第3話 高海桃の章

 1週間ぶりに家に帰ったあたしは、メガネを外し、ベッドに寝転びながら、なんだか現実感がないような不思議な感じを味わっている。

よくわかんない罪で逮捕されて、助けが来て解放されるなんて漫画みたいな話だ。

それにしても。涼のお兄さん、カッコ良かったなあ。涼はあんなお兄さんがいていいなあ。きっといい家族がいるんだろうなあ。いいなあ。


 あたしが帰ったとき、家族は特に喜んではくれなかった。

むしろ、自分の家が兵士から睨まれることになるのではないかと、厄介なやつが帰ってきたなという反応だった。

いつもそうだった。家族はバラバラで、とっくに壊れていた。

ただ同じ家で暮らしている他人。それ以外に形容しようのない関係性だった。

それでも。今回ばっかりは期待してしまったあたしがいた。

命からがら帰ってきたあたしを抱きしめてくれて、頭をなでてくれるんじゃないかって。

よく頑張ったなって褒めてくれるんじゃないかって。

刑務所の冷えたご飯なんかじゃなくて、あったかくて美味しいご飯を食べさせてくれるんじゃないかって。

あたし、バカだから。そんなあり得ないことを期待しちゃった。

期待すると、裏切られて悲しくなるだけなのに。

そんなこと、いままで17年間生きてて学んできたはずだったのに。


 何だかお腹が空いてきた。

メガネをかけ、フラフラと立ち上がり、キッチンに向かう。

父も母も兄もテーブルに向かっているが、誰も口をきいていない。

陰鬱な雰囲気が場を支配し、テレビの音だけが聞こえている。

テレビでは革命軍のリーダーだとかいう男が、革命の成功の凱歌を上げていた。

本当に革命は成功したんだ。

それでもなんだか、やっぱり現実感がないな。

三人がこちらをふりかえる。無言。

後ろを通り過ぎ、冷蔵庫をあける。何もない。ため息。

そこで母がようやく口を開く。

「あんた、どの面下げて帰ってきたわけ?」

あたしは何も答えない。

「うちが国から睨まれることになったらどうすんのよ!」

と叫ぶ。

あたしは何も答えない。

ただ下を向いている。

こわい。早く嵐が通り過ぎて欲しい。頭を上げていると、風に攫われてしまう。

母は立ち上がり、あたしにビンタした。

メガネが吹っ飛び、床に落ちる。あわててそれを拾い、

「…ごめんなさい。生きていて、ごめんなさい。」

とだけ答えて部屋に逃げ帰った。

「早く出て行け!」

という母の声が背中に突き刺さる。

あたしは血を吐く思いで、またベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

神様、どこにあたしの救いはあるんだろう。

そもそも神様はどこにいるんだろう。誰か、誰かあたしを助けて。

 

 心が壊れてしまいそうで、何もかもが嫌で、目をギュッと閉じた。

そうするとなぜだか涼のお兄さんが浮かんできて、あたしに手を振っている。

こっちにおいでと優しく声をかけてくれる。

その優しそうな笑顔。

涼にしていたように、あたしを抱きしめてくれている。あたしの頭をなでてくれている。


 あたし、バカだから。信じちゃうよ。


 あたしだけの神様。

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