15 褐色剣士さんがドSでこの先生きのこれるのか


 褐色の剣士さんが、野性的な笑みで言った。


「さて、少年。俺は今からお前を殺そうと思う」


「ノーサンキューですマム!」


 反射的に声が出た。


 この人、辻切りかよ。


 あと、女性だけど一人称が“俺”なんだ。


「まあまあ、つれない事を言うな。殺すとは言葉のアヤだ」


「そうなんですか、よかった」


 ほんとうによかった。


「運が悪ければ手足が一、二本が欠ける程度だ」


 前言撤回。


「やっぱノーサンキューですマム!」


 褐色さんはまだ剣を抜いていない。


 が、嫌な予感がした。


 解析眼を魔力視モードでフル稼働する。


 あからさまに殺気めいた魔力が、褐色さんの右手から剣の柄に、剣の柄から、


 俺の首に!


「!?」


 倒れるように地面を転がると、一瞬前まで首があった所を何かが一閃した。


 直後の褐色さんの構えと風圧からすると、どうやら彼女の剣が居合めいて振るわれたらしい。


 動作は全く見えなかった。


 魔力で予兆を見る、スライム狩りの経験が無ければ今頃は首なしになってた。


 今度は縦一文字に魔力の軌跡が発生する。


 転がる勢いを殺さず、今度は後方へ跳ぶように方向転換する。


 一瞬後にまた一閃。


 魔力の軌跡の予告通りに縦一文字に剣が振るわれたようだが、やはり剣撃そのものは見えない。


 残りの体力が今度こそゼロになりそうだ。


 後一回しのげるかどうか。


 魔力の軌跡を見逃さないように全力で集中する。


 が、それ以上の追撃は無かった。


「──?」


 相変わらず、褐色さんは笑っている。


 笑みが濃くなっているような気がする。


 オモチャを見つけた子供みたいな、獲物を捉えた猫みたいに笑っている。


 すっげぇ怖い。帰りたい。


「ふふ、ふふふ、ふふふふふ」


 楽しそうで何よりです。帰っていいですか。


「少年。お前、どこまで見えている」


「ッ!?」


 見抜かれた?


 たった二回打ち込んだだけで?


「何のことやら、言ってる意味がよく」


「ふむ」


 褐色さんは顎に手を当てたまま。


 しかし、魔力の軌跡がまた首元に伸びて来た。


 思わず一歩下がる。


 攻撃は飛んでこない。


「それそれ。何と言えばいいか。殺気とか、波動とか、普通は目に見えないものを見たり感じたりしてるだろ、少年」


 色々と試されていた。


「ええ、まあ、調子が良い時はけっこう見えますよ、ええと、教官?殿」


 バレては仕方ない。腹芸とか演技は苦手だ。


「私の事は──まあ教官でいい。それよりも今のこれ、お前も使ってみたくはないか?」


 高速の剣技のことだろうか。


 確かに視認できない速度の攻撃はそれだけで必殺と呼べるだろうけど。


「どんなに早くても読まれてはしまうのでは、獣狩りにしか使えないのでは」


 言いながら、喉元に突きつけられた剣に気付いた。


 何時の間に。


 予兆めいた魔力の軌跡は、微塵も見えなかったのに。


「いい答えだ。そして、言い方を変えよう。読まれない方法を知りたくはないか?」


 褐色さんは笑う。


 ほんと怖い。なにこれ。


「知りたくないと言えば嘘になります教官殿。しかし、その手の高等技術はもっとベテランの冒険者に教えるべきなのでは?」


 好奇心と恐怖心が葛藤している。


 聞くとさらなる地獄へ転がり落ちるのではコレ。


「実際そうしたい所なんだがな、これ、見えたり感知したりできる者の数が少なくてな。選り好みしてもいられんのだ」


「そうなのでありますか」


「面倒なことに、な」


 探知系の魔法もあるし、この手の直感できるスキル持ちも探せばすぐ見つかりそうなものだけど。


 それとも、みんな上手く隠しているだけなのか。


 もしかしたら下手を打ったのが俺だけという可能性もあるのか。


 なんという間抜け。


「教えていただけるとして、教官殿に何か得があるのでしょうか」


「うん? 初心者の生存率を上げるための訓練してるんだろ? ちょいとばかり見込みがあるから、ちょいとばかり特別に訓練するだけさ」


「ギルドとしてはそうでしょう。しかしながら、教官殿個人の技を教えるのに見合った利益はどこに?」


「疑い深いな少年。冒険者としては望ましい資質ではあるが、その年でその対応は正直どうかと思うぞ」


 申し訳ない。魂の年齢はアラフォーなので、そこそこ擦れてしまっているのです。


「なんというか、すいません」


「まあいいか。それで、俺の得か。そうだな、俺の得なー。特別授業料として、今日の晩飯はお前の奢り、というのはどうだ」


 特殊スキルの伝授にかかる費用としては格安なのでは。


「わかりました、そういうことでお願いします。何なら酒も付けますよ」


「おっ、わかってるじゃないか、いいよーそういうの」


「では、お願いします」


 訓練用の剣を、両手で握り、構える。


 褐色さんも、ゆっくりと剣を抜いた。



 ◆ ◆ ◆



「では、始めよう」


 褐色さんの笑みが消え、雰囲気が一気に張り詰めた。


 張り詰めたのは雰囲気だけではない。全身をぼんやりと巡っていた魔力の流れが勢いよく回転し始めた。


「魔法使い共が魔力と呼ばれるそれな、俺達の流派ではオーラと呼んでいるんだ」


 気ですとな。オーラですとな。


 とりあえず、見よう見まねで、自分の体内でも同じように魔力を回してみる。


 精密さは段違いではあるが、とりあえず猿真似のさらに真似、程度には再現できた。


「おっ、いいぞいいぞ、その調子だ。やはり筋が良い」


 褐色さんは頷くと、さらに強く力を回転する。


「普段流れてる血と一緒に魔力を流すイメージで、少しずつ速度を上げていけ。ある程度維持できるようになると」


 何気なく踏みしめた褐色さんの足元が陥没した。


「こんな具合に、肉体が強化される。攻撃力だけでなく防御力も上がる。ほれ」


 小石を蹴り飛ばしてきた。


 避けきれずに額に直撃するも、あまり痛くはない。小石の方は粉々に砕ける勢いだったのに。


「そんな具合に、素人でもちょっとした鎧兜程度の防御力が得られるわけだ」


「いきなり何やってんですか! 怪我したらどうするつもりだったんですかー!?」


 さすがに抗議したい。


「怪我しないと思ったからこそ仕掛けたんだよ、少年。それに、この訓練は医療班が常駐してるだろ」


 そういえば、訓練場の周囲にそれらしき人が何人か見かける。


 孤児院のアリアさんも見かけたが、冒険者ギルドに何の用だろう、とも思ったら。


 彼女も医療班の一員か。


「しかしこれ難しいですね」


 自転車だと思って乗ろうとしたら、一輪車に乗っていたような難しさがある。


 ちなみに、一輪車はちゃんと乗れないんだよね俺。


「いやいや、初めてでそれなら上出来だよ少年」


 褐色さんが左腕を掲げる。


 見る間に、その左腕に全身のオーラが集中する。


「循環させた気を一箇所に集中すると、攻撃力も防御力も跳ね上がる。ただし、集中した箇所意外は弱くなる」


 拙いながらも何とか真似する。


 うん。腕に力が漲ってくる。


 褐色さんが剣撃一閃。


 俺の腕を斬ろうとした剣が逆に折れた。


 何してくれやがるんだ!?


「何してくれやがるんですかー!?」


「こんな具合に、何も込めてない剣程度なら無傷で済む、というわけだ」


 あっ、ホントだ。


「確かに、傷一つない」


「こういうのは話で効くより実際に体験するのが手っ取り早いよ」


「だからって万が一があったらどうするんですか……」


「腕一本くらいなら、すぐに処置すれば間に合うさ。その程度の術士が控えている」


 すげえな冒険者の初心者訓練。


「だから安心して怪我してくれていいぞ」


 褐色さんが獰猛に笑った。


 嫌な予感がする。


「これから俺は少年を斬る。斬る場所は予告するから、気を集めて防御しな。遅いと斬られる。防御が甘くても斬られる。まあ、その、何だ。必死で頑張れ」


「 ヒ ェ ー 」


 必死で頑張った。


 何度かアリアさんのお世話になった。


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