第25話 工作物竣工
塀を作る工程は、基礎の掘削、基礎工事、足場、塀の型枠と配筋工事、塀のコンクリート打設、そして脱型だ。規模が大きすぎて脱型まで3年を要し、俺は20歳になった。もうすぐ21歳だ。
既に塀自体はコンクリートが固まっていて、今回は反り返しの部分の打設も終わっての脱型だ。塀の部分の型枠もまとめて脱型する。
反り返しは斜めなので苦労した。固めのコンクリートを練って型枠に流すわけで、反対面は側面ながら下面とも言える。上面は左官工事が必要だし、斜めの型枠からコンクリートが流れていかないように慎重にやらなくてはいかない。
そのためにコンクリートが固めだから硬化が早く作業スピードもいる。それでもなんとか形になって晴れてこの日は脱型だ。
戦況はと言うと、相変わらずソウ国は火矢を撃ち込んで投石器を駆使する。そしてとうとう旧防壁には所々穴が開いた。場所によっては上部からえぐられている。そこから敵兵が侵入を試みる。
ただしかし防具を着た状態で狭い隙間を抜けようとするわけだ。狙い撃って返り討ちである。こちら側の死者も出なくなり、今は多少楽観できる状況ではある。尤も負傷者は出ているが。
けど投石器は脅威なので、いつ大きな侵入口を作られるか気が気ではなかった。しかし新防壁は間に合った。旧防壁の天辺に上がると脱型された防壁を見て唖然と立ち尽くすソウ国の兵士が敵国側に多数見えた。
そう、やっとここまで石積みの旧防壁をこじ開けたのに、その内側に足場で囲われた真っ白な更に高い壁が現れたのだ。完全に戦意を喪失している。
「親善大使様! そろそろよろしいですか!?」
降って来る火矢を振り払いながらツインテールのメイドが言う。
「そうだな。下りよう」
俺がいつまでも旧防壁の天辺にいると、それは護衛のメイドにも危険が迫ることになるので、俺たちは階段を下りた。
するとそこは旧防壁と新防壁の間に挟まれた細く暗い通路である。そうは言っても上部は開けているので、方角によっては日の光も届く。俺たちは新防壁の関所となる開口部を潜って堀川が望める平地まで移動した。
こちら側でも型枠の脱型は進んでいる。外側――つまり新旧防壁の間の通路の中から取り外された型枠もどんどん新関所から出て来る。
型枠の脱型はそれから数日で完了し、次は反り返し上の足場の設置だ。これは予めコンクリートに木材を埋めておいたので、それを土台にした木造の足場を作る。
更には木の道板を置いておく。これを旧防壁に渡せば通路や関所を通ることなく新旧両防壁を行き来できる。
ただし、道板は新防壁のみに置く。旧防壁に置いて万が一敵兵に旧防壁の天辺まで押し込まれたらこちらに渡られてしまうから。
更に次の工事は有刺鉄線の設置だ。これも既に反り返しに木を埋め込んであったので、そこに固定して木製の片持ち梁を突き出す。その梁を渡して有刺鉄線を繋ぐ。
更にここの有刺鉄線には電気を流す。これは閉山された鉱山に設置した太陽光発電が電源だ。よって、視界が確保された昼間は鉄線の刺の部分を避けても触れれば感電である。道板はそのために、非伝導の木材を使用している。
「これは壮大ですな……」
堀川の対岸から新防壁を見て感嘆するのは市長で、有刺鉄線の設置工事が終わったそれを見ている。周辺の農業区の住人達も作業の手を止めて見入っていた。つまり今、施主検査である。
「いかがでしょう?」
「もちろん文句なしであります」
こうしてこの壮大な工作物は竣工した。
「ところで市長、ヤン国の方はどうですか?」
「はい。何度も会談に応じてはいますが、そろそろしびれを切らしております」
「開国をしろということですよね?」
「はい。そうでなければ武力行使に出ると」
俺は肩を落とした。南のソウ国こそ今では戦火が弱くなったものの、このままでは北のヤン国とも開戦してしまう。けど、市長は言うのだ。
「しかし、これで南の兵を北に割けます」
それは南に新防壁ができたから言えることであった。その言葉に俺は報われるとともに、安堵する。
「更に、既に南北の国境の対岸から新防壁のことはヤン国も把握しております。これからは北の半円にも同じように新防壁を作ると言えば、今回その姿を現した故、説得力が強い」
外交の交渉に役立つのならどんどん活用してほしいと思う。
この後俺は市長の馬車で送ってもらい帰宅した。尤も市長も家は同じなのだが。その家で待っていたのはリンとフタバだ。
「おかえり」
「おかえりなさい、トモ君」
2人は麗しい笑顔で出迎えてくれた。今やVIP用の客室は俺とリンの寝室だが、今日はフタバもいるから嬉しい。
高校卒業後、俺は市国お抱えの技術伝承者という職に就いた。今までは新防壁の建造が仕事だったが、これからは技術発展のために国民を指導する立場らしい。但し、北側にも新防壁を作ることになったらその築造が優先だ。
リンは学園で働いている。この市国には大学がないから学園で雑務をこなしながら技能を身に着け、教壇に立つ日を目指す。
フタバは高校を卒業してすぐから両親と暮らしている。亡命者故に生活を離される5年の縛りがなくなって、当初それはもう嬉しそうにしていた。
そして今フタバは中腹の診療所で働いている。リン同様働きながら技術と知識を養っているわけだ。
「トモ君、戦火が弱まって明日はお休みをもらいましたから今日はお泊りに来ました」
「マジで!?」
「はい。今日は早番でもうお仕事も上がっていますので、リンちゃんと3人でゆっくりしましょう」
「うほい! 3Pできる!?」
「えへへ。しましょうね」
テント張った。頬を赤らめて答えたフタバがとても魅力的だった。
「トモ……」
するとリンがモジモジしながら上目遣いで俺を見る。
「どうした?」
「そのぉ……、相談があるのだが……?」
「わ、私も……」
更にフタバまでモジモジし始めた。
「どうした? 2人とも」
「えっとな……、そろそろ子どもがほしい……」
「かぁぁぁぁぁ」
「わ、私も欲しいです……」
なんなんだ、この可愛いお嬢様方は。頑張るよ。頑張っちゃうからね。――と言いたいところだが……。
「えっと、俺たちまだ結婚してないじゃん」
だから俺はこの世界の人間だと認められてから、あえて2人への直撃を避けてきた。
「そ、そうだが……」
「ダ、ダメですか……?」
「ぐふふ。それならずっと考えたことがあるんだけど?」
「な、なんだ?」
「俺が親善大使としての役目を果たしたら何でも1つだけ言うことを聞くって言ってたじゃん?」
「確かに言った。召喚の儀に関しては本当に悪かった」
「いや、それを責めるつもりじゃなくてな。因みに聞き入れるのって誰の役目?」
「話したのは私だが、国を上げて協力するつもりだ。それはお爺様も理解している」
「それならさ、法改正をして」
「ん? 具多的には?」
首を傾げたリン。フタバは俺たちの様子を見守る。
「一夫多妻制を認めて」
「なっ! お前はまたそんなことを! 他の女にも手を――んんっ」
俺はリンの口を自分の口で塞いでやった。それを外すとリンがうっとりした表情で俺を見る。
「俺が愛しているのはリンとフタバだけ。2人を同時に娶りたいんだ。3人以上妻が欲しいわけじゃない。俺は2人と結婚がしたい。だから法改正をしてほしい」
「わかった。親善大使様のお言葉だとお爺様に進言する」
うっとりした表情のまま答えたリン。そして翌月、この国の法律が1つ改正された。
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