18 野外訓練は終了しました


「そっちも出たか、ゴブリン」


 筋骨隆々で縦幅と横幅が同じくらいの教官殿が、珍しく声を張り上げず苦い顔をしている。


 自分達より先に、別の新人グループがゴブリン発見の報せを持って来ていたとのこと。


 教官殿の視線の先には、刃こぼれした両刃斧が。


 雑な手入れであることを考えると、ゴブリンが持っていた物と見て間違いないだろう。


「こっちは二体です。剣と鎧の体格が良いのが一体、槍と短剣のが一体」


 剥ぎ取ってきたゴブリン装備を、両刃斧の横に置く。


 教官殿の目が見開かれた。


「予備武器まで金属製だと? 最悪だ」


「ところで他の班は」


「何組か戻って来ない。先に戻った連中に呼びに行かせているが」


 あまりよろしくない風向きだ。


「では、俺達も手伝いますよ」


 もう訓練とか言ってられない。


「馬鹿言え、貴様らはまず休むのだ。よくやった。そして、報告ご苦労」


 そうは言うものの、教官殿が落ち着かない。


 あっちに行ったりこっちに行ったり。


 ────。


 檻の中の熊のようだ。前世で動物園に行った時のことを思い出す。


「そんなに教え子が気になるなら、教官殿、あなたが迎えに行けばいい」


 そう言ったのは、褐色肌の眼帯剣士さんだ。


 何の気紛れか、野営訓練にも引率として着いて来てくれたのだ。


 ちなみに、引率として他にカノンさんやアリアさんも居る。


 つまりはいつものメンバーが揃っていた。


「しかしですな」


 教官殿も、褐色さんには言葉遣いが丁寧だ。


「毎回、野営訓練の担当はあなたなのだろう? ならば、ここに居る者では一番の土地勘の持ち主だ。単独でも安全に動き回れるのでは」


「むう」


 切った張ったにしか興味が無いように見えた褐色さんだが、しかし、別人のように気を回している。


 誰だあんた。中身を入れ替えたか。


「あん?」


 こっちを見た。


 心を読まれたような気がするがきっと気のせいだ。と思いたい。


「……まあいい。教官殿、こっちの新人は俺が面倒を見るから、安心するといい」


「むむむ」


 悩みに悩む教官殿。


 だが、その悩みも長くは続かなかった。


「では、申し訳ないが、こやつ等をお願いします」


「ああ、任された。では急ぐがいい。時間との勝負だ」


「承知」


 教官殿は、跳ねるように駆け出した。


 藪をかき分ける音が、すごい勢いで遠ざかっていく。


 筋肉の塊のように見えたが、見た目とは裏腹にかなり身軽だ。


「では、我々も一休みしたら捜索に加わりますか」


 今後の予定を確認する。


「そうだな──いや、お前たちには別の事を手伝ってもらおう」


 褐色さんが指差す先には、自分達が持ってきた野営セットの山。


 ここに居ないチームの分も、全部揃っている。


「持って来た荷物から、重りの石だけ抜いておけ。彼等が戻ったらすぐ出発することになるだろう。」


「野営訓練は中止ですね」


「まあ、そうなるな。俺や教官殿だけならともかく、新兵を引き連れてゴブリンの潜む森で野営したくない」


「ところで、剥ぎ取った武具は持ち帰っていいですか、換金できると思うので」


 褐色さんは、大きくため息をついた。


「お前ってやつは、緊張感が無いなあ」


 あぶなっかしい奴、とぼやきながらも、お持ち帰りを止めはしなかった。



 ◆ ◆ ◆



 結果から言うと、犠牲者は出なかった。


 いくつかのグループがゴブリンに遭遇したものの、冒険者側の被害は軽傷が一名のみ。


 教官殿の話では、どのゴブリンも少数の偵察担当だった事が幸いした、とのこと。


 一方で、ゴブリン側は多くの仲間を失った。


 偵察が一度にまとめて消息を絶ったことで、ゴブリン側の警戒レベルが一気に上がった事が予想され、野営を続けるのは危険だという話になった。


 褐色さんの予想通り、野営は中止。


 帰り道は急ぎ足の強行軍となった。



「言うまでもないかもしれんが、貴様ら駆け出しは、当分の間あの森には近付くなよ」


 解散の号令前、教官殿は俺達に釘を刺す事を忘れなかった。



 ◆ ◆ ◆



「本日をもって!! 貴様らは初心者を卒業する!!」


 冒険者ギルドの訓練場に、教官殿の声が響き渡る。


 野営(未遂)訓練の翌日。ギルド内はかつてない熱気に満ちていた。


 卒業式の後ろで多くの人々が忙しく動いているのだ。


「貴様らの多くは冒険に向かう!! ある者は二度と帰らない!!」


 どこかで聞いたような言い回しだなー、と思いながら拝聴する。


 どこで聞いたのだったか。



 訓辞の最後に、と、教官殿が言った


「我々が入ったあの森は!! これから戦場になる!!」


 ゴブリン退治か。


「激しい戦いになるだろう!! 戦いに参加するには鉄級以上の資格が必要となる!! 貴様らは今日から銅級である!! ひとつ位が上がれば鉄級だ!! いずれ戦場で会おう!!」


 今回の件はお前らにはまだ早い。ということだろうか。


 それとも、人手は多いほうが良いからさっさと昇級しろ。ということだろうか。


 両方かな。


 さて、俺はといえば、どうしたものかな。



 ◆ ◆ ◆



「訓練終了おめでとうございます。これ、新しい冒険者証です」


 冒険者ギルドでいつもの受付さんが言った。


 差し出された物は、紐が通された真新しい銅の名札だ。


 小さな銅板の表には俺の名前と冒険者ギルドの印が、裏には何やら通し番号らしき数字が彫り込まれている。


「今日からミナトさんは銅級の冒険者になります。まず、冒険者証の印に血を一滴お願います」


 手渡された針で左手の指先を軽く突き、印に押し付ける。


 フォン、と音が鳴り、印が虹色に光った。


「はい、ありがとうございます。これでその冒険者証はあなたの魔力だけで発光するようになりました。ギルドのある街ならほとんど何処でも無料で通行できますよ」


「へえー」


 指紋とかDNA認証みたいな信頼性の高い本人確認システムなのか。


「ほんのわずかに魔力を込めるだけで発光するので、魔法使いでなくても安心です──が、ミナトさんは」


 適正が多目な事は初めて会った時に知られていたよね。


「ですねー。まだ駆け出しですが、それなりに」


 指先に『着火』で火を付けてみせる。


 こういう手品めいたことだけ上達すると、カノン先生の小言が増えるのだが、それはそれ。


「そういえば、水を浄化する奇跡も使って見せたとか。酒場での騒ぎ、噂になってますよ」


 やはり噂に。とはいえ、あれは絶好の練習のチャンスだったしなあ。


「多重属性使いとして名を売るつもりなら、魔術師ギルドに紹介する所ですが、そちらも」


「すでに伝手があるんですよね」


 カノン先生さまさまである。


「ですよね。こちらとしては、なんとも使われ甲斐の無いお客様です」


「いえいえ、頼りにしてますのでこれからもよろしくお願いします」


「はいはい。──そう、もう一つ、これを忘れてはいけない大事なお知らせが」


「?」


「冒険者証を各街のギルドに持っていく事で、どの街でもお金の出し入れが出来るようになります」


 便利機能きた!


「おお、便利ですね」


「────。今の説明だけで分かりましたか?」


「ギルドの窓口に行けば、冒険者証の中にお金を入れることができるし別の街でも取り出せる。みたいなことですよね? 重い大金を持ち歩かなくて済むし、盗まれる心配も無い、と」


 高額の報酬を窓口に積み上げられて、不心得者に目を付けられるようなことも


 冒険者証がクレジットカードの機能を持っているのは助かる。本人確認の機能も最初から付いているから合理的。


「その通りです。馴染みのない機能と思いますが、理解が早くて助かります」


 この世界にはまだ、銀行が存在していないのか。


「ギルド以外でも、大きな商店や一流所の宿屋等の支払いの時に利用可能な所がありますので、近い内にお世話になる事もあるでしょう」


 近い内にもっと稼ぐようになる、と期待されているのかも。


 そういえば、明日から何して稼ごうか。


 せっかく相談相手が目の前に居るんだし、話を聞いてもらおうかな。


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