07 買い物しようと街まで出かけたら


 昼食の後は、カノンさんの案内で雑貨の買い込みだ。

 今買う予定が無いものでも、店の場所は把握しオートマッピングの地図を鮮明なものにしていく。


 南区は商業区でもあるらしく、大通りに面した建物はどこも何らかの店舗になっているようだ。

 出入りするヒトも、東区では見かけなかった種族が多い。


 ずんぐりむっくり、ひげモジャのドワーフであるとか。


 ケモ耳尻尾の、獣人族であるとか。


 ごくごく少数ではあるが、耳が尖った、おそらくエルフであろうヒトも、遠目に見る事ができた。


 何度めかの、異世界にやって来たんだなあ、という実感。


「この街は交易の拠点として賑わっていますが、それでも脇道に逸れると治安の悪い場所もあるんですよ」


 一通り生活用品の買い物をした後、カノンさんの一番のおすすめの場所に向かっている。


「脇道に逸れると住居になっていそうですが、普通の民家と治安の悪い所って見分けがつくんですか?」


 近道はしない方がいいのだろうか。


「基本的に、道を見て判断するのがいいでしょう。単騎の馬や鳥竜がすれ違うことができる道幅なら、まず大丈夫でしょう」


「馬糞が掃除されている場所なら安全、とかは無い?」


「逆に道が綺麗すぎると危険かもしれません。糞尿は肥料になるので、僅かでも金銭になるのなら放っておかない人達もいますから」


「あー……」


 なるほど、3Kの仕事でもあるだけマシという環境か。


「この近辺の都市では最も潤っていると言っていいこの街ですが、それでも……だからこそ、と言うべきなのでしょうか。貧富の差は大きいのです」


「せちがらいのじゃー」


「とはいえ、この街はかなりマシな方だと思いますよ? 領主が定期的に炊き出しを行っていますし、公共事業は貧困層を優先して雇っているという話も聞きます。他にも色々と手を尽くしているのだとか」


「おお、名君」


 治安の維持のためいくつも手を打っているのは、単なる善人以上の良い領主のように思える。


「……慈善事業、興味がありますか?」


 カノンさんが、こちらの目を覗き込んでくる。

 平坦な視線。

 森の奥の湖畔を思わせる、深く青い瞳。


「ちょっとした好奇心程度ですねー。まずは自分の生活の安定を確保しないと」


「そう、ですか。堅実なようで何よりです」


 値踏みするように細められた視線が、ふいと前に戻る。

 そして、ある建物を指さした。


「着きました。あそこが案内したい場所です」


 白塗りの壁。

 大きく頑丈そうな扉。

 扉の上と両脇の看板に、宝石をあしらった杖を簡略化した紋章。


「魔術士ギルド、クロスロード支部です」



 ◆ ◆ ◆



 魔術士ギルドとはいうものの、扉を通った段階での印象は、これまでの商店とさほど代わり映えしないように見えた。

 部屋の隅、冒険者ギルドの受付と同じような窓口があるのが、少し違う程度か。


 しかし、普通なのは見た目だけでもあった。


「おおお……!?」


 陳列された商品から立ち上る、色とりどりの魔力のオーラ。

 魔法の力が込められた逸品が、所狭しと並べられている。


「その反応を見ると、連れて来たのは間違いではなかったようですね」


「いやーこれはすごい」


 これはすごい。まじすごい。

 商店街でも魔法の道具はいくつか見たけど、数も質も、ここに比べれば雲泥の差と思い知った。


 厚手の、布──紙? に書き込まれた精緻な魔法陣と文字。


「羊皮紙のスクロールですね。封じられた魔法は『鑑定』」


 どれどれ。


<スクロール(鑑定:1回)>


 こう視えるのか。


「このスクロールは何回使えるものなので?」


「土台となる紙や込められる魔力の質にもよりますが、ここにあるのは……どれも1回だけの使い切りですね」


「ふむふむ」


「複数使えるものはそれだけ貴重なので、店先に気軽に置いて見せるには高価過ぎるのでしょう。魔法の種類によりますが、同じ魔法でも桁が一つ違う値段になるものもありますね」


「そんなに」


「そういう意味では、例の生活魔法セットは革新的な発明なのです。魔力を消耗するとはいえ、それは僅かで、何回も同じ魔法を行使でき、それが安価で提供できるのですから」


 心なしか、カノンさんの説明に熱がある。

 開発チームに知り合いでもいたのだろうか。あるいは、本人が。


 見渡すと、それらし物も棚の隅に積まれていた。巻き取ってまとめる種類のペンケース様の品に収められた状態で棚の上に広げられている。同じペンケースで巻かれた物がいくつも積まれているので、主力製品という話にも納得できる。


 手元に目を戻し、今度は古びた虫眼鏡を手に取る。

 街中では眼鏡を見かけなかったが、レンズの実物はあるという事か。

 普及しない何らかの理由があるのだろう。


<虫眼鏡(魔力可視化)>


「それは魔力の流れを見る事ができるアイテムです」


 あなたには不要でしょうが、と言いたげではあるが、声には出さないでくれているあたり、義理堅い。


 小型の両刃ナイフがいくつか揃えられている。

 柄の部分がほとんど無く、柄に短い紐が結ばれている。


<投げナイフ(加速、命中)>


 なるほど、投擲専用か。


「投げナイフです。軽く投げても加速による攻撃力の増加が期待できますし、ある程度は持ち主の意思を反映して狙いを調節します」


「すごいな!?」


 状況を変える必殺の武器に成り得るのでは。


「ですが、あまりに飛び過ぎる上に深く刺さるので、乱戦でなくとも回収が難しく、値段の割に使い捨てになる事が多いせいか、その、売れ行きが」


「あーなるほどー」


 時間をかけて練習しても、今度は普通のナイフ投げの腕前が鈍りそうだしなあ。


 ふと、隣の球体に目が止まる。

 ほとんど魔力が宿っていない物が何故こんな所に。

 それに、大きさといい質感といい、見覚えがありすぎる。


 これは、もしかして、


「それはな、スライムのコアじゃよ。無傷のな」


 カノンさんじゃない人の解説が聞こえた。


 振り向くと、三角帽子に長いローブ、ねじくれた木の杖を持った、彫りは深くカギ鼻の老人が居た。


 典型的な『魔法使い』だった。



 ◆ ◆ ◆



 老人の案内で、俺とカノンさんは個室に連れ込まれていた。

 既視感。

 間取りや置かれた家具も冒険者ギルドの応接室に似ている、気がする。


 向かいに座った老人は、熱々の茶を美味そうにすすり、そして言った。


「カノンや、良い男を捕まえたのう」


「「そういうのではありません」」


 俺とカノンさんの声がハモり、思わず互いの顔を見る。


 そんな俺達を見て、老人は呵呵カカと楽しそうに笑った。


「いやいや、よきかなよきかな。誰も寄せ付けないあの嬢ちゃんがなあ、己に見合った男が見つからないだけであったか」


「師匠、そのへんにしておきませんか」


 カノンさんが座った目で杖を構えているが、殺気の矛先の老人といえば、どこ吹く風といった様子で気にした素振りもない。


「そうさなあ、お主をからかうのはそりゃあ楽しいが、遊んでるだけにはいかぬよなあ」


 老人は真顔になり、俺のを方を見た。


 眼光が鋭い、というより、実際に目が光った?



<警告:被『鑑定』>



 おおっと。


 無詠唱の鑑定魔法、あるいは、何らかのマジックアイテムによるものか。

 この御老体、かなり出来る。

 上手く鑑定に気付かなかったふりができていればいいけど。


「お若いの、儂の名はラーウォック。かつてドラゴンサインは象牙の塔にて魔術を究め、今はこの街の魔術師ギルドの長を務めておる。ついでにいうと、そこなカノンの師でもある」


「これはご丁寧に、私はソウスケ・ミナト。ソウスケが名でミナトが苗字です。極東からの流れ者です」


「なるほどなるほど、その名、その黒髪、黒い目、東の国の者に多いとされる特徴であるな」


 人種による外見の特徴は、魔法と直接の関係が無いように思えるけど、師弟揃って詳しいのは何か理由があるのだろうか。


「先程はああ言って不肖の弟子をからかった事ではあるが、実際の所、これが人を連れてくるのが珍しいのもまた事実。ここはひとつ、どういった事か話を聞かせてはもらえんじゃろうか」


 ということで、草原での出会いからこのギルドに来るまでの流れを、一から順に説明するのであった。



 あれがこうなり。


 かくかく、しかじか。

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