16 訓練終わって日が暮れて


「「「「乾杯!」」」」


 初心者訓練の一日目がこうして終わった。


 打ち上げメンバーは以下の通り。


 食事と酒を約束した褐色剣士の教官殿。


 訓練の途中からほぼ専属の形で治療してくれた孤児院のアリアさん。


 訓練終了間際に様子を見に来たカノンさん。


 そして俺。


「メシだメシー!」


 褐色さんは上機嫌で酒を飲んでいる。最初からペースが早い。


「まずは一日目……お疲れ様でした」


 アリアさんは店で一番安いメニューを頼んだ。奢りということで遠慮しているのだろうか。


「地獄と噂の初心者訓練、よく生き残りました」


 カノンさんは味が濃いものや刺激の強いものを色々と注文している。酒も強いものを飲んでいるようだ。


 いや、ちょっと待って、今、地獄とか言わなかった?


「うっすうっす、おつかれーっす」


 かくいう俺は、酒を頼もうとして皆に止められたし店員にも断られた。中身はともかく外見は十代前半だと、異世界基準でも酒が飲めないらしい。


 まあいいか。この店は飯が美味いから問題ないのだ。


「そうかそうか(ゴッキュゴッキュ)少年は魔法もいけるクチなのか」


「うん、優秀」


「初歩の奇跡も扱えますよ」


「マジかすげぇな!(グビグビ)俺の目も捨てたもんじゃなかったか」


 眼帯──片目の剣士が言うとちょっと洒落にならないが、他の二人は笑って流している。こころがつよい。


「そういえばミナトさま……昨日の今日ではありますが……『照明イルミネイション』の方の習熟はどうでしょう」


「俺も見たい。光の女神の奇跡ってやつだろ?(ゴクゴク)周りは火属性魔法で照明確保する奴らばかりだし(コクッ)気になるね」


 ふむ。見世物でお金取れるかな。


 見世物はともかく、物は試し。


「じゃあいきますねー。『照明イルミネイション』っと」


 アリアさんが目を丸くして口に手を当てている。


 詠唱の省略はまずかったか。


 横着すると余計なトラブルを呼び込むかもしれない。自重せねば。


「おお~」


 見ると、『照明』は無事に成功していた。


 というか。


「安定──している?」


 俺の呟きに、褐色さんが満足そうに頷いた。


「そうだろうよ(ゴクリ)お前に教えた気の制御法は(ンクッ)つまりは魔力の制御法だからな、魔法の出力も安定するって事だ(フィ~)キッチリ仕込んだ成果が出たって事だな」


「その話興味があります制御法とは具体的にどうやるのですか」


 魔力の制御法、という部分にカノンさんが食い付いた。話すスピードが一段階アップしている。


「お嬢さんは魔法使いか(クイッ)そっちにはそっちなりのやり方があるんじゃないのか?」


「確かに独自の手法はありますしかし他の分野により優れた技術が埋もれている可能性を無視できません」


「真面目だねぇ(ップハァ~)まあ、教えてもいいけど、どうするかなあ」


「私も明日から初心者訓練を受けるというのは」


 褐色さんが吹き出した。


 気のせいか、周囲のテーブルでも酒を吹いている人が何人かいるようだ。


「お嬢さんが? 『蒼炎』が? こりゃ面白い冗談だ」


 カノンさんは『蒼炎』と呼ばれてるらしい。由来は髪の毛の色とかかな。


「私は真面目ですよ」


「お嬢さんはどう考えても教える側だろうよ(クイッ)魔法の教官は居ないみたいだし(ククイッ)せっかくだから一緒にヒヨッコ共の生存率を向上させようぜ」


「素質が無いと生活魔法の習得がやっとだと思いますが」


「それでも、あると無いとでは明らかに違うさ。一杯の水、一晩の焚き火、そういったものが生死を分ける」


「その通りですね。しかし、教える側に立つということは、私が教わる時間が無さそうですが」


「大丈夫だいじょうぶ(クピ)初心者連中の体力をひたすら搾り取る時間がある(クピクピ)その時はお互い暇だから」


「なるほど。では、そういう事で」


「そういう事で」


 褐色の剣士さんとカノンさんは、改めて乾杯した。


 よくわからないが、何か通じるものがあったようだ。


 異業種交流って難しいらしいけど、どうやら上手くいっているようで何より。


「ミナトさま……『照明』が安定するようになったので……今この場で次の奇跡を習いませんか……?」


 おずおずとアリアさんが提案してきた。


 意外な申し出だ。


「いいのですかアリアさん、このような場で」


 ものを教えるような場所ではないと思うのだけれど。


「このような場だからこそ良いのですよ……店員さん……果汁ジュースをふたつ下さい」


 アリアさんの前に、コップが一つ。


 俺の前にも、コップが一つ。


 それぞれ、中に果物の絞り汁が入っている。


 アリアさんが果汁を一口、唇を湿らせる。


「では、シンボルをご用意ください……『光の女神の名において』『我この水を清めん』『浄水ピュリファイ・ウォーター』」


 コップにシンボルが触れると、中身だけが仄かに光った。『照明』の時のように光は持続しない。


 アリアさんがコップの中身を一口含むと、満足そうに頷いた。


「さあ……次はミナトさまの番ですよ」


 視線が俺に集中する。


 褐色さんとカノンさんの視線はともかく、店のあちこちから視線が飛んでくる。


 正直、すごくやりづらい。


 緊張する。


 落ち着くために、コップの中身を一口。柑橘類の味がする。


「では──光の女神の名において、我この水を清めん。『浄水ピュリファイ・ウォーター』」


 シンボルでコップに触れると、中身の果汁だけがうっすらと光り──無色透明になった。


「うおっ!?」


 思わず声も出るというもの。


 おそるおそる、一口飲んでみる。


 真水の味しかしない。


「水になってる」


 パチパチ、とアリアさんが拍手している。


 店のあちこちからも、まばらに拍手が。


「お見事です……ミナトさまは本当に優秀なお弟子さんですね……」


「えっ、こいつ最初の一回で成功してやがるの? マジかオイ、俺のもちょいとやってみてくれ」


 褐色さんが酒の入ったコップを差し出して来た。


「いいですよー。光の女神の名において、我この水を清めん。『浄水』」


 酒が光って、水になった。


「どれどれ──酒が水だコレー! すげえ!」


「汚れた水を飲めるようにする……のが本来の使い方ですが……慣れない内は味付きの飲み物で十分に練習してくださいね……」


「しかしアリアさんよ、これ生活魔法の水出すやつの方が便利じゃねーの?」


「そうでもありませんよ……生活魔法はコップ一杯の水でそれなりに疲労しますが……『浄水』であれば樽一杯の水でもさほど疲れないのです」


「おう、すると魔力効率が段違いなんだな、なるほどなるほど」


 次の遠出の時は考慮しよう、と褐色さんは呟いた。


 小銭を持った酔っぱらいが俺の周りに集まりつつあった。


「おうボウズ、俺の酒もその手品でいっちょ水に変えてみてくれんか」


 そういうことである。


 酒を水に変えるとお代がもったいないし酔いは醒めるだろうしで、いいのかな。


 そういう判断力の低下まで含めての酔っぱらいか。


「神の御業です……手品じゃありません……」


 アリアさんはすっかり困り顔だ。


「はいはい、では一列に並んで下さーい、じゃんじゃん酒を水にしちゃいますよー。あ、お酒は自分で注文して下さいねー」


 習いたての『浄水』である。手応えを忘れない内に自分のものにしなければね。


 決して小遣い稼ぎをしたいわけじゃないよ。


 本当だよ。



 ◆ ◆ ◆



 日もすっかり暮れた道を、打ち上げメンバーで歩いている。


 アリアさんが一人で孤児院に帰るのはいささか物騒だろう、という話になったのである。


「今日はありがとうございます……色々と頂いてしまって……」


 アリアさんはしきりに恐縮している。


 酒場で『浄水』祭りをした結果、そこそこの小銭を稼いだのだが、それを全部孤児院への寄付にしたのだった。


「いえいえ、これも授業料って事で」


 生活魔法の『水作成』と今回教わった『浄水』を使い分ける事で、サバイバル環境下における生存率は飛躍的に高まる。


 目指す所はスローライフ。とはいえ、いざという時の備えは必要だろう。


「それに、酒場の主人からもいくらかお小遣いをもらったので損はしていません」


 調子に乗って酒を水に変えていたら、飲み足りなくなった酔っぱらいがいつもより多く酒を注文したので、お店としてはかなり儲かった。というわけだ。


「少年はなー、お人好しが過ぎるんじゃないか? かと思ったら疑い深い所もあるし、よくわからんな」


 褐色さんがぼやく。それなりに酔っているようだが、歩みに乱れは無い。達人か。


「同意します。価値観が独特ですね」


 一方のカノンさんは、顔色はいつも通りでも足取りが危なっかしい。いつ転ぶかハラハラする。


「ミナトさまは……良い方だと思いますよ……不思議な方とも思いますが……」


 アリアさんのフォローはどこかたよりない。


「うーん。まあ、いいか」


 夕飯の時間は楽しかったから、まあ、いいか。



 明日の訓練は、もうちょっと楽になるといいな。


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