21 ポーションって自分でも作れるかな
「先生ー、ポーション作ってみたいんですが」
表情の変化に乏しいカノンさんの笑顔が見れただけで、今日は良い一日だったと言えよう。
ここは、魔術師ギルドの実験フロアの一室である。
褐色剣士さんとの交流の後、カノンさんは何か新たな道を見出したらしい。ずっとギルドの一室にひきこもって実験に夢中とのことで、連絡手段に乏しいこの世界でも会うのは難しくなかった。
「そうですかそうですかいいでしょういいでしょう信頼できる師を紹介しますよ」
テンションも高く早口モードだ。
足取りも軽く俺の手を取り部屋を出る。
あまりに自然な流れだったので受け入れちゃったけど、人目のある所で手を繋ぐというのは、こう、むずがゆい。
「いやー英断ですよミナトさんやはり時代は奇跡より魔術ですよね治癒の奇跡よりポーションですよね」
あっ。
機嫌が良い理由が何となくわかった。
これアレだ。
この前の打ち上げ会でカノンさんとアリアさんが、ポーションか治癒の奇跡かで張り合った件の続きだと思われてる。
俺がアリアさん(治癒の奇跡)ではなくカノンさん(ポーション作成)を選んだと思われてるぞ。
──薬草クエストの納品帰りで、孤児院より魔術師ギルドの方が近かったから、な ん と な く──とか言ったら血を見るな。
「ですよねー」
決して気取られてはならぬ。
◆ ◆ ◆
三角フラスコが描かれた扉を通ると、空気の味が明らかに変わった。
青臭い植物の臭いや、焼け焦げた何かの臭い、薬品の刺激臭などが混ざり合って感じられる。
うーむケミカル。いかにも、といった雰囲気だ。
「おばあちゃーん、例の少年を連れて来ましたよー」
一際臭いが強い部屋に入ると、カノンさんが何処ともなく声をかけた。
この部屋、臭いだけでなく視界も悪い。煙が目に染みる。
奥に進むにつれ、煙が濃くなっていく。
煙が一番濃い所に、その人は居た。
「おお、カノンか。良お来た、よおきた」
骨ばった細長い手指で、こちらへ、と手招いた。
もう片方の手には、長い煙管があり、そこから紫煙が立ち昇っている。
彫りの深い目鼻立ちで、特にその鼻は大きく、鳥の嘴にも似て長く鋭い。
見事に総白髪になった髪は乱れるにまかせている。
絵本の中から出て来たかのような、魔女の風格だった。
ラーウォック師といい、この魔女のおばあさんといい、カノンさんの知り合いは分かりやすくそれっぽい見た目をしているのだなあ。
「おばあちゃん、煙草は程々にして下さいとお願いしましたよね?」
「ふぁっふぁっ、そうだったかえ」
「いま煙管に入ってるの終わったら、今日の分はおしまいですからね」
「そこな少年ー、この年寄りを哀れと思って助けておくれ。この娘が意地悪するんじゃよー」
魔女のおばあさんが、こっちを見て言った。
その目に悪戯っぽい光が見える。
地球で日本人やってたころのご近所さん、年の割に悪戯好きで、何だかんだで愛されていた名物婆さんによく似てる。
「はいはい、おばあちゃん。カノンさんが体を気遣ってくれてるんだから、ちゃんと言うこと聞いてあげましょうねー」
「少年ー、お前もかー」
ブルータスお前もか。口調は絶望していても目の光は悪戯っぽいまま。
この御老体、俺のリアクションも含めて今を楽しんでいる。
「私もですよー。っていうか、気遣ってもらえてる内が華ですからねー?」
「少年のいぢわるー」
「その少年の名前はソウスケ・ミナトです。今後ともよろしく」
まずは軽く自己紹介。
「この年寄りはねえ、まあ、ケミアルで通っているよ。これからよろしくねえ、ソウスケちゃん」
ちゃん呼びかー。
いやまあ、自分の外見──肉体年齢と御老体の年齢の差からすると、そんなに不自然ではないのか。
「おばあちゃん、彼が例の──」
「ああ、ラーウォックのじじいも気にしてるっていう子だね。わかるよ、見ればわかる。面白い子だね」
御老体の目が、深く静かに、俺の何かを見通している。
「おばあちゃん、彼をどう見ますか」
「そうさねえ、見た所、混沌で満たされた小鍋、とでも言えばいいか」
「混沌と小鍋、ですか」
「ああ、少年、その通りさ。お前さんな、器の方はまだまだ小さいが、中身の方はどうしてなかなか。何でもあり何でもない、そんなもので渦巻いてるじゃあないか」
あれまあ。
鑑定系の呪文やスキルを受けた気配は無かったのだけれど、全属性適正あたりが見抜かれている?
「面白──興味深いですよね」
カノンさん今おもしろいとか言いかけませんでしたか。
「ああ、ああ。じじいやお前さんが気にかけるのもよくわかる。ちょっかい出して、つっついて、何が出てくるか試したくなるじゃあないか」
珍獣扱いかな。
「ところで御老体、本日はお願いがありまして」
「ふむ、何か珍しい薬をお探しかえ」
「いえ、ポーションの作り方を教えて欲しいのです」
老婆の笑みが消える。
眼光に鋭さが宿る。
心なしか、空気まで重くなってきた。
「ポーションの、使い方、とな」
声のトーンも低い。
「──はい」
が、この程度でひるんでいるようでは話が進まない。
「少年、ポーションの値段を知っているかい」
「はい」
「なら、この街のポーション流通はウチと領主との間で専売契約が結ばれているのは、知っているかい」
「はい」
カノンさんに、前もって教えられていた。
「では、お前さんが作ったポーションは、どうするね」
「魔術師ギルド──この部署で買い取ってもらえれば、と」
この方法も、カノンさんに聞いた。
魔術師ギルドの駆け出しは、そうやって日銭を稼ぐ事もある、とのこと。
「──」
「──」
見つめ合う二人。
先に視線を逸したら負けなやつかな?
「──ふはっ」
ケミアルお婆ちゃんが、真面目な表情を崩して吹き出した。
「はっはぁ。いやいや、試すような事を言って悪かったね、ソウスケちゃん」
「試すような。って事はよくわからないけど何かに合格ですか」
「合格ごうかく。値が張るものを扱うからね、通すべき筋をちゃんと心得てるか、そういうあたりが大事なのさ」
「そのあたりは、まあ、カノンさんにしっかり教わりました」
「良かよか。カノンもよく教えておいてくれた」
「やりました」
隣でカノンさんが胸の前で拳を握りしめた。
表情の動きは乏しいが、こういった所作とかで意外と分かりやすいひとだ。
「ソウスケちゃんや、お前さんには、しばらくの間ポーション作りを手伝ってもらうよ。やりながら教える、それでいいかね」
「お願いします、師匠」
「いい返事だねぇ。では、最初のお仕事だ」
お婆ちゃんは立ち上がり、隣の部屋の扉を開けた。
「雑に積んである薬草、これを整理してもらおうか」
「えーと」
パっと見、天井まである山みたいな印象なんですが。
「ま、ちょいとばかし量が多いが、コツコツいこうじゃあないか」
ちょいと、で済む量じゃないんですが。
「──とりあえず、始めますか」
やってる内に何とかなるかな。
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