10 初心者向け訓練に申し込もう
「初心者向け訓練ですか、やってますよ」
いつもの受付のお姉さんは、そう言いながらも、俺の後ろを気にしている。
視線の先には、カノンさんが居た。
「やってますか、よかったよかった」
カノンさんは有名人なのかな。
魔法の腕前は確かなので、ギルドでも一目置かれてる存在だとしても不思議はない。
「訓練の課程は1日単位で更新していきますので、今受け付けて明日から始められます。なるべくまとめて訓練を受けた方が良いかと」
ふと見渡すと、ギルドの建物内にいる人のほとんどが、こちらを気にしているように感じる。
こちら、というか、この場合はカノンさんを気にしているのだろう。
「わかりました。それではさっそく明日から参加したいと思います」
視線を気にしすぎてもどうか思うので、なるべくいつも通りでいこうかな。
「それではこちらの申込書にサインをお願いします」
受付さんが差し出してきたのは、羊皮紙ですらない薄い木の板だった。
新人関連のよくある事務仕事に高価な紙は使えない、ということだろう。
この世界に紙って存在するのかな、と思った。
思ったが、今日の午前中、紙を見たのを思い出した。
カノンさんの持ってた魔導書、あれはちゃんとした紙で出来ていた。
質感からして和紙に近い製法の厚く丈夫な種類の紙だろう。
製紙でチート無双するのは難しそうだ。
薄く軽い洋紙を作らないと勝負にならないし、それを素人が自作するにはハードルが高過ぎる。
……高価な紙を大量に使った魔導書、か。
魔法使いってみんな金持ちなのかな。それとも、カノンさんが例外なのか。
いいところのお嬢さん説が再浮上してきた。
ともあれ、申込書にサインをサラサラと。
『多言語翻訳』の加護は、会話だけでなく筆記もサポートしてくれるので便利。
っていうか日本人だった頃より綺麗に文字が書けてる気がするんですがこれも翻訳機能のうちですか神様。
「はい、サイン確認しました。明日は二の鐘まで受付付近に来て下さい。参加者の出席を確認した後、訓練場に移動しますので」
二の鐘、とは大雑把な時刻のことを指す。
一の鐘、だいたい午前8時。二の鐘、ふんわり10時。三の鐘もしくは昼の鐘、ふんわり12時。
といった具合に、この街では時報として鐘が鳴らされる事になっているのだ。
「二の鐘ですね、わかりました。では、今日のところはこれで」
さて、午後は神殿?に行こうか。
光の女神様が何やら寂しがってる気配がするし。
◆ ◆ ◆
「光の女神の神殿、ですか」
カノンさんが記憶の底をさらうように俯いている。
次の目的地が脳内MAPに登録されていなかったので、午前中のスライム狩りの報酬を山分けするついでに聞いてみたのだ。
ちなみに、報酬の配分は俺6カノンさん4になった。
カノンさんが魔法で索敵をするようになった後の方が圧倒的に効率が良かったので5:5を提案したのだが、実際に体を張るのはそっちだから!とか言われて6:4になったのである。
それでも納得しないのならこの金は受け取れないとまで言われたので仕方ないと思う。
流されるままに言うことを聞いていたら7:3にされていたから、それを考えたら頑張ったとよ俺。
「いや……しかし……」
カノンさんに心当たりは無いのだろうか。
6属性の魔法の内、光と闇が魔法使いの知識に無い事と無関係でもなさそうだ。
「ふむ、ギルドに戻って受付さんに聞いた方が良いかもですねー」
来た道を戻ろうとしたら、
「待って!」
腕をつかまれた。
カノンさん、意外と握力がある。
「思い出すから──思い出したから!」
わかった。わかりました。
だから手を放して指が食い込ん痛タタタあ!?
「この街に、光の女神に縁のある施設は2箇所あります」
カノンさんがピースサインを見せた。
ピースサインっていうか数字の2を示した。
「1つ目、5女神合同神殿。2つ目、神殿系列の孤児院」
「光の女神様にお参りするには、どちらが良いですかね」
「本来であれば5女神神殿で良い、はず、なのですが」
どこか自信が無いような声だ。
「何か問題でも?」
「その……施設は立派なのですが……立派すぎるというか」
「趣味がよろしくない?」
金ピカだったり装飾ゴテゴテだったり?
「その通りです。加えて上納金──喜捨も結構な額を要求されたり、神官が私腹を肥やしているという噂もあって、個人的にはあまり近寄りたくないな、と」
ナマグサか、生臭坊主なのか。
「じゃあそっちは今回はナシで。もう一つは」
「孤児院の方は、女神神殿がお金を吸い上げてる影響で経営が思わしくないようですが、光の女神一柱に祈るだけなら大丈夫でしょう」
「わかりました、そっちで道案内お願いします」
しかし、孤児院の経営が思わしくないのか。
領主は慈善事業をやってるという話だったけど、資金源が別系統になっているのか。
「……ついでに寄付でもしておこうかな」
それがいい。そうしよう。
という所で視線を感じた。
「──ミナトさん」
カノンさんが、じっと見ていた。
じっと見られている、いや、観察されている。
「信仰熱心なようには見えなかったのですが、どういう事です?」
何か疑っている。
というより、好奇心による視線だろうか、これは。
「そう見えますかね」
大正解。
信仰心なんて欠片もない。
「見えますね」
でもなー。
実際に神様を見てしまって、おまけに話もしたとあっては、今更無関係と言うのもありえないだろうし。
「いやー、これがまあ、色々ありまして」
前の世界で死んだ時にワンチャンもらった上、オマケに色々と特殊能力をもらったんですよー。
って言っても誰も信じないだろうし。
信じないで済めばまだ御の字で、異端とか邪教扱いされると大変なことになるかもだし。
「色々、とは」
カノンさんの食い付きがすごい。
この件のどこが彼女の好奇心を刺激しているのだろう。
さて、どうごまかしたものか。
「この街に来る前にですね、道に迷っていたのですが」
人生という道に迷ってた。あるいは黄泉道に迷ってたのは間違いじゃない。
オッケー、まだ嘘は言ってない。
「ふむふむ、それで」
「夢というか幻というか、そこで神様っぽい人に道を教えてもらって」
転生直後のチュートリアルで色々教えてもらったから間違いではない。
「この街で生活も落ち着いてきたし、このあたりでひとつお礼に行こうかなー、とか」
オッケー、嘘は言ってない。
詐欺師の手口を使っている気がするが、損する人が居なければそれでいい。
聞いていたカノンさんは、それはもう興味に目を輝かせていた。
「女神の託宣ですか、それは興味深いですね。神官でもそう頻繁には無い事と聞きます。伝承によれば、光の女神は歴史の節目に現れ、夢の形でも勇者や王を導いたとか」
ぼかして説明した甲斐もなく、十分に大事になっていた。
託宣なにそれ。
勇者や王って聞いてないそれ。
「神様とは光の女神だったのですか? 他に何か言っていませんでしたか? 例えば、世界を救えとか」
あっ。
これはいけない。
これはホントにいけませんよー。
俺が勇者めいたサムシングの可能性を検討していらっしゃる。
「いやー、勇者になれとは言われなかった気がしますねー」
「勇者になれ『とは』言われませんでしたか」
うーわー!
単に言葉尻をとらえただけか、何かに勘付いてるのか判断し辛い!
「そんなんじゃないですよー」
何これ。
「本、当、に?」
絡み上戸の先輩を思い出して、その、つらい。
それはそれとして。
どう言えば納得してもらえるのやら。
……洗いざらい白状できれば、どんなに楽か。
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