06 始めよう生活魔法
「なるほど、状況は把握しました」
一度冷静になったら、魔法使いの少女は驚くほど素直に話を聞いてくれた。
俺の倒したスライムのコアを手の平で転がしている。
「こうして物証もありますから、あなたの言う事は確かなようです」
そう言うと、目の前に片膝をついて、顔を伏せた。
「我が名はカノン。ドラゴンサインの地、象牙の塔にて学ぶ魔術の徒。この度は命の危機から救っていただき、深く感謝いたします」
重々しい、格式張った言い回しだった。
もしかして最敬礼みたいな偉い人にやるやつでは。
これ、同じ形式で返した方がいいかな。
出身とかどうしよう
「えーと、俺の名前はソウスケ。ソウスケ・ミナト。苗字はあるけど出身地の風習で貴族ではないただの旅人で、今はこのあたりで冒険者やってます」
だめだ、堅苦しいのは苦手だ。前世のサラリーマン時代を思い出してだめだ。
「というか、顔上げて、立って。ほら俺って、そんな偉い人じゃないんだから」
その言葉で、少女は立ち上がってくれた。
「ソウスケ・ミナト、ソウスケ・ミナト。このあたりでは聞き慣れない響きですが、東方から来た旅人に似たような名前のヒトがいました。同じ国の出身でしょうか」
「東方だとは思うけど、その人と同郷ではないんじゃないかなー」
東方。良い話を聞いた。
今後、出身地は極東のド田舎、で押し通す事にしようか。
「ところでカノンさんは、この後どうするの?」
「これより私は貴方の
斜め上の回答だった。
重い回答だった。
なにこのこ、こわい。
「なん……だと」
それだけ言うのが精一杯だった。
「命の借りは、命を以て返すの道理というもの。我が忠誠を、お受け取り下さい」
目がマジだった。
目が逃さないって言ってる、気がする。
どうしよう。
いや、よく見ればかわいいし今の俺はオッサンからかなり若返ってるから年齢的にも問題無いだろうしって何を考えているのだ。
話を効く限り魔法使いのエリート一派らしいし、こっちが格で圧倒的に負けてる、気がする。
考えろ、考えるんだ、この場をなあなあのグレーにおさめて諸々を無期限延長するような返事を。
今こそ日本人の美徳とされる雰囲気で流すスキルを発動させるのだ!
「どうしました、主?」
上目使いに小首をかしげるカノンさん。
呼び方で外堀を埋めにかかっている。
やばい。
このままだと既成事実化される。
まじやばい。
よし。こうしよう。
「……我が下僕、カノンに命ずる」
「はい!」
背筋を伸ばし、真っ直ぐにみつめてくる。
うん、俺には勿体無いよね。
と、いうことで。
「我が下僕カノンよ。今日この場を以て、ソウスケ・ミナトが下僕たる役目から開放する。今後は心の赴くままに生きよ」
カノンさんの目が丸くなった。
気持ちはわからなくもない。
けど、面倒を見るのは自分一人で手一杯なのでー。
「そんな……何が不満なのですか」
「不満はないよ」
「では、なぜ」
「強いて不満を言うなら、そういう大事なことを決めるのは双方の同意を得てからにしてほしかったなー、と」
まあ同意求められても断るわけですが!
「ですが、他に返せるものが。私には、この体しか」
体って言うな、生々しい。
微妙に体をクネクネさせるな。変な誤解しちゃうだろ。
「だーかーらー! そういうのは求めてないっつーの!!」
繰り返すが、面倒を見るのは自分一人で手一杯なのだ
「でも」
「デモもストもないのー!」
「それでは何で恩を返せば」
よし! 妥協の兆しあり!!
「その事なんだけど。こっちが気軽に受け取れて、かつ、価値が高い、物質的ではないもの、を提供してもらえないかな」
カノンさんの目が、わずかに細められる。
「つまり」
「情報だよ」
カノンさんの目が、鋭さを増す。
あれ、今更になって警戒され始めた?
まあ、押し付けの恩返しよりはマシと思うことにしよう。
◆ ◆ ◆
こうして、俺はこの世界の教師を得た。
常識や物の名前、地理その他、一般的な知識を教えてもらう事にしたのだ。
それだけでは気が済まないというカノンさんの厚意に甘える形で、魔法も教わることに。
正直な所、全属性の適正持ちというレア能力を伏せたまま、どうやって目立たずに魔法を学ぶか、という問題が解決したのは大きい。
命の恩人の秘密を言って回ることはしないだろう。
午前の狩りを終えてギルドに成果を報告した時、いつもの受付さんが俺の隣を見て驚いた顔をしていた。
カノンさん、それなりに名が通った冒険者でもあるらしい。
恩を返し足りなそうなカノンさんに、美味しい料理を出すお店を紹介してもらって、昼食をとる事にした。
食後のお茶を飲みながら、一般知識の授業を受ける。
「……ということで、このあたりの地理はだいたいそんなかんじです」
カノンさんの口調も、だいぶ硬さが取れてきた。
地理の説明で驚いたのは、神様からもらったオートマッピング機能が、人の説明を聞くだけである程度動作する、ということだ。
実際に歩いた場所はフルカラーで細部まで鮮明に記録されているが、言葉での説明でもある程度ボンヤリとした形にはなる。
そして、手書きの地図を見ながらの説明だと、ボンヤリとした形が少しずつ輪郭を整えていく。
そんな具合にかなり柔軟にマッピングされるようで、方向音痴には本当に助かる。
一度、広範囲の地図を見ておくのも良いかもしれない、と心にメモする。
「では次は魔法ですね」
「待ってました!」
アイテムバッグからMP回復用のポーションを取り出す。
「ミナトさん、それ何本持ってるんですか。というか、そんな貴重なもの人目のある所で出さないでください」
カノンさんの目が冷たい。
整った顔で冷たい視線を向けられると、これはこれでアリかなと血迷ってしまうのでいけない。
「えー、でも魔法って」
「ポーションが必要なほど無茶はさせませんよ。今日はこちらを使います」
そう言って、棒を4本こちらによこした。
太さも長さもペンに近い、ただの木の棒に見える。
4本も同じような棒だが、先端に色が塗られていて、それで見分けがつくようになっている。
赤、青、緑、茶。どこかで見た組み合わせだ。
「先生、これは」
「弟子よ、これは、生活魔法専用の杖です」
「生活魔法も4属性あるんですね」
「そうです。しかし、この色が属性色だとよくわかりましたね……もしかして、見えている、のですか」
「それなりに」
先生は呆れたように深く深くため息をついた。
「それ、他の人には黙っていてくださいね。その目だけでも貴重ですから。知る所が知れば、その目を抉り取りに来ますよ」
「なにそれ」
こわい。
軽率な発言をしてしまった。
打ち解けたと思って気が緩んでいたかもしれない。
「普通は、それ用の魔法なり魔道具なりを用意する必要があるんですよ、魔力の色を見る、ということは」
これ、魔力以外もいろいろ見えると知れたらバッドエンドが不可避だ。
「わかりました。気をつけます。で、この杖は」
「……本当にわかってるか心配ですね。ともあれ。この杖は、それぞれ1種の生活魔法専用に作られてます。1種類限定、しかも生活魔法という制限をかけるかわりに、魔力さえ持っていれば、ほとんど消耗する事無く魔法が使えます。適正も要りません」
「便利ですね」
「ええ、魔術師ギルドの人気商品の一つです」
「どんな魔法が使えるんですか?」
「火は火種、着火ですね。水は飲料水作成。風はそよ風。土は土整形、ブロック作成です」
「全部組み合わせると、野営でもかまどでお湯が沸かせますね」
「そういう事です。では着火から」
赤い木の棒を持つ。
「赤い方を上に向けてから、『
どれどれ。
「『
体の中から何か少しだけ吸われた感覚がしたと思ったら、棒の先に日が灯った。
ロウソクみたいだ。
ロウソクというか、むしろ、チャッ●マンか。
もう一度、今度は魔力の流れに注意しながら。
「
杖は、俺からだけではなく、空気中からも魔力を吸っているように見える。
空気中の魔力も利用する薄くはあるけど魔力が存在する、ということか。
なんとなくわかってきたぞ。
杖を左手に持ち替え、今度は素手で人指し指を立てる。
さっきの魔力の流れを思い出し、再現するように魔力の流れを作って、
「
上手くいった。指先に小さな炎が。
YES I AM! ってかんじだ。
テーブルの向かいで、魔法の師が、渋い顔をしている。
「生身で魔力が見える、ということがどんなに異常か、わかっていなかったのは私の方だったみたいですね」
「どういうことです」
「この後、杖無しでも出来るように練習してもらう予定でした。何時間か、あるいは何日か必要だと見積もっておいたのですが、ほんの数分でしたか」
「あっはい」
しまった、また調子に乗った。
「もしかしたら他の3属性でも出来るかもしれませんが、宿に帰って一人きりになってから試してくださいね。見ていて寿命が縮みます」
「すいません師匠」
気をつけます。
本当に気をつけないと、魔法使い育成スパルタコースに放り込まれかねない。
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