辿る

 目の前に広がっている空と海の境目はよく分からない。雲はまばら。ここはほとんど灯りがないから運が良ければ綺麗な天の川が見られる。

 今日もまたあの日と同じような微妙な空だった。

 丘の端、先は崖のようになっている道の真ん中に座った。家から持ってきた器を円になるように3つ並べ、順に麺と麺つゆを入れてその上に箸を置いた。

 母の箸は使いすぎて2本の長さが違う。父の箸は新品みたいに綺麗で、僕の箸先にはがりがりと噛んだ跡があった。

「今日は俺の番かな、この前は母さんだったもんね。」

 僕は箸を手にとって祈るように手を合わせた。

 目を閉じると色んな音が聞こえた。風で揺れる草の音、その下にいる虫の音、遠くの方で聞こえる波の音。物静かな場所は案外うるさくて可笑しくなった。

 僕は少し頭を下げながら、いただきます、と器を手に取り素麺を勢いよくすすった。

「…やっぱりうまくねえ。」

 久しぶりに食べた素麺は昔と変わらず苦手なままだった。多分、父と母も苦手なままなんだろう。頑張って食べようとする2人が僕にははっきりと見えた。

 すぐそこに2人の存在を感じるほど近くにいる気がして僕は泣いてしまった。ただこれが何に対する涙なのかは分からないまま、ずっと。


素麺を食べ終えて、僕はまた箸を揃えて持ち、そして手を合わせた。

もう一度さっきみたいに目を閉じてスッと息を吸い込んだ。夏だというのに吸い込んだ空気は少し冷たくて心地よく感じた。

今度は何も聞こえない、とても静かで不思議な気持ちになった。

[なんか、今なら死んでもいいかも。]

何気なく浮かんだ言葉に自分でも驚いた。特に両親を追いかけたいわけではない、でも今自分が生きている意味があまりにもないように思えて、早く誰かと変わるべきだと思った。

目の前は丁度崖になっている。行けと言わんばかりの場所だった。夜は暗くて崖と真っ暗な空は繋がっているように見える。

重力が小さくなったように感じた僕の身体は躊躇いもなく崖に近づく。何故か少し気が楽だった。

[何が足りなかったんだろうな。もう、いいけど。]

追い風に押されたその時誰かが叫ぶ声がした。

[足りないものを教える、まだ、いかないで。]

聞き馴染みのある声で、必死に僕を止めているようだった。糸でつられるかのように後ろへ引かれて尻もちをついた。

周りを見渡したが、誰もいない。空耳にしてはスッキリと聞こえていたはずなのに、周りの風景はさっきと寸分も違わない。


ぶわっと大きな風が吹いた。

その大きな風の中で小さく、しかしはっきりとチリンチリンと鈴が鳴る音が聞こえた。

心がひやりとしたので胸に手を当てると、なぜか僕の首には母が毎日つけていたネックレスがあった。

南国の海のように透き通る青い石。月にかざすと輝きが増した。

あまりに眩しくて目が眩んだ。暗闇もこの眩しさには勝てなかったようだった。

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七つ目の壺 津門 @___mut2

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