17 ある日 森の中 ゴブさんに 出会った


 地獄のような初心者訓練も、残す所は二日となった。



 もうすぐヒヨコを卒業する一同は、訓練の仕上げとして街の近くの森に来ている。


 キャンプを含めた実地訓練を行うためだ。


 道無き道の歩き方や休み方、採集クエストに必須の動植物の見分け方、獲物の探し方や追いかけ方。そういった技術は、やはり実際に体験するのが一番良い訓練になる……とのこと。


「ここを野営地とする!!」


 筋骨隆々で縦幅と横幅が同じくらいの教官殿が宣言した。


「「「サーイエッサー!!」」」


 訓練生が一斉に息をつき、背負った荷物を下ろした。


 ガチャリ、と詰め込まれた石が音を立てる。


 石。


 そう、重い荷物を背負う苦行は今も続いているのだ。



『いいかカトンボ共!! 野宿においては!! いかに荷物を減らせるかも重要である!!』


『サーイエッサー!!』


『良く選び抜いた愚図共!! 褒美に石を追加してやろう!!』


『サーありがとうございますサー!!』



 こんな具合に。


「荷物を下ろしたら三人一組で食料の確保だ!! 今日の晩と明日の朝いいもの食いたければ頑張る事!!」


「「「サーイエッサー!!」」」


「なお!! この森にはゴブリンの生息が確認されている!! 死にたくなければ周囲に常に気を配れ!!」


「「「アイアイサー!!」」」


 出るのか、ゴブリン。


 殺れるのかな、ゴブリン。



 ◆ ◆ ◆



「いたな、ゴブリン」


「いるねえ、ゴブリン」


 自分達が先に相手を見つけられたのは、単にゴブリンが間抜けだったからである。


 ハッキリそれとわかる獣道を、お喋りしながら歩いて来たのだ。


 お喋り。


 そう、一度に複数の出現である。


(弓手さん、どうします)


(斥候さん、どうしようか)


 目の前で仲間が相談している。


 弓手や斥候というのは、訓練中に教官殿に見出された適正にちなんでいる。


 得物は、弓手さんが弓、斥候さんが鉈。それぞれをギルドから貸し出されている。


 ちなみに俺は、


『貴様は……自前の装備で問題ないだろう』


 と言われ、お情けとばかりに剥ぎ取り用の短剣を渡された。


 よく手入れされた品ではあるが、ちょっと納得いかない。


(森の外縁部にまでゴブリンが出るとは思わなかったね)


 そう言うと、二人とも頷いてくれた。


(下手すると森から出て旅人を襲うかもしれない)


(では)


(ああ)


(狩ろう)


(狩ろう)


 そういう事になった。



 ◆ ◆ ◆



 弓手さんと俺の二名と斥候さんの一名に分かれ、二体のゴブリンを挟み撃ちにする。


 それが、三人で立てた作戦だ。


 弓手さんは狙撃に自信が無さそうだったが、そこは森の中。隠れ場所が多い事を利用し、十分近くに来るまで待ち伏せをすることにした。



 ────。



「ギェッ!?」


 第一射は命中。


 槍を持ったゴブリンの肩に深々と矢が刺さり、片腕を封じた。幸先が良い。


 もう一体、体格の良い方のゴブリンは周囲を見渡すと、


「ギギィ!」


 第二射を準備している弓手を、手にした剣で指し示す。


 弓手さんが見つかる所までは予定通り。わざと見つけてもらった。


 無傷なゴブリン(大)が先行して突っ込んでくる。


 弓手さんの第二射は、顔を庇ったゴブリンの手甲に弾かれた。惜しい。


 ゴブリン(大)が勝利を確信したのか、顔を歪める。


 そこで俺の出番だ。


「こんにちはー!」


 藪の中から飛び出し、一人と一匹の間の壁となる。


 ゴブリン(大)は一瞬怯んだように見えたが、突撃の勢いはそのままだ。


「せいっ!」


 横殴りに小剣を振るうも、あと少しのところで防がれた。


 手応えが想像より重い。人間より二回りは小さい体格だが、筋肉の質が違うのだろうか。


 ゴブリン(大)と睨み合う。


 思ったより、手強い。


 これが実戦か。


 そうこうしている内に、ゴブリン(小)が槍を捨て、腰の短剣に持ち替えて走って来る。


 予備の武器まで持っているのは、完全に計算外。


 今までのやりとりの間に弓手さんは第三射を準備できたが、まだ油断ならない。


 ゴブリン(大)は後ろに駆け寄る仲間の足音を聞いて有利を確信したのか、ゆっくりと間合いを詰めて来た。


 ニ対ニでも、へっぽこ相手ならまだ有利、とか思っているのだろうなあ。


 うん、自分でも攻撃が完全に防がれるとか思ってなかったからね、まあ、うん。


 大きく息を吸い込む。



「ウオオオオオオオ!!」



 俺は、全力で吠えた。


 自らを鼓舞するため?


 それもある。


 ゴブリン達の弓手さんへの注意を自分に引き付けるため?


 それもある。


 でも、本命は。


「!?」


 側面から突っ込んでくる斥候さんの気配を誤魔化すためだ。


 重く鋭い鉈。両手持ち。突進の勢い。


 ゴブリン(小)の首が飛んだ。


 俺の大声に気を取られていなければ、そして、両腕が使えていれば、防げたかもしれない。


 だが、そうはならなかった。


 そうさせないための待ち伏せと誘導だ。


 これで三体一。



 そこから先は、言うまでもなく圧勝だった。


 トドメは、俺が刺した。



 ◆ ◆ ◆



「しかしゴブ、良いもの持ってるなー」


 討伐確認用に切り取った耳を布袋に放り込みつつ、二体の死体を眺める。


「そうだな、槍ゴブがナイフまで持ってるとか、完全に予想外」


「大ゴブも革鎧着てるし、武器は鉄製だし」


 斥候さんも周囲を警戒しつつ、相槌を打つ。


「偵察を二匹一組にしたのもそうだが、何か色々、悪い予感がしないか」


 ゴブリン(大)の死体から鎧を脱がせている弓手さんの表情も暗い


 偵察に何かあっても、二体のうちどちらかが逃げ帰れば良い。


 そういう考えは、単なる猿山のボスにはできない発想だ。


「そうだな、どうしようか」


「弓手さん、食料は確保できてる?」


「ああ、多くはないが、携帯食と合わせれば十分だろう」


 三人でお互いの顔を見る。


「「「戻るか」」」


 満場一致だった。


「その前に死体埋めとこう」


 念には念を入れて、ね。


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