なるべくスローに異世界ライフしたい

よむせん

01 “神”直々の死亡確認 ~そして異世界へ~

 



 気がついたら、真っ白い部屋にいた。


『突然だが、お前は死んだ』


 これまた真っ白なテーブルの向こうに、印象の薄い人物が座っている。

 印象薄人さんが右手を上げると、何もない空間にニュース番組が投影された。


 早朝、小学生の列に自動車が突っ込み……かけて、近くに居た間抜けなオッサンだけが死亡した。そんなニュースだ。

 死亡したとされている人物は、名前も年齢も自分と全く同じだった。


 というか、俺だった。


「マジで?」


 これ夢かな?

 目が覚めたら毒虫になっていたとか、あるいは美少女になっていたとか、そういう夢らしい夢の方が好みなんだけど。


『残念ながら、夢ではない。ふむ……これでどうだ』


 俺に向かって突き出される手。

 無意識に喋ってたかな? と、疑問に思う間もなく、死ぬ直前の記憶が蘇ってくる。


 ふらつく車。

 自分の方に突っ込んで来る車。

 こっち来んな。


 衝撃。


「お、おう」


 なるほど、これは死ぬ。


『理解してもらえたようだな』


「これ即死ですね」


『うむ』


「すると、ここは死後の世界みたいな場所ですか」


『理解が早くて助かる』


「では、あなたは」


『人類に“神”と認識されている存在である』


 おーまいぶっだ。神は存在したのか。

 っていうか“神”ってどこの神だろう。


 四文字の神か。

 Aで始まる神か。

 Bで始まる神か。


 ……まさか、フルートに縁のある神じゃないよね?


『お前は死んだ。それが問題だ。お前はまだ死ぬ予定ではなかった。本来なら、お前の目の前に居た子供達が死ぬ予定だった』


「それ、どこか問題です? 可愛い子供が何人も死ぬより、冴えないオッサン一人だけが死んだ方がマシなのでは?」


 苦しまずに死ねたせいか、自分の死も、どこか他人事のように感じてしまう。


『人の子の感情的には、問題ではない。命の数の上でも、問題ではない』


「では?」


 一体、何が問題なんだろう。


『生と死、それを司る機構は、厳格に運用されなくてはならぬ』


「つまり体面の問題になるので?」


 大事だよね、体面。偉い人の場合は特に。

 今回は偉い人ではなく神様だけど。


『体面、というより、機構の信頼性の問題だ。今回の事故で世界を管理する機構に不具合……お前の知識で例えると、いわゆるバグが発見されたのだ』


 自分はバグ利用で人生のショートカットをしてしまったのか。

 これまた生き急いだものだなあ。


『バグは調査し、修正する。そして、バグ発見のきっかけとなった者には、ささやかながら報酬を与えたい。それがお前だ。故に、此処に呼んだのだ』


「なるほど、では蘇生していただける、と」


『それは難しい。肉体の損壊が激しく、魂が再定着しない。また、時間を巻き戻す事は、使用するリソースの量から報酬とは釣り合わない』


「あれまあ」


 時間逆行そのものは不可能ではないらしいのが、さすが神さまといった所。


『そこで提案なのだが、記憶を保ったまま別の世界で人生をやり直す気はないかな? お前の知識で例えると、いわゆる異世界転生というやつだ』


 テンションが急激に上がる!


「先生ーッ! それチート能力とかもらえるやつですかー!! やりますやりますやります!!!」


 おらワクワクしてきたぞ!!

 ……神様が若干引き気味なのは気のせいだよね?


『乗り気で結構。加護……チートに関しては、異世界の神も交えて相談しよう。では』


 光と共に、白い美女が降り立ち。

 影の中から、黒い美女が浮かび上がり。


 新たに、会話のテーブルに参加した。


『はじめまして、秩序の綻びを見出たひと。私が異世界の神が一柱、光の女神です』


 輝く黄金の髪、白いドレスの美女が、陽溜りの暖かさで微笑んだ。


『よろしく、世界の穴に躓いた不運なひと。私が異世界の神が一柱、闇の女神だよ』


 沈む漆黒の髪、黒いドレスの美女が、宵闇の穏やかさで微笑んだ。


「はじめまして、女神様。地球の日本出身、湊草輔です」


 とんでもない美女の登場に、反射的に背筋が伸びた。

 女神様の美形の度が過ぎていて、美しさも時にはプレッシャーになると気付かされる。

 胸がドキドキしてるけど、もしかして極度の緊張のせいでは。


 かろうじて失礼にならないように返事はできたけど、割と失礼な内心は読まれているのかな。


『よく来てくれた、異世界の神よ。例の彼が乗り気なのでな、詳細を詰めていきたい』


 最初から印象の薄かった地球の神様は、圧の高い二柱の美女の登場により、いよいよ輪郭がぼやけていく。

 人の形をしていたかどうかすら、今となってはよくわからない。


『異世界の神よ。これから彼をそちら側に送るにあたり、すこしばかり加護を与えようと思う。そちらで与える加護と重複しないよう、皆で話し合おう』


『わかりました、地球の神さま。では、ソウスケさん。加護の内容を決める参考に、これから行く異世界……私達の世界について説明しますね』


 こうして、光の女神と闇の女神による、観光案内めいた異世界紹介が始まった。



 剣と魔法の世界である事。


 多様な種族がそれぞれの言語、文化を保ちつつ交流、あるいは戦争している事。


 勇者と魔王の概念が存在する事。


 魔王が討伐されて間も無く、次の魔王が現れるまでは時間がかかるだろう事。


 ……魔王、とな。

 魔王、いるのか。正確には、いた、のか。


「ということは、勇者になって魔王退治とか、やらなくて良いってことですか?」


『そうなります。たとえ魔王が存命でも、ソウスケさんの場合はどちらかと言えばお客様ですから、別に勇者を用意したと思いますよ』


 光の女神様は、安心させるように微笑んだ。


『どうしても魔王退治をしてみたいなら、戦闘系の加護と武具で魔王発生の時代に送り込んでもいいけど、どう?』


 闇の女神様は、悪戯っぽく笑いかけてくる。


「 お 断 り し ま す 」


 死のスリルは、前世の事故だけで腹一杯です。


 なるべくスローに異世界ライフしたい。


『姉さま、あまりからかってはいけませんよ?』


『まあまあ、面白そうだったから、つい、な』


 ああ、姉妹さんなんだ。闇の女神がお姉さんで、光の女神が妹さん、と。


『それでは、ここまでの説明を踏まえて、チート能力……私たちは『加護』と呼んでいるそれですが、希望を聞きますね』


『そうだな。極端に強力なものでなければ、私達から一つずつ、地球の神様からもひとつくらいはもらえると思ってくれ』


 そんなこんなで、加護をもらう事になった。


 思いつくままスローライフを目指した能力を提案していったのだが、どうやら、ひかえめだったらしい。

 それが女神姉妹のお気に召したのか、最終的には思ったより多くの加護がもらえる事になった。


 やったね。




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