夢も現も

「うわ、また泣いてる。」

 何となく感じる目の暖かさは泣いた時に感じるものだった。完全に開ききらない目を擦るとやはり濡れている。

 泣いて起きることはたまにあった。その時は決まって、母が死ぬ前日のあの七夕の日の夢を見ていた。

 僕の家では、特に父が年行事を大切にしていたから、豆まきだの鯉のぼりだの色々としてきたが、あの日以来、七夕の日だけはなにもしていない。毎年見に行っていた天の川も、その日は空さえ見なくなった。

 どれだけ引きずってんだよ、と自嘲する。

 でもあの日を忘れることが両親を心から手放してしまうように思えてできないでいた。

「俺、寂しいんだよなぁ。」

『家族』という場所だけぽっかりと空いたまま成長してしまったから、人並みに家族の温かさが分からない。社会人になったとはいえ寂しいものは寂しいのだ、それ以外の何でもない。でもそれをないままに育ったからこそ、なくてもいいような気がしてしまっているから複雑だった。

 今、両親がいたらどんな自分がいたんだろうか。男同士の会話だなんだと、会社のことや家庭のこと、ああだこうだと説教のような気さえする長話をベランダで父に聞かされるのだろうか。しみじみと昔を懐かしみながら、母と昔話をするのだろうか。考えてもどうしようもないことだと分かってるけれどたまに想像してみる。

 ぼんやりとしたままテレビをつけた。画面には色とりどりの短冊と笹、たくさんの星が映っている。

 今日は七夕だった。

 七夕と同時に母の命日でもある。だからあの日の夢を見たのかもしれない。

 今日は3人で素麺でも食べよう。3人とも苦手な素麺を、また皆で苦い顔をしながら笑って食べよう。


 家に帰る途中にスーパーに寄って買った素麺をさっと茹でて水で冷やし、お椀に移し氷をひとつ投げ込んだ。氷めがけて麺つゆを注いだ。氷がキラキラと光る、これは素麺を食べる時に僕が唯一好きな光景だった。

 3食分を用意して袋に詰め、この家からずっとまっすぐ進んだ先にある視界の開けた場所に向かった。

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