The Rust Song

ライカ

第1話 須代優の章


 この国はクソッタレだ。いままでもずっとクソだったが、今日ほど強くそう思ったことは無かったよ、ホント。

この国を牛耳っておられる国王様ってのは、そんなに偉いのかね。

俺みたいな下賤の民なんかは会ったこともないから、そのありがたみってもんがわかんないんだよな。

 

 俺はいま、刑務所にいる。空が狭いよ。刑務所の窓に切り取られた空ってのはこんなに味気ないんだな。

部屋の中も殺風景で、物は毛布と食器くらいしかないよ。つまんない部屋だ。

そんなに広くもない部屋に五人もいるので、なんだか落ち着かない。

あと寒い。いまは冬なんだけど暖房もない。


 なぜ俺たちが刑務所にいるのかといえば。

どうやら俺は「国家体制を転覆しようとした罪」とやらで捕まったんだが、俺はそんなけったいなことは何もしていないよ。

今日の午前中の休み時間に面白がって教科書の国王の写真に落書きをしていたら、それを社会の田川に見つかって、野郎が興奮して校長に告げ口しやがった。こいつはこうやって点数稼ぎばかりしやがる気に食わない野郎だよ。

 

 それから一時間もしないうちに学校に兵士が乗り込んできた。

俺は逮捕され、悪い芽は早いうちに摘んでおけとばかりに、まるで凶悪犯罪者みたいに何人もの強面の兵士に取り囲まれて、顔やら腹やら足やらを蹴られまくった。

校長と田川はそれを横で見てるだけ。

ひどい話だよまったく。神も仏もないもんかね。

しかも俺だけじゃなく、その落書きを面白がって見て笑ってた友だちもみんな捕まっていて、同じ部屋にいる。

いくらなんでも教科書に落書きしたくらいで全員捕まえるってのはやりすぎだよ。


 扉の外から看守の野太い声が聞こえる。

「おい、囚人番号1006。出ろ。」

それは俺の番号だ。俺ははいはい、わかりましたよと立ち上がる。

まだ蹴られた身体の節々が痛む。

両手を縄で縛られた状態で看守に連れられ、ちょっとした広間に入って少し待っていると、裁判官が入ってきた。

「囚人番号1006。貴様は、『国家体制を転覆しようとした罪』を犯したな?」

と威厳あふれる声で聞いてくる。

聞いてくるっていうよりかはもう確定してる事実を押し付けようという威圧的な感じだ。

「いや、俺は教科書に落書きしただけですよ。そんな国家体制なんておおげさなこと考えたこともないですよ。」

何言ってんだこいつはとばかりに答えたが、横にいる看守に思いっきり腹を殴られた。

「貴様、何だその態度は!」

と怒鳴っている。

不意打ちだったこともあり、あまりの痛みに思わずうずくまっていると、次は頭を蹴り飛ばされた。

くそ、頭が割れるように痛い。早く立ち上がらないとやばい。

でもまずい、意識が朦朧としてきた。一方で頭上からは容赦なく裁判官の言葉が降ってくる。

「どんな理由があれども、国王様の御写真に対する不敬は許されない。国王様を敬う気持ちが足りない者はいずれ国家転覆の反逆を起こす可能性がある。今回の貴様の行為は万死に値する。よって貴様は死刑だ。それから貴様の仲間も全員死刑だ。全員に伝えておけ。」

そう言い放つと裁判官は足早に出ていった。


 裁判官が出ていき、俺が呆然と座り込んでいると看守に

「早く立て。また殴られたいのか?」

と急き立てられ、俺は看守に無理やり立たされてまた元の部屋に放り込まれた。

ガチャンという錠を下ろす音が冷たく響く。

さきほどまで恐怖と痛みに身体が支配されていて理解が追いついていなかったが、どうやら俺たちは死刑になるらしい。何だよそれ。いくらなんでもふざけすぎだろ。

乾いた笑いがこみ上げてくる。


 俺のもとに、涼以外の三人が駆け寄ってくる。

「優、大丈夫か?」

「わたしたちどうなるの?」

「いつ帰れるの?」

と口々に聞いてくる。

だから俺は説明してやった。大丈夫じゃないこと。全員死刑になること。もうどこにも帰れないこと。

「そんな…」

「なんで…」

「やだよお…」

と三人とも泣き出してしまったが、大声を出すと外の看守が飛んでくるのですすり泣くことしかできない。

涼だけは俺に背を向けて座っていて、表情が読み取れない。

「みんな本当にごめん。俺が軽い気持ちで落書きなんかしたからこんなことになって。謝って許されることじゃないけど…でもさ、いくらなんでも落書きで死刑なんてことはないはずだよ。明日聞いてみるからさ!」

と言っても、誰からも反応はない。

みな諦めてしまった目をしている。当たり前だ。裁判官が死刑と言ったら死刑なのだ。

だいたい「明日聞いてみる」っていったい誰に聞いてみるんだ。

空疎な言葉や安易な慰めはいまこの空間には必要ない。いまこの空間には悲壮だけでいい。

そんなのはわかっていたけれども、カラカラの喉から出たのはそんな言葉だけだった。

三人とも死人のような顔つきで、フラフラとした足取りでそれぞれ部屋の四隅に歩いていき、毛布をかぶって寝転がってしまった。

部屋はすすり泣きの音で満たされ、俺はやりきれない思いでいっぱいになった。

この国は落書き程度も「子どものイタズラだから」と許してはくれずに死刑にされるのか。

どうすることもできずに俺たちは虫けらのように死んでいくのか。


 俺は部屋の真ん中でひとり膝を抱え、己の惨めさに涙を流した。



 どれくらい時間が経ったのだろう、ふと涼の声が聞こえた。

顔をあげると涼が目の前にいて、思わず「うわっ!」と声を出してしまい、笑われた。

「優らしくないじゃん、そんなに落ち込んじゃってさ」

なんて軽く声をかけてくるが、おそらく世の中の99%以上の人間はマジの裁判官に死刑宣告されたらめちゃくちゃ落ち込むと思う。

「おまえなあ…今の状況わかってる?いやそりゃあ俺が招いた状況なんだけどさあ…」

と言うと涼は急に真面目な顔になり、

「わかってるよ。わかったうえで、最善の方法を考えないといけない。落ち込んでる暇なんて無いよ。」

とまさにごもっともなことを言う。そりゃあそうなんだけど、理屈じゃ割り切れない感情ってもんがあるんじゃないかね。

まあこいつはいつだって冷静沈着ですごく頼りになるし、そこがいいところでもあるんだが。

神田涼。

男女の区別がつきにくい名前だし、髪も短いため、たまに男と間違われるがれっきとした女だ。

女子サッカー部のキャプテンであり、勉強もできる。

当然、女子からモテモテである。

男子サッカー部キャプテンの俺よりもずっとモテている。

「最善の方法つったってさ、なんか方法があんのか?」

と聞くが、

「さあね」

とそっけない。

他の人にはすごく愛想がいいんだけど、俺と涼は小学生の頃からの付き合いだからなのか、俺に対してはたまにクールを通り越してコールドだったりする。


 ややあって、涼は伸びをしながら、

「革命が起きてくれたらなって思うよ。」

なんてつぶやく。

「兄貴が言ってたんだよ。地下ではいま革命軍が組織されてて、近いうちに武装蜂起を予定しているんだって。」

涼の兄貴は大学生で、反政府運動をしていたはず。それであればそこそこ確かな情報なのかもしれない。

「なるほどね。バスティーユよろしく、ここの刑務所を革命軍が襲撃してくれたら俺たちは助かるってことか。そんで革命はいつ起きるんだ?その前に俺らの首が飛んじゃあ意味ないぞ。」

「実はわたしは捕まる時に兄貴に携帯からメールを送っておいた。雰囲気的にもヤバそうだったから。いま私の兄貴は革命軍の幹部をやっているんだ。もし後の計画だったとしても、前倒しにしてくれるかもしれない。」

「さすが涼だな。そっか、いま兄貴が幹部なのか。そしたら希望があるかもしれないな。」

「だから、いまは待つしか無い。携帯も取り上げられてしまっているし。待て、しかして希望せよということだね。」

「なんだっけ、それ。」

「『モンテ・クリスト伯』を読みなさい。無実の罪で罰を受けているという意味では、いまのわたしたちも同じ状況なのかも。」

「ふーん、よくわかんねえな。」

「優はもっと勉強しなよ。」

「生きて帰れたらな。」

なんて軽口を叩いているうちに眠たくなってきた。

「なんか色々あって疲れた。殴られたり蹴られたりしたところも痛いし、ちょっと寝るわ。」

「うん。おやすみ。」

俺は寝入りばなに涼の言葉を聞いた気がしたが、よく聞き取れないうちに眠りに落ちた。

後にそれは

「『モンテ・クリスト伯』では、主人公が無実の罪で捕まった復讐をするんだけど、わたしたちはそんなことしたくないな。ね、優。」

と言っていたと知った。 




 やっぱり涼は頭が良かった。

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