4人目 魔法体系少女
人間というのは集団になると途端に元気になる。
厳密にいうと人間でない、魔法少女たちでもそれは同じことだ。
社会人の私も、集団になって軽率に騒ぎたいところだが、私の所属するエージェント40が率いる隊員たちは誰も彼も真面目揃い。真面目というより、まともな社会人というだけなのだが。
数名の彼等は、円卓に座るエージェントの背後に真っ直ぐに立っている。
装備は私たちと同じ黒いスーツだ。エージェントと違い、法人からの支給品であるせいか、私の着ているものよりも質が良い。
次の休日にはスーツを買いに行こうかしら。買うお金がないわけではないがとにかく面倒だ。
自立した大人として、対応しなければいけないことはとても多い。その事実に鬱屈とするときも多い。
今がそれだ。
「何ですか貴方たち、黙り込んでしまって。私たちを神秘星学派と知っての狼藉ですか?」
「貴方がたはご存じないかもしれませんが、我々は五大魔法すべてを使えるのですよ、歴代で達成した魔法少女は片手で数えられる程の大魔法を。」
「反応がありませんね。貴方の身体で確かめさせてあげましょうか?」
少し黙るだけでこれだ。騒ぐ彼らを見る目が半目になってしまう。
見事な巻き毛の少女は小指を立てて紅茶を飲みながら、こちらの様子をじっと見つめている。
天然色だとすればどんな遺伝子が組み込まれているかわからない、鮮やかなピンク色をしている。彼女はまだ私たちの様子を伺う気はあるようだ。先程からこちらに話を振ってきてはいる。
残り二人はどうだろう。
一人はどこで買ったかわからないとにかく膨らんだドレスを着込んでいる。茶色のフリルをアクセントにしたそれは、元少女として見るとなかなか見応えのあるものだ。
彼女は先程から彼らの権威を解説しては反応を待つ行為を繰り返している。自己顕示欲の強さが見受けられる。もしや自己肯定感が足りないのだろうか。
世のエリートは勉強の為に自己否定を繰り返す為に、自己肯定が出来なくなると聞く。
彼女の主張する自身の経歴が本当ならば、さぞかし英才教育を受けてきたのだろう。そして、もしかしたら神秘星学派という団体の教育姿勢には改善の余地があるのかもしれない。
もう少し邂逅を重ねて、彼女らの態度が軟化し、コネクションが出来たら売り込むのも悪くない。
私が学んだ事柄をこっそりメモに書き付ける様子を、彼女ら三人はじっと眺めている。
やはり、今回の会合で一番の障害は彼女の存在かもしれない。
意図して見ないようにしていた彼女を、私は遂に見る。
その少女ははっきりと、人間社会に溶け込むことを拒否していた。
はっきり言うと不潔。同性だから指摘出来る事実だ。
黒髪は長く床に届いて乱れ、細かい砂埃まで巻き込んでいる。服は黒いローブが、これも丈があっておらず引きずって茶色くなっている。
会合は弊法人の会議室の一つで行なっている為、泥が付着しているのは彼女がここまでに来るまでの間に起きたことだ。森にでも住んでいるのだろうか。魔法に纏わる人物はとにかく森が好きな傾向がある。
顔はよく見えない為、端正かどうかも判断がつかない。何らかの心の傷でも合ってこの格好なのか?
ならばここまでの刺激的な言動も頷ける。
対象:団体「神秘星学派」
確定能力:五大魔法と自称する何らかの体系に基づく魔法。
確定能力2:炎、水、土砂、樹木、雷の自在運動、発生。詳細別紙。
備考:長期営業先。窓口はエージェント969まで。
思えば、彼女たちとはかなり刺激的な経験を私たちはした。社会に出てから血で血を洗ったのはあれが初めてで、実務経験として思い入れがある相手先だ。
こうして定期的な会合を開くまでになっているのは、偏に、弊法人の交渉担当が上手いからだろう。
彼女たちの正面に堂々と座るエージェント969、通称クロックの技術を真似ようと、私はこの会合のあいだ苦心していた。
彼は高級そうなダークストライプの黒スーツに身を包んだ長身の男性だ。何でも、魔法を行使する団体を営業先と定義して協業での活動を始めたのは彼がきっかけなのだとか。
本来の意味でのエージェント、代理人として、何処でも大成できるだろう人物。
魔法少女の彼女たちの言葉よりも、私は彼の言葉を聞いて技術を盗むべく、脳の容量を使っている。
いつも会える魔法少女より、滅多に会えない優秀な先輩の方がずっと大事だ。
「ひどい冗談ですね。僕は怖くて死んじゃいそうですよ。」
彼は大袈裟に戯けて見せる。その被虐的な態度に彼女たちの承認欲求はある程度満たされたらしい。長髪の少女以外はふん、と鼻を鳴らして態度を軟化させる。
長髪の少女だけは、爪をがりがりと噛みながら、こちらを睨んでいた。
「騙されちゃ駄目よ。」彼女は鋭く連れに警告する。
「どうせ、貴方がたも私たちを利用して戦わせようって言うんでしょう。」
「まさか。戦う程、私たちに敵はおりません。ついでに言うと貧乏で。」
「嘘ばっかり。全員鉄臭いのよ。血と銃の匂いだわ。」
敢えて想像させて自分を大きく見せることは、営業活動においては必要だ。
特に訂正せずにクロックは微笑んだ。どうせバレるのだ、事実を否定する必要もないということか。
「きっと酷く、悪い人達だわ。ここで殺してしまいましょうよ。」
「でもお爺様からは、殺すな、得体の知れない財団の情報を得ろ、と。」
「けれど面倒だわ。早く遊びに行きたいのに。」
彼らのことをまた一つ知れた。クロックの頷きに合わせて私は名簿の情報を書き加える。
備考:指導者あり。年配の男性? 要調査のこと。
「嗚呼、殺したいわ。この前の赤子は良い声で泣いたの。」
彼女は爪を噛みすぎて出血している。血を啜りたいならば丁度自分の指から出ているではないか、はしたない。
彼らの発言はどれも、我らの定める基準に抵触している。
人間社会を脅かすならば、行動を。堂々と掲げている理念だ。
だが私たちは、彼女たちの様な体系づけられた、魔法の法則を咎める術を持っていない。
彼女らは魔法少女の法に則って、人間を脅かしている。
それに対処するには、血も銃も足らないのだ。
けれど、いつか。
いつの日か、人間は、魔法への対処を行い始める。
その為の名簿付けだ。
その為の、我々財団だ。
「憎いわね。憎悪の感情が見えるわ。」
長髪の魔女は物の本質がよくわかっている。読心術の魔法も、未確認として記載しておこう。
「大丈夫よ。仮にそうだとしても、彼らの寿命は短いのだから。」
「そうね。」
したり顔の二人は、人間社会に詳しくないらしい。
寿命が短く、力も弱い人間が、古来よりどうやって強大なものに抗ってきたのかを知らないとは。
理念を掲げ、団体を作り、活動する。
思うに働くとは、意思を先の世に伝えることなのだろう。
一職員としては、そんなこと知ったことではない、と言いたくなる事態が多すぎるが。
「そこの貴女、食べちゃおうかしら。」
「食べないでください。」
特に、こんなちょっかいを、無数にかけられる日なんかそうだ。
さっそく私は、尊敬する先輩エージェント969に倣って、大袈裟に悲鳴を上げてみる。
どうやら彼女たちには、お気に召さなかったらしく、矢継ぎ早に言葉を投げかけてくる。
早く帰って休みたい。私は内心を押し殺した。
働くって本当に大変だ。
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