2人目 お菓子な少女

「おはよう、エージェント32。今日は俺と二人で行動だとさ。」

「おはよう、エージェント8。本日は厄日だよ。」

「それはお気の毒に。俺にとっては絶好の仕事日和だ。」


今日も天気は良い。朝干した洗濯物もよく乾いていることだろう。

こんな日は誰もが心穏やかになるらしく、住宅街にスーツ姿の二人組が現れても、特に見咎められることはない。

とある映画の様にサングラスまでしていないからだけではないだろう。

怪しい風貌の二人組というのは本人たちの気質と演出によるのではないかな、と同業者として、常々考えている。

サングラスに鍛えた体つき、きっちりと詰めたネクタイ、というのは怪しんでくれと言わんばかりではないか。

彼らの様な人々には、この仕事を長くしていれば会うこともあるらしい。会ったら確実に申し伝えよう。

同業者の私たちは、偽装のために、まるで外回りのサボリーマンの様に、怠惰極まる表情で、日当たりの良いテラス席にてのんびりとケーキをつついていた。


勿論、サボりではない。

我々はとある財団法人のエージェントとして、魔法少女の名簿付けを行っている。

このケーキ店の看板娘による魔法の行使が認められた為、こうして実働部隊としてやってきたのだ。


魔法少女への敵対意識の強かった一昔と違い、平和的記帳を求められる昨今、我々の業務において、警戒されることは最も避けなければならない。

平和な世情において、恐らくどのエージェントも同じことを求められているのではないか。ハウツー本を出版すればどれ程売れるだろうか。

そう、つらつら考える私を尻目に、今日の仕事の相棒はケーキセットを頬張っていた。

「ここのモンブラン最高だな。」

「ショートケーキもなかなかだよ。」

「一口くれよ。」

「はいよ。代わりに一口。」

「どうぞ。」

平和な世情であっても、この仕事中に甘味に仕事中ありつけるなんて、なかなかあることではない。

「まさに魔法のケーキだな。」

「比喩でなく魔法のケーキと思うと、絵本の世界の様だよね。」


ターゲット:少女R

確定能力:甘味類の加工

未確認能力:有機化合物の無尽蔵な生成


「未確認能力がさえなければね。」

「こんなに美味いのに、残念だな。」

淡々と話す私たちに、残念な気持ちがないとは決して言えない。

この店は今後、看板娘が居なくなる可能性がある。

くるくる、とよく働くウエイトレス、もとい、ターゲットに私たちは意識して目を向けない様にしている。

このケーキ屋には、生ごみが産廃として排出された形跡が一切ない。

生ごみがないということは、材料を一切購入していないということ。それだけでも経済的損失はいかばかりだろう。


社会に影響のある魔法の行使は、名簿に記載する以上、看過することが出来ない。


奇跡的に生ごみを出さずにケーキを作る天才、もしくは消滅の魔法を持っている可能性もある為、私たちは派遣されてきた。

材料の購入さえあれば、ブラックホールを作る魔法を行使してようが知ったことではない。産廃業者の損失もあるだろうが、無より作成されたケーキの販売よりは影響は少ないと考えることが出来る。


昼間から働く彼女の姿を見て、淡い期待は捨てようと頷き合ったわけだが。

こんな、平日の昼間に、中学生が店に立っている。

決して健全とは言えない生活だ。

「どの様に進める?」

「魔法少女であることに言及しようか? 出来るだけ味方の様に、親しみのある様子で。」

「日曜の朝アニメを予習してきた甲斐があったな。」

同僚エイトは大真面目の様だ。

「じゃあ俺が話しかけようか。」

「いや、同性の私の方が。」

そこで慌てて口をつぐむ。

彼女が笑顔を浮かべて近づいて来たからだ。


「当店のケーキは如何ですか?」

突然の言葉に困惑しながらもエイトは言葉を返す。

「美味しかったよ。やっぱり素材が違うのかな?」

「そんなことはありませんよ。」

照れた様に笑う彼女からは、年頃の女の子よりも成熟した様子が見受けられる。

こういう人は危うい。同性の勘が警鐘を鳴らす。

「それで、貴方達は何者ですか?」

だから、手を前に突き出した彼女に対処出来たのは、勘のお陰だった。

白い粉が彼女の指先数センチから生成され、顔面に向かって吹き付けられる。

私は洒落たテラスのテーブルを、彼女に向かって投げつけた。身体を鍛えることはこれだから大事だ。



■情報更新

ターゲット:少女R

確定能力:甘味類の加工、有機化合物の無尽蔵な生成

備考:麻薬類の生成および知識の保有を確認。


命令1:対象の保護を命ずる。



「なーんでバレたかな。」

車の後部座席に陣取ったエイトは伸びをしている。

ハンドルを握る私は彼の様に寛ぎたい気持ちを押し隠しきれず、欠伸を漏らした。

助手席には彼女が借りてきた猫の様に座っている。

「どうしてバレたの?」

軽く問いかけると大袈裟に身体を震わせる彼女は、先程致死量の麻薬を顔面にぶつけてきた人物とは思えなかった。

魔法少女たちは純粋なのだ、と、片付けるにはこの様な事態が多すぎる。

「答えてよ。」

私のハウツー本出版の夢もこの返答にかかっているのだ。

強く促すと、エイトが苦笑しているのが見えた。

彼女はおずおずと話し出す。

「有難いことに、仕事の合間にうちのケーキを食べに来てくれる人も多いんです。だから知っているんです。」

「何を?」

「外回りをサボっている人は、テラス席に長く滞在なんてされません。」


新卒入社というのはこれだからいけない。

他の、一般企業のことなんて知らないのだ。

「普通に考えたら、それもそうだな。」

気づかなかった間抜け二人と、賢い魔法少女を連れて、車は国道沿いを駆け抜けていった。

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