03 初めての実戦とファーストコンタクト




 女神様から、次は軽く戦闘ですよ、というメールが来た。



> Subject: チュートリアル 戦闘訓練

>

> 地図上でまっすぐ北に向かうと、スライムが一匹見えてきます。

> まずは1対1で倒してみましょう。

>

> ※注意事項※

> ・スライムの攻撃範囲は見た目よりかなり広いです。十分な間合いを確保し、余裕を見て回避しましょう。防御は無駄です。

> ・最初の攻撃を外したスライムは、体勢を立て直すまで時間がかかります。まずは回避して、それから落ち着いて攻撃しましょう。

> ・スライムの弱点は1個だけ存在するコアです。手持ちのショートソードの場合、切るより突いた方が確実に倒せます。

> ・スライムコアは換金できます。たとえ傷物でもしっかり回収しましょう。



 いやいやいやいや、実戦は軽くないな、うん。


 ともあれ、昔の偉い人曰く『先ずはスライムより始めよ』と。

 つまり、RPGの基本が来た。


 メールの内容は攻略wikiめいて具体的なアドバイスだ。

 平和ボケした元日本人にとってはハードルが高目の『覚悟を決めて殺せ』というアドバイスだ。

 心臓の鼓動が、少し速くなる。


 剣は抜き身のまま、なるべく静かに忍び足、いざ北へ。

 数分歩いた所に、


 ……いた。


 スライムだ。


 体積的にはバランスボール程度だろうか。一抱えはありそうで、思ったより大きい。

 国民的コンピューターRPGの、水滴状ではなく、古典的TRPGの、不定形というかアメーバ状の形をしている。


 不意を打たれると即死もありえる、やばい方のスライムだ。


 警戒レベルが一気に最大に。

 これ、レベル1の初心者が倒せるやつなのか?


 神様チュートリアルでは1対1で倒せる、と書いてあったけど。

 あ、でも「防御は無駄です」とも書いてあった気がする。

 念のためもう一度確認しよう。



> 防御は無駄です。 死 に ま す 。


 さっきメールを見た時と、文面が微妙に変わっている。

 嫌な情報が追加されていた。


 下手すると死ぬのか。

 それ本当にチュートリアルなのか。


 深呼吸をして、気を静める。

 そして覚悟を決める。

 一応チュートリアルだ。平常心で挑めばなんとかなる。


 はずだ。


 いくぞ!


「うらーッ!」


 思わず変な声が出たが、問題ない。

 アドバイスによると、最初の一撃を無傷で回避するのが大事なのだ。

 不意打ちはしなくていい。


 スライムは俺の声に気付いたのか、ぶるり、とその身を震わせて、こちらににじり寄ってくる。


「おおおー!」


 威嚇というより、恐怖を誤魔化すための大声で突進する。


 スライムの歩みが止まった。

 弓が引かれるように、上体を後ろにずらす。


 来る!


 瞬間、スライムが弾けた。

 魚を捕らえる投網のように、その全身が薄く広がり、覆い被さってきた。


 これはまずい!


 避けようと思うより前に、自分の体が勝手に動いていた。

 全力で横っ飛びしていた。


 ナイス俺の体、ナイス回避。


 ベチャリ、と水っぽい音をたて、スライムが地面に平たく伸びる。

 ジュウ、と何かが焦げるような音。

 スライムが地面を溶かしているのか。

 ふと自分の体を見ると、ブーツの端が少しだけ煙を出している。

 紙一重の回避だった。


 よくやった俺の体、よくやった俺の生存本能。

 まじナイス回避。


 スライムはゆっくりと元の形に戻っていく。

 地面にぶちまけられたペンキが、スローで逆再生されているように、見えないこともない。


 ズルズルと縮んでいくスライムの体に、拳ほどの大きさの球体を見つけた。

 これがコアか。


 ショートソードを逆手に持ち直し。

 両手でしっかり握り。

 全体重を乗せるように。


 スライムのコアを貫いた。


 パシャリ、と軽い水音と共に、スライムの全身が一気に緩んだ。

 緩んだスライムの体は、そのまま地面に染み込んでいく。

 そして、半分に割れたコアだけが残った。


 やった。

 とりあえず死ななかった。

 緊張の糸が切れて、思わずへたりこんだ。


  ム"イ"ー"ッ ム"イ"ー"ッ



> From: 光の女神

> Subject: いざ異世界ライフ!

>

> ソウスケ・ミナトさま

>

> お疲れ様です、これにてチュートリアルを終了します。

>

> このまま草原を北に小一時間行くと、人が通る道が見えてきます。

> 近隣に人里もありますので、通りがかりの人に道を尋ねるも、あるいは同道するも良いでしょう。

> 言語翻訳の加護が、言葉の壁を取り払ってくれることでしょう。

>

> どうか良き異世界ライフを!

>

> P.S. 道が見えるまでの途中にもスライムが居ます。倒すなり回り道するなり、道中お気をつけて。

>

> P.S.2 スライムコアの回収も忘れずにね!



 おっと、収入源を忘れる所だった。



 ◆ ◆ ◆



 草原を北上する。


 スライムを狩ったり、迂回したり。

 1対1の状況になったら、挑発して、回避して、コアを破壊する。


 挑発、回避、コア破壊。


 挑発、回避、コア破壊。


 挑発、回避、コア破壊。


 慣れてはきたけど、恐怖はなかなか消えてくれない。

 恐怖を忘れた時こそ死ぬ、と考えると、むしろ望ましい事なのだろうか。


 そうこうしていると、道が見えてきた。

 草原に一すじ刻まれた、人の痕跡。

 地面はむき出しの土ではあるものの、その幅は広い。

 大型車両でも余裕ですれ違いできそうだ。


 狩りで乱れた呼吸を整えつつ、様子を見る事、数十分。


 遠くから物音が聞こえてきた気がして、そちら側に目を凝らす。




  ズドムッ──ゴオオォ




 爆発音が聞こえ、火柱が見えた。


 反射的に地面に身を伏せる。

 なんだなんだ、何が起きてる。


 潜伏の基本は匍匐前進、とばかりに、ここから先は慎重に進むことに。


 少し進むと、誰かが走る足音が聞こえてくる。

 音のする方向には、多数のスライムと一人分の人影が見えた。


 縁に黒く刺繍がされている灰色のローブ。

 身長と同じ程度の大きさの杖の先に、赤い大粒の宝石。

 全体的に細目のシルエット。


 どう見ても魔法使い的なサムシングだった。


 多勢に無勢かと思ったものの、魔法使いは草原を上手く駆け回り、スライムがある程度密集したら、


「“火球ファイアボール”!」


  ズドムッ 


 まとめて吹き飛ばしている。

 魔法っていいな。強い、便利、俺も欲しい。


 正直な所、加勢の必要が感じない。

 その上、軽率に手出しをすると、せっかくまとめたスライムが散ってしまったりしそう。

 最悪の場合は魔法の巻き添えを食らう可能性すらあるので、少し様子を見ることにした。



 ◆ ◆ ◆



 ……。

 …………。


 見守ること数分、3回目か4回目の火球の後で、魔法使いの動きが明らかに鈍くなった。

 いわゆる魔力切れの状態だろうか。

 それでも、


「……“火矢ファイアボルト”っ!」


 火球が取りこぼした最後の一匹を、魔法使いが仕留めた。


 完勝だった。


(心配してコソコソ見守ってたけど、完全に余計なお世話だったなあ)


 気恥ずかしさから黙って退散しようと思ったその時、視界の端に何か見えた気がした。


(困った時の解析眼、発動)


 気になる方を重点的に解析すると。



<下級スライム>

→<スキル“擬態”使用中>



 地面の色と質感に同化したスライムがいた。

 魔法使いからは背後で、気付いた素振りは無い。


 スライムが、魔法使いに対して身構えた気配がした。

 何度も目にした、攻撃の前兆だ。


 まずい。

 これはまずい。

 魔法使いが完全に不意打ちされる。


 迷ったのは一瞬、スライム目掛けて走り出す。


 間に合え!

 ついでに、魔法使いさんは誤爆しないで!!


 無我夢中で、剣を突き出す。

 全力で伸ばした剣先に、コアを貫いたお馴染みの手応えを感じた。


「セーフ!」


「!?」


 魔法使いが振り返りざまに杖を振るいかけたので、


「ちょちょちょちょチョット待って、ワタシ敵じゃない、ノーエネミーオーケー!?」


 剣から手を放し、両手を上げた。

 降参とか害意が無いって事、異世界でも両手を上げたポーズで通用するといいな!


 魔法の杖の宝石が禍々しく輝き、


「……“ファイアっ」


 しかし何も起きず、


「……」


 魔法使いの体が、大きく傾いた。


「おっと」


 倒れかけた魔法使いに駆け寄り、その体をやんわりと支える。



  や  わ  ら  か  い  。



 フードの下に見えたのは、女の子の顔だった。

 やわらかかったのも納得だ。


 ……セクハラで訴えるのはカンベンな!



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