02 異世界の大地に立つ ~チュートリアル~




 地球の神と異世界の女神二柱に見送られ、異世界へと降り立った。


 急に、強い目眩を覚えて、思わず膝をつく。

 その拍子に、愛用のメガネが顔から滑り落ちた。


 メガネが外れた瞬間、目眩が止まった。

 それどころか、視界がとても鮮明になった。


「あれ……?」


 とりあえず、メガネを拾う。

 十年以上の相棒である、度数がかなり強いレンズが入っているメガネだ。


 ふと気付いた。

 メガネが、鮮明に見える。


 ヒンジをとめる小さなネジの凹凸や、ツルに刻印されているブランド名が、くっきりハッキリ見える。

 つまり、メガネが無くても物が見えている。


 視力が、回復していた。


「そういえば、目の治療は、すっかりお願いし忘れてたな」


 これもおまけの内って事かな。

 ありがたや、ありがたや。


 考えてみると、目が悪いままで無いメガネを無くしたら、早々に二度目の生を詰んでた可能性もある。

 そもそも、この世界にメガネがあるとは限らないのだ。


 今更のように、冷や汗が吹き出す。


「ぁ……っぶなかったー」


 そうして一息つくと、そよ風が頬を撫でた。

 見渡すと、自分は緑の草原の真ん中に居るようだった。


 空は遠く青く、空気は美味い。


 異世界に来たためか、それとも視力が回復したおかげか、全てが新鮮に感じられる。


「美しいな、異世界」


 思わず、声に出た。


 ところで、お願いしたチート能力以外のおまけが何かというと。


 たとえば、虫歯で治療した跡が健康な歯になっていたり。

 刃物でざっくり切った指の傷跡が消えていたり。

 一度脱臼してから、特定の方向に動かすと痛む肩が何事も無かったり。


 というか、お肌の張りがアラフォーのオッサンのそれじゃないな。


「ええと、自撮りモード、スマホあるかなスマホ」


 今の格好は、死ぬ直前のスーツに革靴、そして手提げカバン。

 もしかしたらスマホも荷物にあるかも。


 スーツのポケットの中、いつもの場所に、いつもの手触り。


「スマホまで異世界に来た。……いいのかコレ」


 こっちの世界ではオーパーツ的なアレになるのでは。


 ともあれ、自撮りモード起動。


「やったぜ」


 見た感じ、十代の中程くらいに若返っている。

 しかも、当時の自分より整った顔に見える。

 美容整形まで。


 細部まで心配りの行き届いた、驚きの高品質サポートである。


  ム"イ"ー"ッ ム"イ"ー"ッ


「!?」


 バイブレーションの正体はメールの着信通知だった。


 異世界でもメールが来るのか。

 誰から。


 おそるおそる、着信メールを開く。



> From: 光の女神

> Subject: ようこそ異世界へ!

>

> ソウスケ・ミナトさま

>

> さっきぶりですね、光の女神です。

> ようこそ、異世界へ。女神一同を代表して歓迎します。

>

> 早速ですが、加護の動作確認を兼ねたチュートリアルを行っていきたいと思います。

> 次のメールから、主要な加護の使い方を学んでもらいます。

> 心の準備ができたら、このメールの宝箱アイコンをタップしてくださいね。

> 基本を押さえるだけなので、お時間はあまり取らせませんよ。

>

> [宝箱]



 ……。

 うん、このスマホ、まっとうなスマホじゃない。

 スマホの形をした何かだ。


「それはともかく」


 宝箱アイコンを、ぽちっとな。


<初級冒険者装備一式 を入手>


「うおっ」


 突然、耳元というか脳内というか、とにかく至近距離で声がした、ような気がした。

 こいつ、直接脳内に。


 目の前に、ほのかな光に包まれたバッグが浮かんでいる。

 染めや模様は特にない、生成りの布地で出来ている。

 とにかく頑丈そうだ。実用性が高そうで好感が持てる。


 これが<装備一式>だろうか。


  ム"イ"ー"ッ ム"イ"ー"ッ


 今度の着信は、チュートリアルのお知らせかな。



> From: 光の女神

> Subject: チュートリアルその1 アイテム収納

>

> まずはアイテム収納を使ってみましょう。

> 心の中で(装備一式出てこい)と念じてみてください。

> 先程お知らせした<初級冒険者装備一式>が、どこからともなく出て来るはずです。

>

> 装備一式が出せたら、すぐ着替えた方が良いでしょう。

> 地球の衣服は、こちらではとても目立ちますので。

>

> また、アイテム収納は、こちらの世界でも一般的ではありません。

> 人前で実行する再は、先程のバッグで手元を隠す事をおすすめします。

>

> [報酬: 金貨100枚]



「どれ……出てこーい」


 口に出す必要はなさそうだけど、気分的に。

 するりと出て来る装備一式。衣服や剣、肘当てやブーツがひとまとめに縛られている。


「四次元なんとかー」


 青い猫型ロボットを思い出すが、全部言ってしまうと危険だ。

 主に著作権的に。


 ともあれ、これが転生特典でお願いした物の一つだ。

 アイテム収納スキル。

 お願い通りとはいえ、それが実際にもらえると、こう、楽しくなってくるね!


 手早く着替えを済ませて帯剣すると、地球の衣服や装備はバッグに放り込む……と見せかけて<収納>する。

 お金──金貨に関しても同じ要領で出し入れできるようだ。財布いらずで便利だが、やはり人目がある所では注意が必要か。

 今のうち、バッグを使った隠蔽を癖にしておくべきか。


  ム"イ"ー"ッ ム"イ"ー"ッ


 さて、次は何かな。



> Subject: チュートリアルその2 全属性魔法適正(必要最低限)

>

> 目的の属性をイメージしながら、指先に力を集めるよう念じて下さい。



 単純な魔力コントロール、みたいなイメージでいいんだろうか。

 まずはこの手の基本、火属性からいこう。


 火の力よ集まれー!


 ……おお。

 ほんのり赤く、指先が光った。

 

 火ー、赤

 水ー、青。

 風ー、緑。

 土ー、茶

 光ー、明るい。

 闇ー、暗い。黒い煙みたい。

 

 他に何か属性ってあったかな。無?

 

 無ー。

 指先の景色がゆらめく。蜃気楼とか陽炎みたいだ。


 属性によって魔力の光は色が異なる様子。


「ファイアボール!」


 ……。


 適当に叫んでも魔法は発動しなかった。

 詠唱とか必要なのかな? 後で調べよう。


  ム"イ"ー"ッ


> Subject: チュートリアルその3 魔眼(解析、鑑定)

>

> 解析に関しては、属性の魔力光が見えたのであれば問題ありません。

> 鑑定に関しては、手元の装備を数秒間注視してください。


 魔力を視る能力は、さっきの色とりどりの光が見えてればOK、と。


 せっかくだから、鑑定も試そう。

 剣を抜いて、見る。


(じーっ、とな)


<ショートソード>


「えー……」


 これだけ?


 いやいやそんな事あるまい。

 リトライ。


(じいーーーーーっ、とな!)


<ショートソード(並)>

<銘:なし>

<材料:鉄、皮(握り)>

<損耗:なし(100/100)>


 よし。


 どうやら、注視する時間が長い程、より詳しい情報が得られるようだ。

 ヒヨコの雌雄判定には向かないかもしれないけど、それはそれで使い方次第だ。


  ム"イ"ー"ッ


> Subject: チュートリアル 加護その4 地図作成(オートマッピング)

>

> 特に負担なく常時発動しています。

> 「マップ:オン」と念じると視界の隅に表示されます。

> 地図の縮尺や表示位置も念じるだけで大丈夫です。


(マップ、オン!)


 一歩前に進むと、歩いた分だけ脳内に地図が書き込まれていく。


 自力で埋めていくタイプの地図ではあるが、これは女神様に注文した通りの能力なのだ。

 せっかくの異世界、自分の目で確かめていきたいからね。


 ともあれ、地図機能、よし。


 ちょっと念じるだけで脳内地図には目印も置ける。これで迷子の心配もない。

 方向オンチにとっては死活問題の地理情報も、これで解決。


「では、いざ」


 いざ冒険の始まりだ!

 まずは人里を見つけて、そこを足がかりにスローライフを目指すぞ!!


  ム"イ"ー"ッ


> Subject: チュートリアル 戦闘訓練


 ……物騒な文字が見えた。




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