20 この翻訳スキルがすごい!


 薬草採集から帰ろうとした時、聞き覚えのある音が近付いてきた。


 見ると、鳥竜──二足歩行の羽毛に包まれた爬虫類系の獣──が荷車を引いている。


「おや、ひさしぶりですな、お若いの」


 転生したその日に出会ったご老人だった。


「その節はどうも、ご老人」


 フンフン、と、鳥竜が顔を寄せて臭いを嗅いで来た。


 俺の事こと、覚えててくれてるかな。


 とりあえず顎の下を軽くカリカリしてみたが、嫌がられてはいない。


「おっす、お前も元気そうで何より」



『ウンゲンキダヨー』



 ……。


 誰だ今の。


 周囲を見渡す。


『ニンゲンーアゴノシタカリカリモットー』


 目の前の鳥竜と目が合ったので、カリカリ、ワンモア。


『カリカリキモチイー』


 ……。


 …………。


 なるほど。


 女神様印の翻訳スキル、翻訳するのは人語に限らないのか。


 ……高性能だな!?


「これはこれは、この子がワシ以外に懐くとは珍しい」


「いやあ、大人しい良い子ですね」


 顎の下カリカリを継続しているが、鳥竜くんはもう夢中になっている。


 クルルルル、と満足そうに喉を鳴らし、眼を閉じかけてすらいる。


 これはいけない、ご老人の仕事の邪魔になる。


「ああ、これ以上、お仕事の邪魔をするのも申し訳ない。どうぞ、行ってください」


 カリカリの続きはまた今度な。


『エェー』


 鳥竜くんは不満そうにこっちを見るが、ご老人が手綱を握り直すと、しぶしぶ道の先へ顔を戻した。


「お若いの。もし良ければ、今度ワシの館に遊びに来てはいかがかな? この子も喜ぶじゃろう」


「いいのですか? ──その際はどこを尋ねれば」


「おお、これはワシとした事が。ワシの名はレーディン・フィルミナス。フィルミナス商会の隠居爺じゃ」


 フィルミナス商会。どこかで聞いた響きだ。


 っていうかやってしまった。


「こちらこそ失礼しました。わたしの名前はソウスケ・ミナト。つい先日銅級になった冒険者です」


 初対面の時、お世話になっておきながら名乗らなかったのはスゴイシツレイだった。


「おお、こんな短期間に銅級になられましたか。ワシの目もまだまだ捨てたものじゃない」


「──初心者の訓練が終わったら自動的に銅級になれると思っていましたが」


「それは条件の一つに過ぎませんな。いくつかある中で一番基本的な条件に過ぎなかったはず」


「なんと」


 そうすると、スライム狩りまくったり生活魔法を覚えたりしたのが評価されたのだろうか。


「まあ、それはそれとして。次にお会いできるのを楽しみにしておりますぞ。では」


「それでは。御老体、道中気を付けて」


「そちらも、お仕事は程々にしてくだされ」


 御老体が手綱を振ると、鳥竜くんが歩きだし、荷車は動き出した。


『マタネーニンゲンー』


 こちらを振り向いて一声鳴いたので、彼?にも手を振って見送った。


「さて」


 急ぎの仕事でもないし、次に集中力が切れたあたりで帰るとするか。


 ほんじゃまあ解析眼起動ー。



<しびれ草>



 ──うむ、珍種発見。


 どれどれ君はどんな草ですか、っと。



<しびれ草>

<品質:並>

 毒草の一種。

 食べると体が麻痺する。



 ふむふむ。


 毒と薬は紙一重。これは麻酔薬の原材料になるのかもしれないから確保しておくか。


 意外と面白いものが見つかるものだなあ。



 ◆ ◆ ◆



「ところで、フィルミナス商会ってどこかで聞き覚えがあるんですが」


 薬草収集クエストの納品を終え、受付さんとの雑談タイム。


 今日は雑談と言うより情報収集の趣が強いが。


「ミナトさん。この街の若き領主の名前をご存知ですか?」


「一度聞いた気がするけど忘れちゃいました」


 受付さんは呆れてため息ひとつ。


「エーディング・フィルミナス。フィルミナス、ですよ」


 なるほど、聞き覚えがあったわけだ。


 そこの御隠居が鳥竜くんの主か。


「あれ? フィルミナス商会って、この街で一番のお店じゃないですか?」


「そうですね」


「まずくないですか。領主と商人の兼任ってまずくないですか」


 税とかで商売敵を一方的にアレできるのでは。


「とは言いましても、この街をここまで大きくしたのはフィルミナス商会ですし」


「なんと!?」


 思った以上のやり手であった。


「それに、この国でも有数の公正な商人と評判みたいですよ?」


 公正な商人。なにそれ胡散臭い。


「うーん……ところで、そこの家のお屋敷っていうと、商業区の商会店舗ではなく、領主の館の方になるんですかね」


「でしょうね。領主様に何か用でも?」


「エーディング氏にではなく、そのお父上とちょっと面識があって。彼の鳥竜に気に入られたんで遊びに来いと」


 受付さんが目を丸くする。


「レーディン老と?」


「そうそう、そのレーディン氏。何を隠そう、初めてこの街に来た時は御老体の顔利きで門を通れたんですよ」


「ミナトさん、個性的な方々と縁がありますね」


「かもですねー」


 その個性的な方に受付さんも含まれてるのだろうか。


「その縁、大事にしてくださいね」


「はい、そうします」


 うん知ってる。コネは大事。



 ◆ ◆ ◆



『コノアタリハネーオニクヤサンガヤサシイ』


『ヒモノヤサンハネーイイニオイスルケドケチ』


「ほうほう」


『オニクヤサンネーステルクライナラヤルヨッテイツモイウノ』


『デモネーアマリワルクナッテナイノ』


「おおー優しい」


『ヤサシイヨネー』


『ネー』


 何をしているかというと、猫の集会に参加して猫達とお話をしているのである。


 女神様印の翻訳スキルの性能確認の真っ最中だ。


 鳥竜程度の大きさの生き物であれば、見かけた限り全ての生き物と会話できた。


 犬猫サイズの生き物については、今まさに確認中。


 あとはネズミ等の小動物と、声を発さない種類の生き物、より小型のクモやハチ等の昆虫も見付け次第試したい。


 しかし。


『ヒューマン、ツギハイツクルノー』


「最近忙しいし、まだわからないな」


『ソッカー、オミヤゲアリなら、イツデモカンゲイー』


『『『カンゲイー』』』


「現金なやつらめ」


『オイシイオミヤゲキタイー』


「考えとくよ」


 しかし、今の俺、知らない人が見たら不審者でしかない。


 もしもしポリスメン?みたいな。


 この世界での治安維持機構は衛兵か。ならスターップ!かな。


 それとも不審者ではなく狂人扱いか。どういう処理がされるのか、あまり想像したくない。


「さて、と」


 ネズミとの会話はどうするかな。こういった場合、下水に行くのが定番かな。


 下水に行くクエスト、何か発注されているだろうか。


 今日の所は虫でも探して、そっちを先に確認しようかな。


 こうなってみると、野外訓練の時、ゴブリンの言葉が翻訳できなかったのが気になる。


 何かこう、翻訳が成立する他の条件でもあるのだろうか。


 射程距離や好感度のような、より細かい条件が。


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