第23話 工作物着工

 市役所の市長室にて俺とリンの祖父である市長は対面して座った。重厚なソファーの俺の両側にはリンとフタバが腰かけ、背後には俺とりんの護衛のメイドが立つ。市長の隣は副市長で、その背後は各々の秘書だ。


「この度はお役目ありがとうございます」


 冒頭、市長からの労いに俺は畏まって頭を下げる。


「恐縮です」

「今回お時間を頂きました理由ですが、ご相談があってのことです」

「はい。何でしょう?」


 と市長に聞き返したものの、この情勢だ。方向性は何となく予想ができる。


「今はまだ防壁がなんとか持ちこたえておりますが、だからと言っていつまでもこのままでいられるとは限りません。お知恵を頂けませんでしょうか?」

「はい。協力は惜しみません」


 俺には今日まで練ってきた案がある。元々それを進言するするもりで、今日の呼び出しに応じたのだ。

 カケモリ市国は籠城戦法の守り一辺倒だ。相手が攻撃してこなければ市国側から攻撃をすることはなく、好戦的な国ではない。そんな国だから俺は協力的だし、校舎建築を通して触れ合ったこの市国民が大好きだ。だから協力は惜しまない。


「ありがたきお言葉」

「すでに案もあります」

「なんと! お聞かせいただけますか?」

「はい。防壁は堀川の10メートル外側にあります。その内側2メートルの位置に新しい防壁を作ります」

「ほう……」

「鉄筋コンクリート造で12メートルの高さです」

「素晴らしい!」


 市長も副市長も、果ては背後の秘書まで前のめりになった。


「防壁には天辺に上るための幅1メートルくらいの階段が壁沿いにありますので、内側2メートルの位置に作れば旧防壁と新防壁の間の通路は最小で幅1メートルほどになります」

「そうですな」

「その階段横を通過したところに新しい関所を作ります」

「なるほど!」


 するとそれまで口を挟まずに聞いていた副市長が閃いたようだ。


「そうすると旧関所と新関所の間に幅1メートルか2メートルの通路ができますな」

「はい。もし旧関所を破られても通路で敵を迎え撃つことが可能です。しかも新旧両方の防壁の天辺から攻撃できます」


 堀川に架かる橋に対してクランクしてしまうので利便性が損なわれるが、これは致し方ない。

 すると、「しかし……」と切り出して市長が懸念を口にした。


「新旧の防壁の高さの差とその幅はいずれも2メートル。万が一旧防壁に上られては新防壁に対して飛び移れる敵兵もいるのではないでしょうか?」

「はい。その懸念がありますので、新防壁には反り返しを設けます」

「反り返し?」


 市長が鸚鵡返しに疑問を口にした。

 反り返しとは例えば刑務所の塀などにある内側に折れた先端のアレだ。それを今回は外側に向けて敵の侵入を防ぐ。俺はそれを説明した。


「なるほど! それなら更に高さは増しますし、万が一飛びついた敵兵がいても手がかかるばかりで、足はかけられませんな」


 その通りである。尤も新防壁はコンクリート打ちっぱなしにするつもりだから足は滑ってかからないと思う。それでも反り返しがあった方こそ防壁の効果は増す。


「旧防壁は平面が半円とは言え、独立して立っているのは素晴らしいです。しかし新防壁はより高い安定性を考慮して控え壁も設けたいと思います」

「詳しくお願いします」

「はい。控え壁は本来の目的の塀に対して直交した袖壁です。それを堀川に向けて築造します」

「つまり、防壁を分割して見た時にTの字になるということですな」

「いかにも」


 市長の察しが良くて助かる。

 控え壁は例えば日本の住宅で言うと、敷地の外周にブロック塀を築造した時に、ブロック1丁分敷地側に直行させた塀を同時に積み上げたアレだ。それで独立した塀の安定感が増す。

 因みに新防壁はその控え壁の間に、防壁を側面にした階段を設置する。直行して作ると如何せん4階の床に上がるのと同じ高さだ。堀川に干渉してしまう。


「それから新防壁の反り返しの先端には有刺鉄線を設置します」

「ふむ。徹底しておりますな。しかしいくら有刺鉄線と言えども、視界が確保された昼間だと効果が薄いのでは?」

「はい。そこで質問ですが、市長にお願いしてあった例のアレの開発進捗はいかがですか?」

「はい。今回はその報告もと思っておりました。例のアレですが、無事完成し、今後は生産に入れます」


 興奮が込み上げてくる。俺は心の中でガッツポーズをきめた。そしてその先の考えを市長に説明した。


「素晴らしい! それは心強い!」


 この場の全員が感嘆した。俺の両脇のリンとフタバはどこかうっとりしているようにも見える。約束どおり、今日の夜は可愛がってあげるからな。いいことたくさんしてあげるからな。


 日本では一定規模以上の工作物を作る場合、建物と同じように確認申請を提出し、建築主事の確認済を受けなくてはならない。これを建物の建築確認に対して工作物確認と言う。

 今回は建物に付属しないので塀なので建築物にはならないが、8メートル超えの物見塔に該当すると思われる。

 攻撃地点確保のため反り返し部分には足場を設ける。それは有刺鉄線と反り返し先端の手前だ。だから日本なら物見塔となり工作物確認対象の工事であるというのが俺の見解だ。


「市長、そのための労働者なんですが……」

「はい、問題はそこです……」


 市長の顔が暗くなった。やはりこれが一番の懸念事項だ。かなり大掛かりな工事につき、そのための作業員は膨大にいる。現状は軍と下級市民が毎日防壁を守り、市民からも三交代で徴兵されている。人員問題は深刻だ。


「学生労働者――」

「ならん!」


 副市長が言いかけたが、市長がすかさず声を張って遮った。


「若者は当国の資源にも勝る財産だ。絶対に18歳未満と高校生を戦地に出してはならん!」


 市長を信じて協力を惜しまない意思を示して心から良かったと思う。この市長になら絶対に付いていける。副市長も「申し訳ありません」と言って反省の弁を述べたので、悪意はなかったのだろう。緊迫した今の状況だから、彼にも酌量の余地はある。


 しかし労働者確保……これには頭を悩ませる。掘削、足場、配筋、型枠、コンクリート打設なので、建物よりは工程が少ない。しかし今回建てた校舎よりも規模が段違いだ。

 すると市長が渋い表情のまま言った。


「労働者はこちらで何とかします」

「ぜひよろしくお願いします。それから俺も現場監督をしなくてはならないので、現地へ出向く許可をください」

「なっ! それは許可できません!」


 やはりか。しかし俺だってここは引けない。


「規模は違いますが、学園校舎ほど複雑なものではありません。常駐でなくてもできます。3年生になってからもその時だけ午後の授業を免除してもらえれば可能です」

「毎日でなくとも可能だと?」

「はい。各工程の要所で現場にて作業員に指示が出せれば問題ありません」


 市長がソファーに座り直して考える仕草を見せた。副市長や秘書は市長の言葉を待つと言った感じだ。しかし次の言葉は俺の背後から発せられた。


「市長、恐れ多くも発言の許可を」

「君はうちのメイドで今は親善大使様の護衛の者だな」

「はい」

「なんだ、言ってみたまえ」

「私が付いております。この命に代えて護衛を務める自信があります。親善大使様の現場監督を許可頂けませんでしょうか?」

「うーむ……」


 市長は考え込む仕草を見せた。メイドの気持ちが染みる。すると市長が言った。


「わかった。君に任せよう」

「ありがとうございます」


 やがて防壁と言う工作物が着工された。

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