終幕

エピローグ 先人の論文

 私は昭和の日本で地質学者をしていた。平成初期に一線は退いたが、やがて認知症を患ってしまう。どうやってここまで来たのかもわからないが、ここから先の記憶はある。

 気づくと私は愛知の長野寄りにある心霊スポットとして有名なトンネルの前にいた。帰る術もなかったので私はそのトンネルを徒歩で進んだ。するとこの世界のカケモリ市国という国に召喚された。元の世界では平成25年のことだ。


 そこで出会ったのは占い師であり召喚士であるアキコ・ヒグチだ。彼女は当時17歳で、なんと私も17歳の体になっていた。そしてこちらの世界は東暦2961年だと教えられた。

 アキコ曰く、この国に発展をもたらし、この国生誕の歴史を解明する者が現ると占いで出たらしい。私は地質学を活かしてこの国の発展を使命として受けた。


 カケモリ市国はどことなく富士山を思わせる地形に、幼少期に私が育った掛守市の面影を残す街並みと人々が特徴だった。

 資源が豊富で石炭が取れ、私が銅を発掘したので火力発電所を開設して街に電気を通した。アキコと地質調査に出向く二度目の青春は私にとってかけがえのないものとなった。

 市国民との開発努力が実って電話も通った。それまでは全てが原始的だった。すると私の体が光った。アキコ曰く、使命を果たしたからこの世界の人間だと認められたらしい。私はアキコと結婚をして子を授かった。


 やがてカケモリ市国の資源を求めて南北両隣国との戦争が始まる。通した電気による街の光に両国が恐れを成したことも引き金だった。

 堀川の橋を全て落とし、自国軍は船で攻め入って来る相手に粘り、そして休戦まで漕ぎつけた。それを機にと南北に2本だけ橋を架け、私は地質の知識を活かして石積みの防壁を作らせた。


 幸いなことに言葉は通じたので建造中に私は読み書きを教え、それまで尺貫法だった長さの単位をメートル法に改めさせた。

 暦は太陽暦を教え、市国民は元来から使われていた東暦年号に太陽暦を無理やりはめ込んだ。


 しかし結婚後も続けた地質調査をしていると気づくのだ。やはりここは富士山の地層と類似している。しかし矛盾が私に否定の考えも押し付ける。富士山では発掘できないはずの資源だ。


 そんなすっきりしない疑念を抱きながらも時は過ぎ、東暦3001年を迎える。この年私は57歳になる。私は元の世界でのこの年齢を忘れることは絶対にない。人生で初めて元号が変わった年だからだ。

 すると1つの仮説が私の頭に舞い降りた。それは流れるように1本の線となって説得力をもたらした。憶測ばかりで信憑性のない仮説のはずなのに、この強い説得力は何だろうか。


 東暦3001年を平成元年、つまり平成1年と置き換える。西暦で言うと1989年だ。それから東暦元年を計算する。すると紀元前1012年になる。この年のとある日を仮にXデーとしよう。私の仮説はこうだ。


 Xデーに地球は2つの時間軸を持った。つまり平行世界ができたのだ。私が元いた世界に対してこの平行世界である。更にそのXデー。平行世界の日本では大きな地殻変動が起こった。


 Xデーに日本列島は富士山を起点に圧縮を始める。その際富士山を軸にして反時計周りに回転したとする。その圧縮でカケモリ山は静岡山梨とその隣県の集合体となった。

 これで心霊スポットのトンネルがカケモリ市国の鉱山区と同一の位置になったと定義できる。地盤が異常に硬いのも圧縮なら説明がつく。加えて表面は掛守市の面影を色濃く残した。

 ただ異常な地盤の硬さに対して林や農地があるので、これは先住民たちのたゆまぬ努力の結果だろう。開拓した先住民に脱帽するとともに、敬意を表する。


 その他にも日本中の資源を幾らか集めて圧縮したのではないだろうか。しかしその圧縮はカケモリ市だけでは溢れる。よって北のヤン国と南のソウ国がある。

 北のヤン国は東日本の集合体。南のヤン国は西日本の集合体。そしてカケモリ市国は富士山の位置で掛守市の平行都市となった。地形が違うのはこのためだ。


 つまりこのカケモリ市国とヤン国とソウ国を合わせた三国は島になっていて、私が元いた日本列島よりも狭い。島であることは亡命してきた住民に聞いて確認が取れた。

 それならばなぜ海を渡らないのか? 住民に聞いたところ、渡れないそうだ。どれだけ沖に出ても海流に流されて戻って来てしまうのだと。だから漁業は近隣の海域のみだと教えられた。


 そこでもう1つの仮説が浮かぶ。いくら圧縮と言っても海抜上だけでは無理がある。Xデーの影響で日本列島は一部沈むように圧縮し、周囲の海流は変わり、謀らずとも鎖国状態になったのではないだろうか。

 尤もカケモリ市国は国策が鎖国だし、島全体で言えば鎖国と言うよりは孤島だ。

 加えて思うのが恐らく気流も変わった。だから台風が来ず、大陸から海どころか空を使ってもこの島にたどり着けない。


 この平行世界の大陸の文明がどれだけ進んでいるのはわからない。それでも人工衛星が既に打ちあがっている可能性は高いと思う。

 しかしこの島はその衛星からも発見できない、地球上では認識されていない島になったのではないだろうか。だから原油も輸入できず、文明は遅れたままである。


 よって私はこの論文でこの仮説を示したい。ここは私が元いた世界の平行世界であり、Xデーが東暦元年だ。

 ただ日本では希少な資源もあるから不思議なものだ。これもXデーの副産物だろうか。加えて召喚士や占い師がいることにも驚く。やはり全てXデーの副産物なのだろう。


 するとこの論文の筆を執っている正に今、私の体が光った。そう言えば昔も一度こういうことがあったと思い出す。今回はどういう意味なのか、アキコに後ほど聞いてみたいと思う。


 最後に記す。


 私は願う。もし私の後人として平成の日本から召喚される者がいるなら、その知識を存分に活かし、カケモリ市国を発展させてほしいと。地球全体で比べれば資源は限られているが、その限りある資源を有効に活用し、この国を豊かにしてほしいと思う。


 ◇


 俺が論文をデスクの引き出しに仕舞うとリンとフタバが寝室に入って来た。俺の愛する2人の妻だ。


「論文を読んでたのか?」

「あぁ」

「有意義なことは書いてありましたか?」

「あぁ。たぶん俺が元いた世界の人間しか興味を持てないことだけど」

「そうですか」


 俺はリンとフタバの体を労わってソファーに座らせた。両側に2人の妻を置いて俺は彼女たちのお腹を優しく擦る。目でも手でもわかるほどそのお腹は膨らんだように思う。


「リンとの子供は女の子がいいな」

「ふふ。召喚士か?」

「あぁ。来年お義母さんが召喚するって約束してくれたから、女の子ならまたいつか召喚できるじゃん」

「それならお婆様の後継者となる占い師も必要だな」

「あ、そうか」


 それもまた難しい問題だな。とは言え、来年は医療に詳しい人が召喚できたらと願う。その次はシリコンを使って電子盤かな。選べるわけではないので、これはあくまで希望的観測だ。


「フタバとの子供は男の子がいいな」

「えへへ。それはどうしてですか?」

「子供が希望すればだけど、俺の後を継いでほしい」

「市長ですか?」

「ううん。市長は任期の4年で退任するつもり。その後俺はこの国に建設会社を作りたい」

「素敵です」

「ゆくゆくは親子経営したい」

「いいですね、ロマンがあって」


 来年生まれてくる2人の子供と親善大使に期待を込めて、この日の夜は更けていった。

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