て来るのでは無いかと不安になっていた。


 「ポトフ!?俺めっちゃ好きなんだよ。ここにもあるなんて思ってもみなかった。」


 また街並みも変わって来る。食欲を唆る良い匂い、沢山の飲食店が肩を並べる繁華街の様な風景……最高だ。


 ここでは稼ぐという概念が存在しない為か似通った空気感が漂うお店も多い。


 好きな事を好きなだけやれる世界、憧れの世界である。


 「ハイルー、まだかー?お腹ペコペコだよー。」


 「もう少し。」


 そう言ってから3~5分。ハイルが足を止める。


 「ここ。」


 指先には「THE・ヨーロピアン」な建造物。


 「うおお、楽しみだ。」


 「早く入ろ。」


 いつもの様に急かす瑞月。


 ハイルが扉を開け、俺、瑞月の順番で中へと進む。


 ログハウスの家とは変わってしっかりとしたカウンター。


 「お、なんだハイルじゃねぇか。久しぶりだな。」


 店主は思っていたよりもゴツく力強い声をしている。


 ー この人がポトフ!?


 ギャップ萌えまでは行かずとも好感的な違和感を覚える。


 「お前ら見ねぇ顔だな。ハイルの知り合いか?」


 「さっき初めて会った。案内してあげてる。」


 「初めまして。朝から何も食べて無いもので、おすすめだと案内されて来ました!」


 「そうか、良く来てくれた。全力で美味いもんを提供してやんよ。」


 この人もとても優しそうで安心できる。


 「名前はなんてんだ?おらは『グリド』ってんだ。よろしく頼むな。」


 「えっと、愁って言います。よろしくお願いします!」

 

 「瑞月です、よろしくお願いします。」


 「変わった名前だが良い響きだ。さて、何が食べたいかな?」


 「ポトフでおねげぇします!!」


 「元気いいな。ポトフか、わかった。それからハイルと……瑞月はどうすんだ?同じもんでいいのか?」


 「うん。」


 「大丈夫……それと少し甘いものって有りませんか?」


 何とも瑞月らしい返答。


 「甘いものか……さっき食材補給しに行った時に『ストロベリークレープ』を貰ったんだがそれでもいいか?」


 「大丈夫です!」


 グリドから「ストロベリークレープ」なんてとても可愛すぎる。ギャップの塊である。


 「それじゃあ、ちょっと待っとれい。」


 カウンターの奥の部屋と入るグリド。多分厨房だろう。


 「いやー、楽しみだな!」


 「うん、楽しみ。」


 「ハイルは結構こういう所で食事する事多いのか?」


 「色んな所に行く。」


 「ふーん、顔広そうだな……。」


 ハイルは口数は少ないもののとても親切。


 十数分経つと中からグリドが戻って来た。


 「今じっくりことことしてるからもう少し待ってくれ、クレープは最後でいいな?」


 「うん。」


 「そういや、なんでハイルに案内してもらってんだ?他の街から来たのか?」


 「いや、街というより異世界かな。」


 「いせかい……?なんだそりゃ。あまり美味く無さそうだ。」


 「食べるもんじゃ無いですよ!」


 どんな言葉が通じるか分からないせいで悩んでしまう。


 「ははは、冗談だ。まぁ、こまけぇこたぁ気にしちゃ駄目だな。」


 「ここ以外にも街って沢山あるんですか?」


 「あぁ、勿論。色んな人間が住んでいる。ここは基本的に翼を持つものが多いな。おらは持っていねぇけど。」


 「街の名前もあったり?」


 「おもしれぇ事聞くやつだな。当たり前だ。『アーラスタ』、それがここの街の名前だ。そんなに広くは無いがな。」


 有力情報を手に入れた。やはりここはレーヴモンドのほんの一部に過ぎないのだろう。


 「他の街にはどんな人が住んでるんですか?」


 「いやー、わからねぇ。それが簡単には街から出られないんだよなぁ。見た事ねぇしおらは詳しい事はわかんねぇ。」


 謎が深まる。先へ進めば進むほど頭の中が混沌としてしまう。


 「さて、そろそろ良いかなぁ。」


 そう言うとグリドは厨房へとリターンした。

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