第一章 ~黎明~

第一話 「ご馳走様、お粗末様。」

 「起きるアルー、早く目を覚ますアルよー。はぁ、駄目アルね。こうなったらこれしかないアル。ハッ!」


 「グファッ!!」


 上下半身それぞれが20〜30°程浮いただろうか。状況は全然把握出来ていないが寝たまま左方向へと丸くなる。腹部の痛みと呼吸が出来ない苦しさに耐えられず更に左へ。そのままどこからか急降下。間も無く「ドン!」と鼻を強打。起き上がれずそのまま蹲る。


 「やっと起きたアルね。」


 何者かがいるのはわかるし悶えの犯人なのもわかるが身体のコントロールが出来ず声を発することも儘ならない。


 「何?どうしたの?愁?」


 瑞月も居るみたいだ。凄く眠そうな声だったが相変わらず冷静。


 「立つアルよ、シュウシュウ。」


 完全にパンダの呼び名あるよー?生後間も無いパンダは全国津々浦々祝賀ムードだというのに酷い扱いだ。


 え?中国人?にしては全然チャイニーズじゃない。


 ー ここは一体何処あるよ!


 「シュウシュウってなんか可愛い。」


 何故瑞月は何もされていないのだ。可笑しいだろ!

 今すぐ中国人っぽい奴を殴り返してやりたいが立つのがやっと。立ち上がろうとする身体に瑞月が優しく手を貸してくれる。そのまま低反発な物へと誘導してくれた。


 「ファッ!?」


 現状を見て驚いたが思考が追いつくのはそう遅くなかった。それもそのはず、自分の部屋だからだ。しかし、見た事も会った事もない女性が一人、腰に手を当て立ってるのを確認すると一気に途切れた。右手に牛乳があればとても爽快なのだが、最悪な寝起きドッキリで怒りは大爆発寸前、だったはずがその女性が美人さんだったので少しだけ和らぐ。 青いチャイナ服にツインお団子。


 「誰だよ。どっから入ってきたんだ?」


 ようやっと声が出た。寝起きで少しガラガラだが。もし泥棒だったらわざわざ家主を起こすという大失態は起こさないはずなのでそれは無いであろう。


 「酷い目付きアル。命を救った恩人を睨むとは有り得ないアルね。」


 「殴ってきた相手を恩人だと思う人いますかね?」


 「コスプレイヤーさんですか?」


 「なるほど!日本語を話しているし一理ある。」


 「お二人さん、とても呑気アル。」


 やれやれなんてポーズをとっているがどう考えても怪しい不法侵入者にしか見えないのである。


 「初対面なのに『私は恩人だ』なんて言われたらそら冗談もいい所だろー?少しくらい自己紹介したらどうだ?」


 「仕方ないアルね。」


 胸の前に手を合わせ数秒静止する。そして、後方へ宙返り、した筈なのだが姿が見えなくなった。


 瑞月と俺はポカーンとする。


 「あたくしの姿見えないでしょう〜?」


 さっきとは異なる声が聞こえる。


 「いきますわ~。」


 もくもくもくと目の前が煙る。次第に晴れ、宙には雲らしきものに乗った謎の動物、と言うべきか怪物と言うべきか。鼻は象みたいで四足。


 隣に座っている瑞月がそっと俺の手を取り頬へ。


 「抓って。」


 俺は思いっきり抓った。


 「いでででっ!」


 「夢じゃない?」


 「俺はさっきベッドから落っこちて痛い思いしてるから分かってるよ!」


 何も考えずに抓ったら自分の手で自分の頬を抓っていた。


 「ごめん、わざと。」


 「ニコッじゃないっ!」


 「あらあら~、仲が良いわねぇ、あたくしを置いてけぼりにしないでくれるかしら~?」


 「やっぱり喋るんだ。なんなんだよ、お前は。」


 「そうねぇ、なんて言おうかしらね〜。その前にその鼻血で汚れたお顔をどうにかしないとですわ~。」


 「え?、うわっ!やべ、気付かなかった。」


 瑞月も気付いていなかったのか教えてくれなかった。


 「それ~!」


 鼻で宙に円を描く。すると何事も無かったかのように汚れていた衣服や血のついていた指先が綺麗になった。


 「すごい。」


 「一体どうなってるんだ、魔法か?今のは魔法か!?」


 「うふふ、私は『夢を食べる動物』とだけ申し上げておきましょうかしら〜。」


 「それって『バク』の事じゃないのか?」


 「ご名答ですわ~。あたくしは仰る通り中国で古くから言い伝えのあるあの『バク』です~。それとあたくしの名前は『バクゥ』ですわ〜。」


 大して変わっていないがそこは気にしない。


 そして「バク」について。諸説はあるが一般的に夢を食べて生きると言い伝えられている伝説の生物である。


 「夢を食べるだけじゃないの?」


 「確かに、さっきのは一体。そもそも伝説上の生き物じゃ。どうしてここに。」


 「細かい事は考えてはいけませんわ~。お二方、覚えていないのかしら~?昨夜の事じっくり思い出してごらんなさい~。」

 

 「明晰夢?」


 「それが一体どう関係あるんだよ。」


 「実はお二方と交渉する為にお話をしているのですわ〜。夢の中でお二方は何者かに命を奪われたのです〜。但しそれはただの夢では無いのですわ〜。その死は現実の体とリンクしてしまったのです〜。」


 「何言ってんだよ。今こうして動いてるじゃないか。」


 「それはあたくしがその夢を食べたからですわ〜。だから今こうして生きているのですわ〜。」


 「そんな訳あるかよ。」


 とりあえず否定してみたが当たり前のように答えが返ってくる。


 「何故現実でも命を落としたのかは存じ上げませんがあたくしが夢を食べる事によって効力を失うのは真実ですわ〜。それでは交渉に入らせて頂いても宜しいかしら〜?」


 「取り敢えず話だけは聞くよ。」


 全くもって意味がわからないが渋々話を聞く事にした。


 「まずあたくしはお二方の弱み、つまりは生死を分ける事が出来るというのだけは覚えていて欲しいのですわ〜。そして提示したいのは命と引き換えにあたくしの作った世界を救ってほしいのです〜。」


 何もかもが急展開。世界を作った創造神なのか命を奪う死神なのか……ハチャメチャだ。


 「お前は神かよ。世界を作ったとかそんな馬鹿げた事。」


 「神様では無いですわ〜。あたくしは食した夢を使い想像通りに具現化する事が出来るのですわ〜。最初にお二方と話していた姿も治癒能力もそうする事で可能としたのです〜。」


 「魔法使いみたい。」


 「じゃあそうする事で俺らの死も実現する事ができるって訳か。」


 「それも可能ですわ〜。しかし直接的にはしたく無いのです〜。まだあたくしの中にある夢を吐き出してお二方の体に戻すのですわ〜。」


 「そうすればまた死んでしまうって事かよ。信じられん。因みにその、異世界を救ってほしいって言うけれど具体的には何をするんだ?」


 「具現化に失敗する事が有るのですわ〜。それの所為で秩序が乱れつつ有るのです〜。残念ながら失敗して何がどうなるというのまでは把握出来ないのですわ~。そこで原因を突き止めてこれ以上荒れるのを防いできて欲しいのですわ〜。」


 恐らくここで他人事にしてしまったら死ぬ事になるのであろう。


 「わざわざ頼むって事は自分ではどうにも出来ないって事なんだよな?」


 「話が早くて助かりますわ~。その通りなのです~。お二方は普段から暇なのでしょう?後々、その世界から戻す事もあたくしには可能なのですわ~。」


 「行ってみたい。」


 やけに瑞月は興味津々だ。


 「それでしたら貴方からその世界へと案内致しますわ~。今、この部屋の扉はその世界に続いていますわ~。名付けて『レーヴモンド』です~。」


 「レーヴモンド、由来は?」


 「フランス語で『夢の世界』ですわ~。」


 「そこは中国語じゃないのな。」


 瑞月が立ち上がりドアの前へ。ノブを握り振り返る。


 「ウェルカム トゥ『レーヴモンド』ですわ~。」


 「まだようこそじゃないだろ。」


 「開けるよ。」


 「ガチャ」と開けると普段の光景とは異なり真っ白い通路が広がっていた。奥にもう1枚扉がある。


 「少し意地悪してみましたわ~。その先を越えてようやっと別世界『レーヴモンド』ですわ~。その前にこれを渡すのを忘れていましたわ~。」


 鼻の穴から一枚の紙が出てくる。少しグロテスクだが汚れては無さそうだ。


 「別世界からの住民として紹介状ですわ~。」


 「そんな物まであるのか。どんな世界なのか全く想像がつかん。」


 「行ってきます。」


 瑞月は紹介状を握りしめて中へ。そして扉を閉めた。


 「瑞月……。」


 途端に心配になる。


 「貴方も行くのかしら~?」


 「あぁ。例え死ぬのが嘘だとしても瑞月を一人には出来ないからな。こうなったら後を追いかけるよ。」


 「優しいお方ですわ~。それでは扉を開けるのです~。」


 俺も紹介状を受け取り扉を開けた。


 「ん?」


 そこはいつもと同じだった。右手には階段。


 「おい、どうなってるんだよ。ふざけんなよ。」


 「うふふ。さぁ一歩前に出るのですわ~。」


 部屋を出ても何も起きない。なんて事だ。瑞月が誘拐されてしまった。


 「それ~!下を見るのですわ~。」


 下を見ると床が抜けていた。


 「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そのまま真っ白い底をドロップした。

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