第2話 神田涼の章

 ここに捕らえられてから5日が経った。

わたしたちはまだ生きている。

しかし、決して楽観視できる状況ではない。

いつ死刑が執行されるかわからないのだ。

明日生きていられるかどうかわからない状況というものは、人の精神を極端に摩耗させ不安定にさせる。

わたしたちは、会話の量が目に見えて減った。

誰の精神にもそんな余裕がないのだ。

無理もない。わたしたちは一介の高校生で、なにか主義主張にもとづいて行動してきたわけでも、死してなお残したい高邁な理想があるわけではない。


 夜にときおり兵士が来て、ふざけてドアを蹴飛ばしたりする。そして青ざめ、死の恐怖に打ち震えているわたしたちを観察し、ゲラゲラと下卑た笑い声を出す。

みんな絶望に打ちひしがれ、心も折れてしまいそうだ。

優はわたしの兄が革命軍の幹部であり、革命の機運が高まっていることをみんなに話してみんなを励まして勇気づけようとしてくれているが、優は優で自分が原因でわたしたちが捕まったことに罪悪感があるようで、どこかぎこちない。

ムードメーカーである翼もいつもはうるさいくらいなのに、ここ数日は黙り込んでしまっている。

おとなしい明は何を考えているのかよくわからない。

五人のなかでは桃が一番深刻で、昨日から話しかけてもほとんど返答がない。普段は強がっているがもともと打たれ弱い子だし、心配だ。


 わたしは天井を見上げる。兄貴はまだ助けに来てくれないのだろうか。

 

 それからさらに2日が経過していよいよ時間の感覚がなくなってきたところで、わたしたちは別の部屋へ連行された。

見るからに重たそうな扉を看守が開けるとキイイイと不愉快に軋む。

薄暗い。血なまぐさい。なんだろうここは。猛烈に嫌な予感がする。とても長居できるような空間ではない。全員が言葉を失っている。

間違いなく、これから起こる事態を予見しているのだろう。

どう考えてもこれはハッピーエンドではない。

 

 やがて、一際目立つ風貌のヒゲの男を先頭に、何人もの兵士が入ってくる。

男は残忍な目つきでわたしたちを睨めつける。これはまずい。全身が警告している。

これはわたしたちを殺すものだ。殺される。このままでは、殺される。

冷や汗が止まらない。

何かしゃべろうにも口が乾ききってしまい、言葉が出てこない。

かろうじて出てきた言葉は「あ」だけだ。

人は本当に恐怖に直面したとき、「きゃあ」とか「ぎゃあ」とか叫ぶことも出来ず、「あ」のような言葉しか出てこないのだと初めて理解した。

頭も真っ白になってしまった。だめだ、考えろ。考えなくては殺されるだけだ。

しかし、男の顔には慈悲の心は微塵も見えない。

ああ、わたしは終わるのかと諦めかけたそのとき。刑務所全体に、地響きにも似た轟音が響き渡った。


 とても大きな音が響き渡る。銃声も聞こえてくる。これはなんだろう。理解が追いつかない。

五人とも顔を見合わせる。

男は色をなして兵士を叱り飛ばしている。

兵士はあわてふためき、みな部屋から出ていった。

男は相変わらずわたしたちを睨めつけながら、初めて口をきいた。

「ちっ、邪魔が入りやがった。せっかくじっくりと、てめえらをなぶり殺してやろうと思ったのに、時間がなくなっちまったじゃねえか。」

極めて残念そうだ。

「俺は好きなものは最後まで取っておくタイプなんだが、こうなっちゃあ仕方ねえな。」

そして懐から拳銃を取り出し、

「何か言い残すことはあるか?」

と陳腐過ぎる台詞を吐いたところで、急に重たい扉が開け放たれた。

 

 その人影を視認したわたしは思わず「兄貴!」と叫んでいた。

扉を開け放ったのは、わたしの兄であり、革命軍幹部でもある神田真。

その後ろには数多くの革命軍たち。

薄暗い部屋に光が一気に差し込んだその刹那、真の拳銃が火を噴き、男は驚愕の表情を浮かべながら肩と足から血を噴いて崩れ落ちた。


 刑務所のなかは大混乱に陥っていた。

革命軍が一斉に乗り込み、兵士を拘束している。

わたしたちは真たちに表まで連れ出された。

安全な場所まで行くと、

「遅くなって悪かったな。ごめんな、怖かったよな。」

と真はわたしたちに謝った。

その言葉を聞いてみんなボロボロと泣き崩れた。

それまでのようなすすり泣きではなく、大声を出して泣き崩れた。

ずっと張り詰めっぱなしだった緊張の糸がプツンと切れた感じだ。

革命軍のみんながわたしたちの背をさすってくれる。

「兄貴…怖かった、怖かったよう…」

わたしは自分でも意識しないうちに、真に抱きついていた。

困ったなあ、こんなの普段のわたしのキャラじゃないんだけどなあ、でもいまだけはいいよね。

いまだけはこうしていたいんだ。

真は安らかな顔でわたしの頭をなでてくれている。

とても怖かったけど、いまはとても幸せだ。


 落ち着きを取り戻したわたしたちは、真たち革命軍にいろんなことを聞きまくった。

いまなにが起きているのか。街はどうなっているのか。家族はどこにいるのか。

真は優しい口調で、

「革命の機運自体は数か月前からかなり高まっていたんだが、おまえらが捕まったことを知って急いで計画を立てた。」

「部隊を3つに分けて、まずは俺らの第一部隊が東洋刑務所を襲撃、おまえらや政治犯たちを救い出す。第二部隊、ここに一番戦力を割いているんだが、これが内務省と隣接する国王のいる故居を襲撃している。第三部隊は放送局を占拠し、国民に革命を知らせる。」

「俺たちが攻撃しているのはそのへんだけだから、街には何もしてない。革命軍以外のひとたちは家に閉じこもっているだろう。俺たちは極力誰も殺したくない。拘束して反撃されないようにはするが、生命を奪うのは国王軍のやり方だからだ。やつらはまともな訓練なんてしてないから、単純な戦闘力で言ったら俺らのほうが上だ。もうすぐすべてが終わるはずだ。」

と答えてくれた。


 そのとき、真の無線が入った。

「…内務省、占拠完了!」

と威勢のよい声が聞こえる。

喜びを噛み締めている真は

「とにかくみんな、疲れただろう。家に送っていこう。」

とわたしたちを送ってくれた。街の通りには誰もいない。お店も全て閉まっている。痛いくらいに音がしない。革命で戦闘が起きているのは刑務所や内務省の付近だけというのは確かなようだ。


 歩きながら、街の静けさが少し怖く感じた。

みんなとわかれ、1周間ぶりに家に帰ったわたしを家族は明るく迎えてくれた。

あまりにいろんなことが起こりすぎて、本当に疲れた。

わたしはすぐさまベッドに倒れ込み、深い眠りに落ちていった。

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