14 体力が尽きてからが本当の勝負


 初心者訓練は地獄だぜぇーフゥハハァー。


「オラオラ走れヒヨッコ共! チンタラ歩いてんじゃねーぞ!」


 石の詰まった背負い袋が、ガッチャガッチャと音を立てる。


 石の尖った部分が背中に食い込んで痛い。


 しんどい。


 初日から弱音が脳内を駆け巡る。


「声出せ山盛りモヤシ共ー! ××××の××××は×××××ー!!」


「「「「××××の××××は×××××ー!」」」」


 卑猥な単語で構成された訓練歌が響き渡る。


 さすが異世界、初心者の中には女性も居るのに容赦無い。


 これが真の男女平等か。


 まあ卑猥な単語のチョイスがバラエティ豊かなので男性向け単語と女性向け単語の両方が混在しているわけだが。


「△△△と△△△が△△△△△ー!!」


「「「「△△△と△△△が△△△△△ー!」」」」


 周りを見ると、石を背負った初心者一同はみなゲッソリした顔をしている。


 歩いているだけでマシな方で、訓練場の隅で倒れてる人や、胃袋の中身を地面に広げてる人も多い。


 そんな中、何故か教官殿の集中攻撃を受けている俺。


 石の量が一番多いのも俺。


 解せぬ。


「××××の××××は×××××ー!!」


「「「××××の××××は×××××ー!」」」


 前世ではインドア系だった我が肉体は、この世界に来た時に土台から強化されていた。


 少なくとも、初心者レベルの体力以上のスペックを備えている。


 そのせいでこうして集中攻撃されているんだけどな!?


「オラもっと気合入れて走れ糞山の頂点の糞! 糞の中では最も見込みがある糞よ!!」


 筋骨隆々で縦幅と横幅が同じくらいの教官殿は楽しそうだ。


 初心者平均の倍の重さの石を背負える者が存在する事がよほど嬉しいらしい。


 ここまでの量になると、重さどうこうよりバランスを崩さないようにする方が大変だ。


 転んだら二度と起き上がれない。


 下手したら大量の石の下になって大怪我したり死んだりする。


 これはひどい。


「これはひどい」


 思わず口に出る。


「ああん!? 何か言ったか汚物オブ汚物!!」


 しまった聞かれてた。


「サー何も言っておりませんサー!」


「まだ無駄口を叩く余裕があるか腐った卵! 気に入った! 石を増やしてやろう!」


「サーありがとうございますサー!」


 おおう。


 そろそろ勘弁して欲しいが、疲れたフリしてもすぐバレるのである。


 故に本当に体力を枯渇させる必要があるのだが、神様印のこの肉体はそうそう限界は訪れない。


 困った。


 一方で、これは自分の限界を知る絶好のチャンスだ。


 何しろ、自分が(これが限界でいいかな?)と思った先の、限界の限界、真の限界を知ることができるのだから。


 それはきっと、紙一重で生死を分ける状況で、生きる側に居るための役に立つ。


「いいぞ不細工ゴーレム! 貴様は馬鹿だが体力馬鹿でもある! どんな塵芥でも一つくらいは取り柄があるものだな!」


 不細工ゴーレム。


 石の袋を盛られ過ぎて、俺はもう人間の輪郭をしていない。


 石っぽい音を立ててゆっくり移動する何かだ。


 スタミナはともかく、筋力の方はこのあたりが限界のようだ。


 何キロぐらい石背負ってるのかな俺。


 キロっていうかトンに届いてないかコレ。


 青い顔でリバースしていた人と目が合うと、向こうが一瞬で視線を逸らした。


 まるで化物を見るようだった。


 失敬な。


 俺ぐらい石を盛られている者はまだ居るはずだ。


 そう思って見渡すも、その希望は儚く消えた。


 初心者の中で一番体格が良い人でも自分の八割しか背負ってないし、そもそもまともに歩けていない。


 うむ、初心者体力部門トップランカーの座はいただきだ。


「××××の××××は×××××ー!!」


「「××××の××××は×××××ー!」」


「△△△と△△△が△△△△△ー!!」


「「△△△と△△△が△△△△△ー!」」


「お前によし!! 俺によし!! 皆によし!!」


「「お前によし! 俺によし! 皆によし!」」



 結局、体力の限界が訪れたのは、最後に残ったもう一人とほぼ同時だった。



 ◆ ◆ ◆



「これより武器を使った訓練を行う!!」


 ひどい。


「これは貴様らへの最大級の慈悲である!! 限界まで追い詰められた時!! いかに戦うか!! いかに己が戦えるのか!! それを骨の髄に叩き込んでやる!!」


 あ、一理ある。


 スパルタの槍の人も言ってた気がする。


 バッドコンディションとの付き合い方だとか、乳酸との付き合いだとか、そんな事を言ってた気がする。


 大事なことはみんなソシャゲから教わった。


「さあ立ち上がれ武器を取れ!! 生まれたての子鹿ども!!」


 言い得て妙。


 酷使された肉体は持ち主の言うことを聞かず、力なく痙攣している。


 立つのでようやく精一杯。


「武器を構えろ死に損ないの年寄りども!! 貴様らが持っているそれは体重を預ける杖ではないぞ!! 命を預ける相棒だ!!」


 幸い、握力だけはまだ残っている。


 が、腕以外に鉄製の剣の重みが響く。


「剣をふりかざせ!! 素振り千回!! はじめッ!!」


 回数が多い!


 何でこんなことしてるんだろう。


 異世界ではスローにライフするはずだったのに。


 楽するために苦労しなければならないのか。


 ままならない。


 それはそれとして、素振りは一回一回しっかり行う。


 そんな俺を面白そうに見る人が。


 褐色の肌、癖のある長髪、眼帯をした女性だ。


 軽装ではあるが鎧を纏い、帯剣している。


 冒険者ギルドの職員、だろうか。なんとなく違う気もする。


「教官、コレは一体何者だ?」


 コレと呼ばれた俺を示す褐色さんを見て、教官殿の背筋が伸びる。


「!? はい! コレは今回一番見込みのある有象無象であります!! 体力面のみにおいてですが!!」


 褐色さんは顔が知れている上に、何やら一目置かれているらしい。


「そうだろう、そうだろう。いっちょ揉んでやるから、お前さんは他の新人を引き続きしごけ」


「承知しましたッ!!」


 そうして彼女はこちらに向き直ると、


「さて、少しばかり遊ぼうか、少年」


 猛々しく笑った。


 野生の獣めいた笑みだった。


 何このひとこわい。


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