3人目 年齢不詳少女

隣に待機して、油断なく周囲に視線を走らせているエージェント40の口から白い息が漏れる。雲海を遥か下に臨む岩に到着出来る人材は少なかった。高山病になりかけたエージェント8たちの姿が目に浮かぶ。

そんな訳で、彼女と対峙しているのは私たちと数人の隊員のみだった。

だから、魔法少女であり絶大な力を誇るだろう彼女が対話に応じてくれたのは私にとってまたとない幸運だった。

「あたし、不老不死なんです。」

「そうなのですか。データ、書き換えますね。」

「もう少し驚いたりとかなさらないのですか。」

「不老不死の魔法を行使なさる方って割りと多いのですよ。亡くなられないのだから母数は増えるばっかりですからね。」

「え…。」

不老不死の少女は何故隠遁生活を好むのだろうか。

標高が高いとある山の頂。重装備の私たちを尻目に、彼女は戸惑った様子で手をうろうろとさせていた。

どうやら、私たちを敵対者と見做して魔法をぶつけようとしていたのだろう、ぴかぴかと行き場のない光が点滅する。

「他に、こんな、呪われた身体の女の子がいるのですか?」

「呪われているかはわかりませんが、他にも不老不死の方は沢山いらっしゃいます。一つの学派体系として確立なさってますよ。」

「ええ…。」

困惑の色を深めないでほしい。仲間が増えたことがどうしてそんなに困ってしまうのだろう。

私は、驚くべきことに、地上数千メートルでも機能するタブレット端末を操作して名簿登録作業を進めていく。


ターゲット:少女U

確定能力:身体能力の強化

確定能力2:不老不死

未確認能力:光の発生、運動エネルギーを伴う球体の作成


「どうしてそんなに冷静なの?」

真面目に仕事をしている大人を、彼女は睨めつけている。

やはり不安なのだろうか。私は内心同意して頷いていた。不老不死とはいえ、魔法を使うとはいえ、彼女は感情を失っているわけではない。

ならば突然現れた重装備に戸惑うのも道理。

「安心してください、危害を加える気は全くありません。」

「本当にないの? どうして?」

「どうして、と仰られましても。」

彼女にとっては好都合だろうに。

眉に皺を寄せる私の代わりに、フォーティが前に出る。私の口からも白い息が漏れる。彼の靴には霜がびっしりと下りていた。

和かに彼は問い掛けた。

「お嬢ちゃんはどうして不老不死だとわかるんだ?」

彼女は小首を傾げた。古ぼけたワイシャツがずり落ちて鎖骨が露わになっている。

「ずっと生きているの、この姿で。ここまで来たのに死なないし。だからそうなんだって。」

「そう、言われたのか?」

「うん。」

親族関係はろくなものではなさそうだ。フォーティが一人頷いている。

息を吸うのにも喉が痛くなる。きっと空気中の水分が喉の中で凍っているのだ。

深呼吸をしながら彼女は続ける。

「私は、特別では、ないんだね。」

それは難しい質問だ。

人間のくくりからいえば、魔法少女は存在するだけで十二分に特別だ。

まるで親に対しての子供の様に。

けれどこんな山奥に長年暮らす不老不死の彼女は、魔法少女として、適切に、特別なくくりから評価しなければならない。そのくくりの為に我々は働いている。


黙る私を、彼女は絶望的な目をして眺めている。


ぴこん、と電子音が手に持つタブレットから鳴った。

「これにて、貴女の名簿の登録は完了しました。ご協力感謝いたします。」

お辞儀をする私たちの前で、彼女は立ち尽くしていた。

「それでは。」

合図をして撤収する私たちを、大声が呼び止める。

「あの!」

「はい。」

「私も連れていってくれたりとかしないんですか!」

フォーティの顔が歪む。

私は普段通り、淡々と答える。

「貴女は社会に損失を与えていません。保護対象ではありません。」

「ここ以外の場所を知らなかったの。」

彼女は舞台がかった仕草で自分を指し示す。

「あたしも保護して。」

「それは致しかねます。」

即答した私に、彼女は再度絶望に目を浸して口を閉じた。

「社会に損失を与えていないのに保護する、その基準を我々には定めることが出来ないのです。」

思わず、といったように一人の隊員が叫ぶ。

「一方的な保護、拉致も起こる可能性が少しでもある行動は取れません。社会は行間の読解を最大限に行なってしまうところなのです!」

言い訳にもなっていない。耳元で叫ばれたせいで、私の脳は揺さぶられて痛んでいた。歯をむき出しにして頭を振って見せれば、その隙にフォーティは彼女に向かって言う。

「お前は、社会に損失を与えるのか?」

「そんなことは。」

私は首を横に振る。勿論、頭が痛いからだ。

気づいたように彼女は言い換える。

「与えるかもしれません。その力がありますから。」


どうして社会に損失を与えるものを保護対象とするのか。

社会と関わる以上、人間の価値判断に合わせる必要がある、と考えているからだ。

関わらず、魔法少女の価値観で生きる者に、我々人間は関与しない。

それが長い生存競争の末に、我等の間で結ばれた協定だ。


ならば彼女の様な、人間から分化した魔法少女、ハグレは?


「与えてしまうのか。危険性があるなら保護しなきゃ、な、エージェント32。」

うきうきと話すフォーティに本気で頭が痛くなる。

「手続きが必要ですね。今日も残業です。」

「こんな雪山で残業も何もないだろう。」

「雪山から直帰出来ないって言っているんです。」

フォーティは呆気に取られたようだ。

「一度家に帰らずにそのまま出勤する気か? もう少し楽に生きろよ。」

「早くに手続きすれば、この子が早くに温かくて甘いものを食べられるかもしれないじゃないですか。」

雪山においても白髪が目立つ彼は、握っている銃器で私を小突く。

「お前はお嬢ちゃんと同じ思考回路をしているな。真面目な奴はこれだから。いいか、手続きなしでも温かくて甘い、ココアか、それだとかを飲んで良いんだよ。」

「どうして?」

「その理屈を考えられるのが大人ってものだ。」

人間社会というのはかくも難しい。

くすくすと隊員たちと彼女に笑われて、雪焼け気味の顔がより赤くなる。

「じゃあ俺が運びますね。」

先程叫んだ隊員が彼女を抱え上げた。

白い背景に彼女の紅色の頬が映える。

「でも、重いよ。」

「そんなことないさ。もっと食べなきゃな。」

魔法少女兼人間として生きるのはとても難しい。

彼女はその永遠の生の中でどれだけの苦労をするだろう。私の短い生ですら苦難と後悔の連続なのに。

いや、それを決めるのは彼女か。

無駄な重圧をかけようとする心を殴りつけて、一番必要な言葉を、人として生きる彼女に向かって放つ。


「貴女は特別なひとですよ。」


振り向いた彼女の笑顔は、雪山に置いておくには勿体無い程、可愛らしかった。

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