6人目 非実在電車少女

とある都市で一つの噂が流布されていた。


曰く、終電の後のとある無人駅のホームで暫くすると電車がやってくる、と。

曰く、その電車は時代遅れの、豪華列車であり、寝台特急であり、重い黒色と銀色に染まっている、と。

曰く、乗車しているのは車掌を名乗る褐色肌をした長身の男と、電車の主人を名乗る少女で、少女に気に入られた人物は暫くの時間をその電車の中で過ごすことが出来るのだ、と。

その少女は凡庸で、印象に残りづらい顔をしているそうだ。

少し夢見がちな少年少女や、暇で退屈した青年たちはホームに立ち尽くすようになっていることが、その都市では確認されている。


私も数年前ならばおそらくその噂の検証に乗り出していただろう。

知らない魅力的な人物に会えるというだけで垂涎ものなのに、豪華列車の旅までついてくるだなんて、なかなかお目にかかれないサービスだ。


「その、都会の噂で何で、こんな空気の薄いところに来なければならないんだ。」

現代っ子のエージェント8は不満げだ。正直言うと、同い年である私も同感である。

エージェント40は苦笑する。

「エージェント8、お前は我が法人の調査部を疑うのか? 何とも豪胆な新人だな。」

「だって突飛じゃないか。その電車の主人を捕まえるために、こんな誰も来ない高原の国へ行け、だなんて。」

私たちは今、自分たちが住む場所から地球の裏側に来ている。

周囲には数名の隊員。この前よりも人数が少ないのは、これから会う少女の危険性をある程度低く評価してのことだろう。

「ここで良い、ここが良いんだよ。」

エージェント40は何処と無く嬉しげだ。

私は眉根が寄ってしまう。

「ここが良いと言いますが、酸素が足らず水もない高原です。人も住んでおらず、しかも夜。懐中電灯がなければ滑落死の危険性もあるという状況は好ましいとは言えませんが。」

「お前さんらにとっては、即物的な喜びが全てなんだな。本当に都会の若者なんだな、お前たちは。」

「それは都会の若者に失礼ですよ。」

鬱陶しげに羽虫を追い払うような仕草をする彼からは一切誠意が見受けられない。

「この夜に、この場所に、ここに来る価値がわからんものは黙っていろ。」

「そんなこと言ってもな。意味わかるか?」

エイトはそう言って周囲の隊員の顔を見渡す。

どうやら半数の隊員は意味がわかるらしい。

「本当か?」

「どういう修羅場があれば、フォーティと同じ見識を身につけてしまうのか。ぞっとしますね。」

「お前ら、わからないからって拗ねるなよ。二人ともプライド高いのは欠点だぜ。」

笑われることに若干の羞恥を感じる。ここが夜で良かった、赤くなった頬が見られない。

がらり、と崩れる足元の石にも気を止めず、フォーティは問いかけてくる。

「お前らは天体には興味はないのか? 月には? 火星には? SF小説も読まない?」

「寡聞にして。」端的に答える。

「悪いけど全然。」エイトもぶっきらぼうに答える。

「これも世代差なのかな。情報を取捨選択して摂取する世代か。勝手に宇宙の話題は入ってきたものだけれど。」

「今日の貴方は昔の話ばかりですね。」

少しよろけてから、フォーティはばつが悪そうに返答する。

「気づかなかった。本当だな、悪い。」

「人間、何もないのに昔の話をし出すときは、現実のストレスからの逃避が混じっているのだと聞いたことがある。」

「これから会う魔法少女はそんなに脅威的なのですか?」

「俺にとっては何もない訳じゃないんだよ。ああ、そういうと誤解を生むな。」

彼は支給品でない、高級そうな時計を見た。

「まあ良い、すぐに理由がわかる。俺はこの立地と列車ってのに昔を思い出して、郷愁の思いを抱いてしまったんだと、お前さんたちにもわかるさ。」

「それは一体?」

私の言葉を無視して、彼は空を指差した。


「ほら、始まった。」


半分赤く染まった月が真上に昇っている。

事前情報の通り、天頂に輝くそれは、その岩山に立つ人間たちに見せつけるように、ゆっくりと赤くなっていく。

「なるほど、皆既月食か。」

エイトが白い感嘆の息を吐く。

「そうならそうと言えば良いのに。遠回りなのですよ話が。」

私が鼻を鳴らすと、鼻息が白く尾を引いた。

「お前たち、この天空ショー相手に辛辣だな。」

「俺たちが辛辣なのはフォーティさん相手だけですよ。」

「言うなぁ。」

自然な仕草で、当然の権利のように、彼は煙草に火を点ける。

「エージェント32。携帯灰皿は持ってるか?」

「仕事中ですよ?」

「この景色を見て、煙草を吸わずにいられるかって。」

心底から美味しそうに彼は煙草の煙を吐き出す。

「ここは緯度で見ても経度で見ても、世界でも有数の天体観測スポットだ。街の灯りひとつなく、この空は世界中でも一位二位を争う美しさって訳だ。」

「綺麗だから煙草を吸う?」

「煙草を吸わんとわからん感覚かもな。」

暗がりは、その言葉に私が首を傾げ終わるまでだった。


閃光が走る。

暴風があたりの石を巻き上げて唸る。


振り向くと、その電車は出現していた。

送電線につながれていないそれは問題なく動き、私たちの目の前で停車する。

褐色の男が運転席横の窓から顔を出して、指を指して安全確認を済ませる。

タラップが降りて、小さな人影が降りてくる。

その少女は黒髪に凡庸な顔立ちとしか描写出来ない。記録装置にも一切の痕跡が残せなかった。

彼女の行使する能力が、強力なものであることを物語っていた。

「ここなら気兼なく月食を楽しめると思ったのに先客ね、記憶を消しとかなきゃ。」

「いえ、貴女に逢いに来ました。あの都市から。」

「何だ、知っていたの。招待客だったのね。」

にっ、と彼女は笑った。

「ようこそ、私の非実在電車に!」


対象:少女N

確定能力:電車に酷似した無機物の生成。

確定能力2:現実改変



「貴女と貴方、それと貴方は、いつかまた列車に乗りにおいでよ。何なら一緒に来ても良いよ。」

宴の後、去っていく彼女は思いついた様に言い放った。

指さされた私とエイト、そして一人の隊員は三者三様の反応を示す。

私は怪訝そうに、エイトは不愉快そうに、そして隊員は狼狽の色を隠さない。

隊員は声をあげる。

「俺、ですか?」

「どうやったらまた会えますか?」

「また遣いを出すよ!」

褐色の男が無表情に汽笛を鳴らす。

「じゃあね!」

そうして彼女は、乗った列車ごと消え失せた。



「お前には監視を付けさせてもらう。未確認能力を使用される可能性がある。」

当の本人は驚いた様だった。

「俺にはあの子は、そう悪い子には見れなかったです。」

「でもあのお嬢ちゃんは魔法少女だ。それも列車を作って世界を回ろうだなんて、かなり頭のネジが飛んでいる。接触しちゃならない。」

「でも。」

フォーティは苛立った様に煙草を投げ捨てた。

「お前は謹慎しろ。この法人の理念をわかっていない様だ。」

無言で立つ彼からは、何年経っても反省は引き出せないだろうと理解出来た。

フォーティはベテランのエージェントで、何人もの魔法少女に出会ってきた。彼なりに、隊員の安全を確保しようとしているのだと、その隊員を含むその場の全員が理解している。

それでも、納得するかは別だ。



しばらくして、一人の職員が失踪した。

まるで一瞬のうちに蒸発したとしか言えない失踪だった。

聞けば彼の家族は居らず天涯孤独の身であり、旅に出るには持ってこいの身軽な身であった。

「俺たちと同じだな。」

「そうだね。」

エイトと私は、彼の前途を祈らずにはいられなかった。

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