第三話 「無邪気。」

 ー こいつやべぇよ。


 ここに来て早速緊迫感が漂い始める。


 全力で息を止める。


 「シュピーン!」


 謎の鋭音が響く。


 「バゴォーンッ!!」


 ログテーブルは、いとも容易く粉砕され約60Kgの人体は勢い良く吹っ飛び壁へ一直線。


 恐らく隠れていたのはバレていたのだろう。


 「グハッ!!」


 「ミシミシ」とログハウスは揺れはしたものの倒壊することは無かった。


 そして床とキス。とても刺々しい味のするキスである。


 「ようこそ。」


 やっとの所でその実体を確認する。パステルグリーンの頭をした青年が無表情で手を広げ立っていた。


 ー 歓迎しているのだろうか?


 呼吸ができないので発声は出来ない。


 青年は両手を胸の前に伸ばし目を瞑る。すると掌が綺麗なサファイア色に発光し広がり出す。


 ー 痛くない、苦しくない。


 「何をした?」


 「ヒール。」


 どうやら治癒魔法のようだ。


 「魔法か。俺らを殺すんじゃないのか?なぜ回復させた?」


 「ころ……す?……、どういう事かわからない。僕は人が越して来ると聞いて来た。よろしく。」


 とぼけているのだろうか?それとも俺がおかしいのだろうか?どう考えても襲われたと思うであろう。


 隣で瑞月が白く光っているのに気付く。


 「瑞月!?」


 駆け寄り触るが通り抜けてしまう。屍の如く。


 「おい!これはどういう事だ!」


 「それはどうしようもない。」


 怒号を飛ばす俺に声色一つ変えず平然な顔をして答えて来る。


 瑞月の体は光の欠けらと成り天井まで昇っていく。


 「まさか死んだんじゃないだろうな!?」


 「しん……だ……?」


 「とぼけるんじゃないぞ!」


 「分からない。その言葉初めて聞いた。どうしてそんな大声を出す。」


 話が全然通じない。


 瑞月は見る見るうちに小さくなり、やがて姿を消した……。


 明らかに秩序を乱しているのはこいつだろう。犯人は特定出来てしまったが余りにも無力な為立ち向かう事は出来ない。


 「もう終わりだ……。」


 瑞月は死んでしまったのだろう。心も体も再起不能。


 ー 仇も討てない兄をどうか許してくれ。


 切なる願いである。


 「まだどこか具合悪い?」


 「冗談は止してくれよ……。俺も殺してくれ。なぜ生かす。」


 生きる糧を失ってしまった俺はナチュラルサイコパス相手に死を志願する。


 階段から「ギシギシ」と音がする。


 「愁?」


 聞き慣れた声である。


 「んぁ……?」


 振り返ると昇華したはずの瑞月が立っていた。


 「手を引いて扉を開けたと思ったら隣に居なくて焦った。下から声がすると思って降りたら居たから安心した。」


 「……偽物?」


 「おかえりなさい。」


 「誰?」


 「僕はただの住民、人が越して来ると聞いて来た。よろしく。」


 「愁、もう友達出来たの?」


 幻覚を見てるのだろうか。きっとそうだ。瑞月が死んでしまって脳がおかしくなってしまったんだ。もしくはナチュラルサイコパスの魔法か……。


 「もう止せよ……。」


 「愁、どうしたの?元気ない。」


 そりゃ当然だろう。大切な人が亡くなる瞬間を目の当たりにしたのだ。


 「さっきお前が死んだんだ、目の前でな。……はは。一体どうなってるんだか。こんな世界来なきゃ良かったよ。」


 「何を言ってるのかわからない。酷い冗談。さっきまで一緒に居たのに。」


 「生き返ったとでも言うのか?」


 「このお兄さんさっきから『ころす』とか『しんだ』とか言うんだ。意味わからない。」


 「……どうなってるの?一緒に入ったと思ったら下にいる、居たと思ったら知らない人と会話してる。そしておかしくなってる。不思議を通り越して怖い。」


 瑞月はいつの話をしているのだろうか。最初に「手を引いて扉を開けた」と言っていた。俺の記憶上、瑞月に手首を掴まれたのは覚えてるのでその事であろう。この世界に来る前の案内所での事だ。


 「案内所を出てすぐの話をしているのか?」

 

 「うん。それ以外有り得ない。どうなってるの?入った途端居なくなって、居たと思ったらこの始末。もう訳分からない。」


 思わず俺もだよと言いたくなるが少し冷静になる。


 「それが最後の記憶なのか?俺と一緒に家に入って一緒に下に降りて一緒にテーブルの下に隠れたよな?」


 「全部してない。じゃあ瑞月は愁の話してる事後を見ているの?」


 仮に本物だとすると瑞月はこの家に入る所まで時間が遡っている事になる。


 「お前、さっき『おかえりなさい』って言ったよな?それはなんでだ?」


 「僕の名前は『ハイル』。それはここに帰って来たから。」


 突然名乗ったが「お前」と言われたのが気に食わなかったのだろう。


 「帰って来たっていうのは一度見ているっていう事でいんだよな?」


 「そう。」


 こうなると多数決で瑞月の話がおかしい事になってしまうのだが俺の頭は本人よりそれを遥か上回って混乱しているであろう。


 「じゃあ瑞月はさっきまでそこに居たの?」


 「うん、俺は嘘なんかついていない。」


 そしてある事に気付く。


 「あ、この穴!それとこの飛び散った木片!降りて来た時にはログテーブルとイスが置いてあったんだよ!突然、このハイルって奴が押しかけて来たんだ!そして俺と瑞月はテーブルの下に隠れたんだよ!でも魔法か何か知らんが俺らを狙って攻撃してきたんだ!」


 「本当に言ってるの?」


 「だから嘘なんかついてない!……だよな?ハイル!」

 

 「穴とテーブルを壊してしまったのは本当。でも直せる。」


 「別にそれは聞いてないんだよ!破壊した時の勢いが強すぎて壁まで吹っ飛んだんだ。瑞月の打ち所が悪かったのか立つことも無くて。白く光って空に消えて。」


 「その割に愁は無傷。」


 「それはハイルが回復させてくれたんだ。」


 「……本当?」


 「ヒールした。だから本当。」


 「瑞月は死んだの?生き返ったって事?」

 

 「恐らくそう言う事になる。」


 何とか少し纏まった。ここでは人が死ぬと生き返るのだろうか。今見ている瑞月が本物じゃなかったら大変な事になるのでここは楽観的に考える事にする。


 「瑞月は信じれるか?この状況。」


 「難しいけど愁の事は信じたい。」


 「そうか……。」

 

 「改めてようこそ。」


 相変わらず空気が読めない野郎だ。ここの人は皆こういう感じなのだろうか?余りにも能天気すぎる。


 ー こいつは何とも思っていないのか?


 「ハイルは何とも思わないのか?さっき消えた人が此処に戻って来る事に。」


 「それが普通。痛い事忘れる。」


 ー 普通!?


 誰しも生き返るって事なのだろう。ここでは強制コンティニューが当たり前……という事は死ぬ事は無い。寿命や病死は有るのだろうか?有ったとすれば生まれた時に戻る……で良いのか?


 「殺す」や「死ぬ」という概念もここには存在しないのだろうか?殺してしまっても事象を忘れて生き返ってくる為に争いになる事も無いのだろう。当たり前となっていればハイルのように清々しく対応出来そうだ。


  頭がパンク寸前。従来の考え方は捨てなければいけなさそうだ。


 「外、案内する。」


 そう考えると何だかハイルがとても良い人に思えてくる。手荒い歓迎も仕方ないと。悪気が無い人を責める事は俺には出来ない。


 「瑞月、ここはお願いしとこうか?」


 「うん、色々教えて欲しい。」


 瑞月も何とか切り替えれているようで安心だ。


 「任せて。」


 するとハイルはまた手を光らせる。


 「シュイーン!」


 何事も無かったのようにログテーブルが現れ玄関の扉も修復される。


 「行こう。」


 先に外へ出てしまうハイル。


 「大変な生活が待ってそうだなこりゃ。」


 「うん。守るなんて言ったけれど瑞月、殺られちゃった。……ごめんね。」


 「気にすんなよ。今こうして目の前に居るんだ。最初はどうしたら良いか分かんなくて『殺してくれ』なんて頼んじゃったけれど。」


 「瑞月もっと強くなる。」


 そう言うと外へ出たハイルを追いかける。その背中からも伝わる強い意志に圧倒される。


 ー 随分成長したな……。


 「置いてかないでくれよー。」


 家を出ると瑞月とハイルが会話をしていた。


 「何話してんだ?」


 「これは何?」


 ハイルの手には瑞月が所持していた銃。


 「それも初めて見るのか?なんて言ったらいいんだろうな。狙って撃つんだよ。……ちょっと貸してくれ。」


 ハイルに向かって空撃ち。


 「面白い。やりたい。」


 ハイルに手渡すと俺を狙って構える。


 「シュインシュインシュイン!」


 銃口が光りだす。


 ー 嫌な予感……。

 

 「おいおい、撃つなよ?」


 「カチッ!」


 「シュイーン!!」


 これが良く聞く走馬灯という奴だろうか?ただただ眩しい光である。その光は躊躇なく俺の体を貫通した。


 「愁!?」


 不思議と意識はある。死んでいないのだろうか?しかし、体は動かない。というよりは感覚が無いというのが正しいであろう。


 ー 突然の猛吹雪かな?


 視界は瞬く間にホワイトアウトした。

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